もうひとつの正義

 ロセアの華奢な右手人差し指から連射される、無数の青白い光の弾丸。

 その猛攻を背負しょっていた盾を瞬時に構えて防いだオルテガではあったが、三秒と経たずに盾ごとうしろへ吹き飛ぶ。その魔力の強さはまだ少女とはいえ、世界屈指の能力者たちが集まるエリート部隊の副隊長らしく、とてつもなく凄まじいものだった。


「うぬっ……なんて魔力だ!」

「ぼくの電撃魔連射弾エレクトロ・マシンガンを甘くみてはこまるな。ゴブリン千匹の大群を十分以内に退治したことだってある」


 余裕の表情でロセアはそう言うと、起き上がろうとする王国騎士団長にゆっくりと歩み寄りながら、腰ベルトに携えていた紐付きの手錠を取り出す。


「エミディオ・オルテガ、神妙にお縄をちょうだいしろ!」

「……よそ者の分際で、おれたちの邪魔をするのか? これはな、正義なんだよ。〈マータルスの民〉として、おれたちは歴史の軌道修正をしているだけだッ!」


 言いながらオルテガは、膝を着いて後頭部に両手を添えた。おとなしく降伏の姿勢を見せてはいるものの、その眼光はいまだ鋭く、反撃の機会をうかがっているのは明白だった。


「なぬっ? するとおまえも〈異形の民〉の末裔なのか?」

「血は薄まってはいるが、オルテガも神の選抜民だ」


 間近で聞こえたソンドレの声にすばやく反応したロセアは、露出している太股に凶刃が触れる直前で華麗にその身をひるがえし、これを無事に回避。そしてさらに、右手人差し指もピストルの形で構えてみせるが、突進してきたオルテガの体当たりでともに床へ倒れてしまう。


「うわぁ?! やめろ……このスケベ、変態!」

「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ! さすがの副隊長殿も、肉弾戦では男の腕力にかなうまい!」


 ソンドレは床で揉み合うふたりを横目に嬉しそうに笑いつつ、ブロードソードを構えながら全速力で飛びかかってきたレベッカの攻撃を瞬間移動でかわした。


「クソったれめ! いつも逃げまわりやがって、このハエ野郎が!」


 見えない敵に罵声を浴びせたレベッカは勢いをそのままに、今度はロセアに加勢すべくオルテガの背中に狙いをさだめる。


「逃げてはおらんぞ」

「なっ!?」


 消えたはずのソンドレが、レベッカの真うしろに忽然こつぜんと現れた。そして次の瞬間、振りかざされた物は〝変化へんげの神像〟だった。しかし──。


 シュルルルルルッ!


 一本鞭が絡みついてソンドレの手から強引に奪い取ると、ドロシーの左手まで吸い込むように運んでいった。


「ばっ、バカな!?」

「ドロッチ!」


 はつらつとした笑顔を驚くふたりに見せつけたドロシーは、なんの躊躇ためらいもなく石像を思いっきり床へと投げつける。

 こうして、まがまがしい神をかたどった偶像は呆気なく粉々に砕け散った。


「うぎゃあああああぁぁぁあああぁぁあああああ!? バルカイン様がぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


 まさかの暴挙に、頭を抱えて絶叫する大神官。大きな目玉が今にも飛び出そうなほどの、それは物凄い形相だった。

 そんな騒ぎに思わず動きを止めたオルテガは、なにが起きたのか理解しようと注意が一瞬逸れる。

 のしかかられて苦戦していたロセアはその隙をついて、自分の顎を押さえている手に噛みついた。今度は、オルテガが叫び声を上げる番だ。


「ぐぅああああああああッ!?」


 さらなる追い撃ちをかけたいロセアは、伸ばした右手の人差し指と中指をオルテガの鼻の穴に突っ込み、そのまま最弱の電撃魔法を指先から放つ。


らえ、ふぉの野郎!」

「んがががががががががが?!」


 感電したオルテガが、すぐに意識を無くしてロセアにふたたび覆い被さる。髪が少しだけ焦げて動かなくなった邪魔者を、ロセアは渾身の力で横へとどけた。

 可能な限り悪人を無傷で生け捕りにするのが彼女の信条なのだが、オルテガは王国騎士団の長らしくとても頑丈で、頭部に直接受けた電撃魔法も、わずかな毛髪と気を失う程度のことだけでなんとか済んだようだった。


