第二話 “マグライ”

 〈魔物喰いイビルイーター〉は潜在的に決まった一種類の魔物と適合する。

 適合する魔物は親から遺伝することもあれば、まったく親とは違う別の魔物と適合することもある。


 例えばヴァンスは竜種と適合した〈竜喰らいドラゴンイーター〉。

 竜と適合した彼は他の種類の魔物と適合することはない。ヴァンスはその身に竜の力を宿し、炎のブレスを吐くこともできるし翼を背に生やして飛ぶこともできる。


 セレナは〈剛鉄喰らいメタルイーター〉。

 体を白銀の剛鉄に変化させる魔物剛鉄操士メタルコンダクターに適合している。剛鉄操士メタルコンダクターの特性である体の剛鉄化はもちろん、魔力から剛鉄を作り出し壁を作ったりすることもできる。


 フィルメンは〈風妖魔喰らいシルフイーター〉。

 風を操る風妖魔シルフを喰らい、風を操る魔術を会得している。


 適合した魔物と同種の魔物を喰らい続ければ新たな力を得ることができる。

 例えば今のヴァンスは氷のブレスを吐くことはできないが、氷のブレスを吐ける竜を喰らえば氷のブレスを会得できる。そうして適合した魔物のしゅを喰っていき、彼らは強くなっていくのだ。


「わたし、これから粘弾液魔スライムを食べていかなきゃ駄目なの?」


 とほほ……と絶望するルース。ルースと同じ悪食あくじき(食べるのが困難な魔物と適合した)であるセレナがルースの肩を優しく叩いた。


「気持ちはわかるわ。あたしなんてほぼほぼ鉄を食べているようなものだから」


「はっはっは! 大変だなぁ、〈剛鉄喰らいメタルイーター〉は」


「うっさい筋肉バカ。あんたらにあたしらの気持ちは永遠にわからないわ」


「でもそれを言うなら魔物とはいえ、人の形をしている風妖魔シルフを相手にする〈風妖魔喰らいシルフイーター〉のフィルメンの方がつらいよな?」


 フィルメンは歩き読みしている本を閉じ、屈託のない笑顔で、


「え? 別につらくないですよ。結構おいしいですから、風妖魔シルフ


 フィルメンのサイコパス発言に凍り付く一同。 

 四人の〈魔物喰いイビルイーター〉らしい会話を聞いて、アドルは肩を落とした。


「悪食だろうがなんだろうが羨ましいよ、オレなんてまだ普通の一般人だからな」


「アドル君はこの中で素の状態では一番強いんですから、焦ることないですよ。適合したらきっと、村一番強くなりますよ」


 “素の状態では”。


 フィルメンはフォローのつもりで言ったのだろう。だがその発言はアドルの焦りを加速させるものだった。

 魔物の力、その恩恵は計り知れない。

 素の状態ではフィルメンの言う通りアドルが一番強いかもしれない、だが魔物の力込みなら圧倒的に最下位だろう。


 いくら人並みに力が強いと言っても、竜の力には敵わない。

 いくら剣の扱いが上手いと言っても、剛鉄は剣では断ち切ることができない。

 いくら魔法が扱えても魔法のスペシャリストである妖魔には負ける。


 そして、物理攻撃が通じず、回復魔法に精通する粘弾液魔(スライム)相手では倒すすべがない。


 これが現実だ。アドルがこのパーティのお荷物である事実は目の背けようがない。


「さてと、そろそろルオゥグ村に着くか。

村に着いたらちょくで村長の所に報酬貰いに行くぞ」


アドルは劣等感や焦燥を静かに飲み込んだ。


---

 


