第五話 “そういうとこ嫌い”

「ここまで来るとマジで気になるぜ、アドルの適合魔物がなんなのか」

「もしかして幻想種とか? 天馬とか不死鳥とか」

「さすがにそれはないでしょう。前例がありませんし」


「アドル、顔色悪いけど大丈夫?」

「あぁ、問題ない」


 アドルは申し訳なさそうに顔を伏せた。

 ここまで付き合ってくれた仲間たちに応えられない自分が情けなかった。

 光の見えないトンネルを歩いているような感覚、本当に自分は〈魔物喰いイビルイーター〉なのかもわからなくなっていた。


「なんで、どうしてオレだけ……!」


 そんなアドルを仲間たちは無言で見守る。余計な慰めは逆効果だとわかっていたからだ。

 陽が落ちはじめ、他の村民たちが撤退したのを見てヴァンスは立ち上がる。


「そろそろ帰るぞ。もうすぐ夜に――」


 ピク、とヴァンスの鼻が揺れる。


「どうしたの、ヴァンス?」


 ルースが聞くとヴァンスは険しい顔をして〈レフ火山〉の方を見た。


「火山の方から嫌な匂いがする」

「血の匂いですか?」

「ああ。だが〈ロック鳥〉の時より血の匂いだ。腐臭と薬品の匂いが混ざってやがる……」

「新手の魔物かしら」

「だとしたら村に被害が加わる前に確認していた方がいいかもしれませんね」


 その時、ヴァンスの耳に人間の悲鳴が飛び込んだ。


「悲鳴だ! この響き方……火口だ、間違いない!

――どうする、アドル!」


 アドルは首を振り、マイナスの思考を振り切って立ち上がる。


「……行こう」


 一同目を合わせ頷き、火口へ足を向けた。



---


 

――〈レフ火山・火口〉。



 マグマの溜まり場を中心に岩石の足場が広がるその場所に鎧を着た者達が居た。

 アドルたちは岩陰に隠れ、フィルメンの風魔法で光度を調節し体を背景に溶け込ませる。


「ありゃ、騎士団か?」

「どうして騎士団がこんなところに居るの?」

「それは、今からわかるでしょう」


 セレナは騎士団の顔を次々と観察し、先頭の二人を見て目を細めた。


「あれはたしか……」


 アドルがセレナに「知ってるのか?」と問うと、セレナは頷き、


「ええ。一度おじいちゃんと話してるのを見たことある。

一番前に立っている金髪の長髪男が王国騎士団団長〈サーウルス〉、その後ろに居るロングスカートを履いたが副団長の〈オメス〉。騎士団のトップツーよ」

「うげ、髭面なのに女の恰好してやがる。

 あれがオカマってやつか?」


「サーウルス……」


 アドルはサーウルスという男を見て嫌なオーラを感じ取った。

 甘いマスクに清潔感のある身なり、腰には錆びた剣を差している。翻る高尚なマントは彼の自信の高さを表していた。


「なんだ……」


 アドルは錆びた剣を注視する。

 豪勢な衣服に反しておんぼろな剣。刃は欠けていないようだが、刃全体が焦げているように見えるほど焦げ茶色に変色している。


「なんだ? あの錆び切った剣は……」

「おい、騎士団員以外にも人が居るぞ……」


 騎士団員に連れられてサーウルスの前に一人の女性が現れた。

その女性の首には首輪が、腕には手錠が掛けられている。女性はドレスに身を包んでおり、その立ち姿から高貴な身分であることは田舎者のアドルたちにもわかった。


「無礼者! こんなことをしてタダで済むとは思うなよ! サーウルス!!!」

「申し訳ございません姫様、貴方が居ると我々に色々と不都合なのです」


 サーウルスはドレスの首根っこを掴み、女性をマグマの上空に晒した。

 それを見て反射的にアドルとヴァンスは動こうとするが、その動きをセレナとフィルメンが止めた。


「――どうして止める! セレナ!!」

「そうだぜ! 今止めないとあの女性が……」

「……なに考えてるの!? 相手は騎士団、ここで動けば私たちの立場がなくなるでしょ!」

「……セレナさんの言う通りです。ここは何も見なかったことにして退きましょう! 明らかにヤバいことをしている!」


 四人が揉めている間に姫様と呼ばれた女性はマグマの海に落とされた。

 唖然とするアドルとヴァンスをセレナは岩陰に引き戻す。


「これで軍事予算の拡大に異議を唱える者達は始末した。後はこの罪を奴らになすり付けるだけ……手続きは任せたぞ、オメス」

「はぁ~い、団長。あたしに任せてっちょ」


――ほんの一瞬だった。


 一瞬、帰り際、チラリとサーウルスが辺りを見渡した。

 ただの警戒、アドルたちに気づいたわけじゃない。

 その見渡しの最中でアドルたちが隠れている岩陰も視界の端に入った。ただそれだけなのに、アドルとヴァンスとセレナ、武人として特に相手を測る能力にけている三人は深く恐怖した。


(レベル、次元、生物としての性能が違う――)


(こんな奴がこの世界に居るのか……!)


