変身

 太陽が青空の真上へと昇りつめた頃、侍女の制服から少女騎士団の正装へと着替え終えたハルとドロシーたちは、レベッカの部屋へ足早に向かっていた。マグヌス王救出と大神官ソンドレ討伐を成すべく、〈天使の牙〉が再出陣する旨を彼女に伝えるためである。


「あっ、ちゃんと食べてありますよ、ほら」


 部屋の扉脇には、今朝差し入れた木製の食器が綺麗に重ねられてトレイの上に置いてあった。どうやら、食欲はあるらしい。ドロシーとハルはお互いに目配せすると、ハルが一歩前へ出た。


「起きてるレベッカ? あれから具合いのほうはどう? 悪くなってない? やっぱりお医者さんに診てもらったらどうかしら?」


 扉に顔を近づけて呼びかけてみるが、相変わらず返事はない。

 眠っているのだろうか……ハルは心配そうに眉根を寄せて言葉を続ける。


「あのねレベッカ、もうすぐわたしたち出発するの。冒険が再開されるのよ。実は、国王陛下がソンドレに連れ去られてしまって、今からみんなで死の大地に行ってくるの。それでね──」

「あ~っ、もう!」


 なんの反応も示さないレベッカに痺れをきらせたドロシーは、ハルを押しのけ、扉をこぶしで何度も連打してから強い口調でしゃべり始める。


「レベッカさん、これって仮病ですよね? なにがあったんですか? わたしたち、ズル休みができる立ち場じゃないくらいわかってますよね? 開けてくれるつもりがないなら、ハルさんが今すぐドアを蹴破りますよ?」


 そう言い終えたドロシーは、「先生、お願いします」とハルに頭を下げ、扉に向けて両手を差し出した。


「なっ……!」


 無茶ぶりに困惑するハルではあったが、自身もレベッカは仮病ではないかと多少は考えていたので、軽く咳払いをして心を落ち着かせる。と、


「どぉえりゃああああああああッッッ‼」


 気合いのかけ声を上げながら、必殺のうしろ回し蹴りで部屋の扉をものの一撃で破壊してみせた。


「げっ、マジかよ!?」


 壁際のベッドからレベッカの声がする。

 見れば、盛り上がった掛け布団の塊が、慌てて窓辺へと移動するところだった。

 外へ逃げるつもりか──瞬時にドロシーが猛ダッシュで飛びかかり、見事にこれを阻止してみせた。


「ブホッ?!」

「レベッカさん、やっぱり仮病なんだ! 全然元気じゃないですか! どうしたんですか、いったい!? きのうは確かに顔色は悪かったですけど、理由を教えてくださいよ!」

「離せよドロッチ! さっさと降りてくれ! ふたりとも早く消えろ……あたしなんてほっといて、どこへでも行ってくれ!」


 モゾモゾと掛け布団の中で蠢めくレベッカは、吐き捨てるように怒鳴り声を上げて床の上で小さく丸まっていく。


「カッチーン……なんですか、その言い方は!? せめて、出発を断る理由くらいは教えてくださいよね!」


 負けじと大声を張り上げたドロシーが、掛け布団を力ずくで引き剥がしにかかる。

「やめろ、あっち行け!」と、激しく抵抗するレベッカではあったが──。


「レベッカ、いいかげんにしなさい!」


 怒ったハルも加勢して二対一となり、とうとう掛け布団が天高く舞い踊った。


「………………え?」

「レ、レベッカ?」

「クソッ! 見るな、見ないでくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 床の上で頭を抱えて横たわるレベッカの変わり果てたその姿に、思わずドロシーとハルは驚き、戸惑うばかりで身動きがとれない。


「き……きゃあああああああああああああああああああああああ────っはははははははははははははははははははははははははははははは!! ヒィーッ、ヒッ、ヒッ、ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハ……ゴホッ、ゴホッ、ボヘッ、ゴホッ!」


 ドロシーの大絶叫が笑い声に早変りする。

 ハルも、しばらくのあいだ目を丸くしていたが、「あら、まあ」とつぶやいて、いつもの穏やかな笑顔を取り戻した。

 レベッカが必死に隠そうとしている頭には、大きな三角のかたちをした獣のような耳が生えていて、お尻からも髪と同じ毛並みの細長い尻尾が右に左にと跳ねて動きまわっていた。

 涙ぐむ瞳孔は縦に長く、よく見れば、いつもは短く整えられているはずの爪も尖って伸びているではないか。レベッカの容姿はまるで、〝猫人間〟のように変貌を遂げていたのである。


「かわいいー! どうしたんですか、これ? 仮装パーティーするんなら、声をかけてくださいよね、もう!」


 涙を指先でぬぐいながら、ドロシーは前屈みになって揺れる尻尾を掴んだ。




 あたたかい。




 それに、しっかりと動いている。どうやら作り物ではなさそうだ。

 ドロシーの顔色が一瞬で真っ青になる。


「……えーっと、レベッカさん? あの、冗談ですよね? これって、その……特殊な装備品ですよね?」


 だが、レベッカはなにも答えずに泣いていた。

 気丈なはずのレベッカが、泣いていた。

 ガチだ。

 これは、ガチなヤツなんだ。

 ドロシーは言いようのない絶望感を覚えて立ち尽くしていたが、ハルは泣き続けるレベッカのそばでしゃがみ込み、笑顔のまま彼女の喉を指先でこちょこちょとくすぐっていた。


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