 ルオゥグ村は〈魔物喰いイビルイーター〉が住む村である。

 村全体で一つのギルドとして登録してあり、王都から依頼を仕入れては魔物討伐を中心に村全体でこなしていく。アドルたちもまたその歯車の一つである。



「そうか。ルースが適合したか……」



 村長の家に到着した一同は床に片膝を付き、頭を下げて村長へ任務の報告をしていた。ただしセレナだけは村長の孫娘なので村長の隣に立っている。


「〈粘弾液魔スライム〉の適合者はぬしの父親以来か……これで、ぬしらのチームで不適合者なのはアドルフォスだけだな」


 ヴァンスは顔を上げて村長に提案する。


「はい、そのことですが村長。アドルは既にこの付近に居る魔物を喰いつくしています。アドルに適合する魔物を探すためにも指定区域より外に出てはダメでしょうか?」


 村長は蓄えた白い髭を撫で、


「それはならぬ。我々は〈レフ火山〉より先に行ってはならない。それが騎士団との約束だ」

「なぜです!」

「騎士団……いや、王国に住む人間は我々を恐れているのだ。

 だから我々をこの地に縛り付けている。

 知っておろう……我らが王都の連中に何と呼ばれておるか」


 ヴァンスは歯をギリッと軋ませた。



「――魔物〈マグライ〉。魔を喰らう獣」



 村長の言葉に対し、アドルは声を荒げる。


「オレは、オレ達は……人です!」


 地面に向かってそう言い放ったアドルに、パーティメンバーは笑みを浮かべた。


「その通り。ワシらは決して魔物ではない。だからこそことわりを乱してはならぬのだ。

 人らしく、人らしくルールを守らなくては……魔族の勢力は未だに広がり続けておる。もし王都に魔族の手が伸びればワシらに頼らざるを得なくなるだろう。それまで待つんだ」


 ガタン!

 玄関扉が勢いよく開けられた。

 村長の家に飛び込んできた男は「村長!」とアドルたちの間を縫って村長の正面に膝を付いた。


「なにごとだ?」

「〈レフ火山〉に〈ロック鳥〉を確認! まっすぐこちらへ向かっております!」


 〈ロック鳥〉、全長8~10メートルはある巨鳥、魔物である。

 人の居ない土地を好み、海ではねやすめする習性から生息地は主に無人島。

 ルオゥグ村の周辺で確認することはまずない魔物である。


「文献でしか見たことがないが、その強さはドラゴンを凌ぐと言う。

 村に居る手練れを総動員し撃退する」

「は!」


 報告に来た男はすぐさま外に出て仲間を集めに行った。

 アドルは床に付けた拳に力を込める。


(〈ロック鳥〉……まだ喰ったことの無いレア種だ。

 ここを逃せば一生出会えないかもしれない。

 うちの村の長い歴史でも〈ロック鳥〉の適合者は居ないが、オレが適合する可能性はゼロじゃない! ――行きたい。オレも戦線に加わっておこぼれを貰いたい。だけど……)


 アドルは隣に居るルースを見る。


(〈ロック鳥〉の強さは未知数。しかもルースはまだ適合して間もない、戦闘は危険だ。それに足手まといのオレがワガママを言うわけには……)


 ヴァンスが前に出て主張する。


「村長! 俺らも戦線に加わります!」

「なっ!?」

「〈ロック鳥〉はアドルに適合する可能性がある。捨ておくことはできない」


 アドルの心配を他所に、ヴァンスは胸を張って主張する。


「フィルメンは〈風妖魔喰らいシルフイーター〉。風の魔法で空から奴を引きずり下ろすことができます。もし失敗しても俺は空も戦えますから戦力になります、ヤバそうな攻撃はセレナの剛鉄で防ぐこともできる」

「しかし〈ロック鳥〉はドラゴンを凌ぐとの噂もある。ぬしらの力では……」

「村長、僕からもお願いします」

「フィルメン……」

「おじいちゃん、あたしからもお願い」


 孫娘、セレナの上目遣いで村長の表情が変化した。

 魔性の女……セレナは自分の容姿や立場の使いどころを心得ている。

 

「むぅ……確かにぬしらの潜在能力は村一番だ。

 全てを砕く竜に、全てを防ぐ剛鉄、風を操りし妖魔に変幻自在のスライム」


 村長はアドルに視線を落とす。


「さらにを一つ残しておる。

 いいだろう。許可する」


 〈ロック鳥〉は危険な存在、なのに彼らはアドルのために危険を顧みず参加表明をした。

 アドルは仲間に恵まれたことを確認し、泣きそうになる感情を抑えた。


「わたしも行くよ」

「いいのか? ルース……」

「うん。昔、約束したでしょ? アドルは絶対にわたしが守るってね」

「……情けないが、頼むよ」


 村長からの報酬はお預けし、アドルたちは〈ロック鳥〉討伐任務へと旅立った。





 ――――――――――

【あとがき】

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