(パーティ全員でかかっても負ける。今ならよくわかる、おじいちゃんが騎士団に逆らわない、逆らえない理由が……)


 引き上げていく騎士団。

 緊張から解放された面々は地面の熱さも忘れてその場に尻を付けた。


「フィルメンの言う通りだ。忘れよう、今日見たことは全部」


 アドルの言葉にヴァンスが同意する。


「アレは関わるべきじゃないな」


 ルースは首を傾げる。


「でもどうして騎士団の人達はここであんなことを……多分、今のって暗殺みたいなことだよね」

「マグマに落とせば死体は残りませんから、都合が良かっただけではないでしょうか」

「でも火山なら王都に近い所にもう一つあるでしょ? わざわざここまで来る必要ある?」


 アドルとフィルメンは「確かに」と考える。


「ここなら人気ひとけがないと思ったんじゃねぇか?

 王都に近ければその分、人目につく可能性も増える」

「いや、オレもちょっと引っかかるな。あの大人数でここまで来るのは大変だろう。人目につかない程度の理由でここを選ぶのはなんか――」


 パチン!

 アドルの言葉をセレナが手拍子で遮った。


「はい、ここまで。今日見たことは忘れるって決めたでしょ? 

 はやく帰って、寝て、いつもの日常に戻りましょ」

「――そうだな。考えても答えは見つからない、か」

「そうそう! 帰って飯食おう! アドルはさっき軽く食ったからいいけどよ、俺はもう腹ペコペコだぜ」

「ははは……僕もです」


 アドルたちは全てを見なかったことにして、その場を去った。

 


---



――その夜。


 火口での出来事は隠し、アドルたちは村長に〈ロック鳥〉討伐の報告をしてスライム討伐分も含めて報酬を貰い、その金で宴を開いた。〈ロック鳥〉初討伐記念の宴でもある。

 アドルは宴で騒ぐ村民を肴に、一人村はずれの自宅の屋根の上で甘酒を飲んでいた。


「……。」

「どうしたの? 黄昏ちゃって」


 はしごに足を掛けたままルースが問う。

 ルースははしごを登り切り、屋根に足を踏み入れた。


「失恋でもした?」

「ある意味そうだな。振られてばっかりだオレは」

「――慰めてあげよっか?」

「冗談でもそういう事言うなよな……」

「冗談にマジに答えないでよ」


 ルースはアドルの隣に腰掛ける。

 アドルはルースが手に持っている、古びた分厚い本に気づく。


「なんだ、その本?」

「この村の歴史を記した本だよ。お父さんの部屋にあったんだ」


 ルースの父親は十年前に失踪している。

 その死因は不明、ルースの6歳の誕生日に村から外へ出てそれっきりだ。ルースは父親がいなくなってからずっと、父の行方を捜している。


「それ、親父さんの行方の手掛かりになりそうか?」

「全然関係なさそう。でも面白い話が載ってたよ。

 知ってる? 〈万物を喰らう者ラスト・イーター〉って」

「いいや、聞いたことないな」

「昔、この〈ルオゥグ村〉に居たんだってさ。多くの種類の魔物の力を持つ〈魔物喰いイビルイーター〉が……」


 〈魔物喰いイビルイーター〉が吸収できる魔物は一種類のみだ。

 そのルールが破られたことは記録上無い。

 そのことをよく知っているアドルは微笑し、「おとぎ話だな」と吐き捨てた。


「その〈魔物喰いイビルイーター〉もね、アドルと同じように長い間不適合者だったんだってさ。

 でもある日、魔物の群れが〈ルオゥグ村〉を襲ったの。多くの〈魔物喰いイビルイーター〉が魔物に喰われ、村は滅亡の危機に瀕した。その時、彼は〈魔物喰いイビルイーター〉の力に突然目覚めた。

――鳥の羽と竜の羽を持ち、あらゆる妖魔の力を結集させた力で彼は魔物たちを滅ぼした。彼は村民に英雄として讃えられ、そして〈万物を喰らう者ラスト・イーター〉と呼ばれるようになった」


「ロマンのある話だな」

「そうだね。でも、この話――深読みすると……」


 ルースは目を伏せた。

 アドルはハテナマークを頭に浮かべる。


「どうした?」

「ううん! なんでもない。ねぇアドル、アドルはさ……ずっとこの村に居るの?」

「いいや、いつかは世界中を旅したいと思ってるよ。って、何度も言わなかったっけ?」

「そっか。そうだよね……」

「お前は嫌か?」

「え?」

「ここを離れるの、嫌か?」


 ルースは問われて、少し考えこんだあと頷いた。


「わたしはずっと、アドルと、みんなと居られればそれでいい。安全な場所で……ここで、ずっと……」

「そっか。ならオレはずっとこの村に居るよ」

「――――えぇ!? ど、どうして?」

「だってオレも、お前とは離れたくない。お前がここに残るならオレも残るさ。無理に旅に付き合わせるのも嫌だしな。夢よりもお前が大事だ」


 ルースは顔を真っ赤に染め、アドルに背を向けた。

 アドルの発言は捉えようによっては告白同然である。だがアドルにその自覚は無い。

 アドルにとって今の発言は幼馴染に向けたものであって、それ以上でもそれ以下でもないからだ。


「わたし、アドルのそういうとこ嫌い」

「はぁ? どういうとこだよ?」

「そういうとこだよ! もう帰る! おやすみ!!!」


 ベーッと舌を出し、ルースは屋根から飛び降りた。

 アドルは頭を掻いて「なんだアイツ……」と甘酒を口にした。




 ――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

『続きが気になる!』

と少しでも思われましたら、ページ下部にある『★で称える』より★を頂けると嬉しいです!

皆様からの応援がモチベーションになります。

何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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