迷える姫君

 久しぶりに侍女の制服に着替え終えたドロシーは、ふくらはぎまであるスカート丈の長さに違和感を覚えていた。それに、腰まわりもスッキリとしていて心許こころもとない。

 どうにか武器を隠し持てないかなどと少女らしからぬ物騒な考えをめぐらせていると、私室の扉が独特の陽気なリズムで叩かれる。ハルだ。


「ドロシー、もう準備はできているのかしら?」

「はい、いつでもオッケーです」

「あのね、レベッカが体調を崩したみたいだから、今朝はひとりで先に姫さまのお部屋へ向かってちょうだい」

「えっ? はい、わかりました! あのう、レベッカさんの具合いって大丈夫なんですか?」


 そう言いながら扉を開けるが、ハルの姿はもうそこにはなかった。


「ええっ……移動するの、はやっ……」


 ドロシーはそのまま部屋を出て、シャーロット王女の住む別棟をめざして歩きはじめる。朝日が射し込む回廊からは、青空の下でいつもと変わらない王都の街並みが色あざやかに垣間見えた。つい先日の魔物たちの急襲が遠い昔のように感じられるほど、のどかなで平穏な光景だった。

 と、そのときだ。角笛つのぶえの音色と太鼓の重低音が轟いて早朝の新鮮な空気を震わせる。何事かと思い、石造りの枠から身を乗り出して眼下をのぞけば、王国騎士団〈鋼鉄の鷲〉が編隊を組んで出陣しようとしているところだった。


(あれ? 王都中の魔物は、全部やっつけたって聞いていたのに。あんなに大勢で、どこへなにしに行くんだろう?)


 唇を尖らせて行進をしばらく眺めていたドロシーは、かかとから勢いよく着地して履いているローファーの光沢をしばらく見つめる。

 やっぱりこの服装は戦闘に不向きな装いだなと改めて考えてから、まわりに誰もいないことを確認すると、スカートの裾を両手でひょいと摘まみ上げ、シャーロット王女の私室まで続く長い回廊を一気に駆けだした。



     *



 一方その頃のシャーロット王女は、あれから着替えずに〝騎士団長アシュリン〟として私室で過ごしていた。もちろん、優雅な一時ひとときなどではなく、殺伐とした表情で室内をうろつきながら。

 父王救出のため王国騎士団は出撃したが、〈天使の牙〉は活動休止状態である。なぜなら、冒険の旅路は結果的に自分の体調不良で振り出しに戻ってしまったからだ。

 どんなに綿密な計画を立てても、当の本人が足枷になるのではまるで話しにならない。持病がなによりも最大の問題点である。今後もまた同じような理由で、冒険の旅が頓挫してしまう可能性は大いに高い。

 うら若き騎士団長は、孤独に運命と闘っていた。

 アシュリンは、モヤモヤとした感情を押し殺すように唇を噛みしめる。


(おのれ……いったい、どうすればよいのだ……)


 ふと、花喰い鳥をあしらった愛らしい置き時計を見る。答えをうまく導きだせないまま、起床時間が差し迫っていた。そろそろ侍女たちが──いや、〝団員たち〟が姿を現す頃だ。

 できることであるならば、顔をあわせてすぐに「出発の準備を急げ!」と声をかけたいのだが、現状ではとてもそんなことなど無理だった。泣きだしてしまいそうなくらいに追い込まれたアシュリンが深いため息をつくと、扉が静かにノックされた。


「姫さま、ドロシーでございます。お目覚めでしょうか?」

「…………入ってくれ」


 その口調ですべてを察したドロシーは、ゆっくりと扉を開けてなかの様子をうかがう。やはり勘は当たっていて、神妙な面持ちの騎士団長・・・・が部屋の中央で待ち構えていた。

 アシュリンは内心、どう思われているのか不安ではあったのだが──冒険のことや、これからのことを──一方のドロシーはと言えば、とても喜んで感激していた。姫君の変わらない志しを誇りに思い、ゆるされるならば抱きつきたいくらいに嬉しかった。


「失礼いたします」


 うしろ手に扉を閉めたドロシーは、もはやこらえきれず、はつらつな笑顔を我らが騎士団長に向けた。予想もしていなかった反応に、アシュリンの涙腺は一瞬にして崩壊する。そして次の瞬間──。


「えっ……ひ、姫さま!?」


 思わず駆け寄り、ドロシーを抱きしめていた。


「すまない……わたしが不甲斐ないばかりに。病院でのことは、ハルから聞いた。すまない……本当にすまない。ゆるしてくれ、ドロシー」

「そ……そんな、姫さま! 姫さまが謝られることなんてありません! アレは、その……わたしがちょっと、その……う~ん、なんて言えばいいんだろ……凹んでたと言いますでしょうか……あははははは……」

「そんな気持ちにさせてしまったのも、わたしがすべて悪いんだ。ドロシー……こんな頼りない騎士団長でも、また一緒に旅へ出てくれるか?」

「もちろんですよ、姫……アシュリン団長!」


 アシュリンは密着していた身体をゆっくりと離すと、涙ぐみながら「ありがとう」と微笑んだ。

 ドロシーもそんなアシュリンの様子に心を打たれ、涙をにじませて笑顔を返す。

 やがて王女の私室に、ふたりのころころと笑う声が響いた。


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