「あっちは片づいたみたいだな」


 レベッカは盟友の活躍にほくそ笑みつつ、ソンドレに向き直って目の前にある薄汚れた襟を片手で掴んだ。

 瞳孔が一気に広がり、髪の毛や尻尾までもが怒りを帯びて逆立つ。間近で構えた剣先は痩せこけた喉に押し当てられ、血のしずくを受け止めていた。

 しかし、ソンドレはひるまなかった。

 すっかりと落胆した様子で「長年の夢が……マータルスが……もう、すべてがおしまいだ……」と、嘆きの言葉をつぶやいていたからだ。

 いくら仇敵とはいえ、腑抜けになってしまった相手は斬れない。剣聖の子孫として──いや、騎士としての誇りがそれを許さなかった。

 レベッカの全身から徐々に殺気が消え失せていき、それと同調するかのように、逆立った毛先や尻尾も落ち着きを取り戻していった。


「……チッ!」


 納得はできないが、致し方なし。

 あきらめたレベッカは、掴んでいた襟を突き離して解放する。ソンドレはそのまま尻餅を着いたが、痛がる素振りもなく、呆けた顔でなにやら独り言を繰り返しつぶやいていた。


「レベッカさん」

「おっ、ドロッチ。さっきはありがとな」

「いえ……それよりも、姫さまとハルさんを連れ去ったのは王国騎士団じゃないみたいなんです」

「えっ? それじゃあ、誰だよ?」

「多分ですけど……」


 ドロシーは続きを話さずにしばらく黙り込んでから、視線をロセアへ向ける。オルテガをうつ伏せにして、手錠を掛けているところだった。


「ドロッチ……まさか、アイツを疑ってるのか?」

「だって、姫さまに化けていたし、それにあの人……いろいろと詳しく姫さまのことを知ってたんですよ?」

「それは、秘密戦隊だからだろ?」

「そもそも、秘密戦隊ってなんですか? 肩書きは違っても、軍人ですよね? どこかの国の思惑で動いてるだけかもしれませんよ? ひょっとしたら、リディアスを狙って──」

「ぞよ!? シャーロットぞよ! シャーロット!!」


 突然聞こえたマグヌス王の大声。

 ふたりの少女騎士たちは目を見開き、そして騎士団長を探した。

 大広間の出入り口には、大きな鉄槌を支えにしてしゃがみ込んで項垂れているハルと、その肩を心配そうに声をかけながら揉んでいるアシュリンの姿があった。

 重量が半端ない鉄槌をバルカイン神殿に入ってからずっと引きずり倒したハルは、大広間の出入口にたどり着けたところで体力がゼロとなり、燃え尽きてしまっていたのだ。


「ハル……しっかり。みんなと合流できたわよ。どうやら、すべてが終わっているみたい」


 アシュリンは疲労困憊となって動けないハルの肩を不慣れな手つきで揉みほぐしながら、少女騎士団長の高潔で勇ましい口調ではなく、うら若き王女の可憐な声色でささやいた。

 そして、自分たちの名前を叫びながら駆け寄ってくるふたりの頼もしい団員に笑いかける。


 もともと、行儀見習いとしてお城にやって来た彼女たちを自分のわがままに付き合わせてしまい、侍女ではなく騎士として冒険の旅に同行させてしまった。

 その挙げ句、彼女たちの命を危険にさらし、レベッカにいたっては、猫耳と尻尾の生えた姿へと変貌させたのだ。

 ふたりから婚約者や恋人の話を聞いた記憶はなかったが、この冒険のさまざまな影響で、良家との縁談があったとしても、遠退いてしまうどころか生涯独身のままかもしれない。

 アシュリンが……いや、シャーロット王女が冒険の旅に望んでいたのは、こんなことではなかった。

 王族として決められた人生を少しでも長く自由に生きたかった王女は、憧れの伝説の勇者の足跡をたどりつつ、城内の閉鎖的な暮らしだけでは決して得ることのできない多くの人々との出会いや、さまざまな経験を親愛なる仲間たちとともに重ねたかっただけ──。


 だが、すべては旅の結果。


 自分の思いつきが周囲を巻き込んで生み出した悲劇なのである。

 シャーロット・アシュリン・クラウザーは、笑顔をより明るいものにつくり直す。


「これで……おしまい!」


 そして、ハルの肩を両手でやさしくはじいて、人生初の肩揉みをやめた。


「アシュリン団長、怪我はありませんか? ハルさんも大丈夫かよ?」


 走ってやって来たレベッカが、目の前で両足を静止させるよりも先に訊ねる。

 頬や装束に飛び散った返り血から察するに、彼女の手を汚させてしまったことは間違いないだろう。アシュリンの心は、さらに痛む。


「ありがとう、レベッカ……わたしたちは大丈夫だ。ところで、オルテガはどうして彼女ロセアに捕まっている?」


 自分に向けられていた視線が無様に拘束されている王国騎士団長に移されたので、レベッカはなるべく簡潔にわかりやすい言葉を選び、「裏切ったんです」とだけ短く説明した。


「そう……か。詳しい話は帰路の道中で聞かせてもらうとしよう。ドロシー、すまないがハルを頼む」

「えっ? は、はい!」


 承諾の返事よりも速く、アシュリンはマグヌス王のもとへと、プリーツスカートをはためかせながら走っていた。


「お父さま!」

「おおっ……シャーロット! 今度は間違いなく本物ぞよ!」


 ベンに抱きかかえられたままのマグヌス王の言葉に、アシュリンはなんの話なのか一瞬理解に苦しむも、関心をすぐ父王の怪我へと向けた。

 赤紫色に腫れあがった顔──これもまた、冒険の産物。国王として経験するはずのない、不必要な出来事。


「お父さま……どうかお許しを……」


 アシュリンはそれ以上の言葉が思い浮かばなかった。傷口のあまりの痛々しさもあってか、思わず顔を背ける。

 その瞳には、人知れず涙がにじんでいたが、白くて細い指が無意識にそれを拭いさっていた。


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