神格を授けられたおっさんは異世界で測量士となる
恋味風味
第一章
第1話 異世界転生?
「あ゛~とりあえず今日の分は終わっだぁ。何とか間に合いそうだぁ~」
パソコンの前から情けない声を上げながらも立ち上がり、背伸びするこの男の名前は近藤 秋人(こんどう あきと)30歳、独身。二流企業に務める企業戦士・・いや社畜だ。
近藤は既にここ一ヶ月ほど休みなしで残業を続けていた。それは同期である佐藤が取ってきた大きな仕事を納期に間に合わせるためにはそうするしかなかったからだ。
そのため床屋にも行けず髪は伸び放題で、髪は目を隠すようになり、疲れから目の下には隈が出来ており、顔も体も急激にやせ細っていた。風呂に入りヒゲとかは剃っているため不潔には見えないが、他人からは好んで近寄りたいとは思えない姿になっていた。
近藤はイケメンではない。身長も平均よりも少し小さく体格も貧弱と言える部類ではあった。だがとにかく他人を思いやることが出来た。仕事に対しても実直に熟して来たこともあって、30歳になる頃には近藤無しだと回らなくなる仕事が増えるようになっていた。
その為、次第に会社内での評価は高くなり、会社一の美人である受付嬢もそんな近藤に憧れを見せるようになっていた。しかし受付嬢に惚れていた佐藤がそれに気付き、嫉妬から近藤に嫌がらせをするようになったのだ。
佐藤はここ一年足らずの間で近藤の仕事を成果だけを奪う、近藤の悪い評価を流すなど、近藤を陥れるようなことを近藤にバレないようにこそこそと行ったのだ。しかも佐藤に騙された人々は陰で近藤をバカにするようになり、仕事を押し付けたり威圧的な態度をとるようになった。
部署内での評価は同僚や先輩、部長からは高評価を得ているにも関わらず、部署内の新人や若手、また部署外での近藤の評価は下がるというおかしい状況になっているにも関わらず、佐藤の行動はバレなかった。それが佐藤の巧妙なところだった。
そのため、ちょくちょく繰り返される嫌がらせや暴言に対するストレスを近藤は、「世の中、色んな人がいるしな」とあまり考えずに自分の中に溜め込んでいき・・そして深く傷つき疲れていった。
そんな中、佐藤は近藤しか出来ない案件を探し、近藤の負担になるよう無理な条件で、かつ無茶をすれば何とかなってしまう仕事を見つけ出した。短期で終わらせるからと工賃の上乗せまで行って仕事を受け、近藤が成功すればその成果を奪い取り、失敗すれば近藤の所為にして退職まで持っていこうと画策したのだ。
上司である部長も佐藤が取ってきた仕事の納期に文句をつけ、近藤のデスマーチが労務局にバレたら不味いと思いつつも、この仕事を熟せるのは近藤しかおらず、近藤が頑張ってここを乗り切りさえすれば会社にとって大きな利益になることは間違いがないことも理解していた。
更には成功すれば自分の出世にも関わってくるため、近藤に悪いと思いながらも近藤のデスマーチを見ない振りをし、定時で帰途についていた。自らが先に帰ることで残業は強要しませんとのアピールを兼ねて・・自分のために近藤を見捨てた。
勿論、同僚や先輩も無茶な工期の案件を取ってきた佐藤の文句を言いながらも手伝うと言ってくれた。何故か普段文句を言ってくる新人や若手までもが残業を手伝うと言ってきた。
しかし新人や若手は手伝って残業すると言いながらも通常の業務時間が終わると、身嗜みを整え始め、スマホでどこかに連絡を始め、適当な時間になるときっちり残業申請を付けた上で「お疲れさまでした~」とまとめて帰っていった。
佐藤は新人や若手にも、どうせ近藤がどうにかするから残業する振りだけして残業代だけ稼いで帰りな。どうせおっさん達は文句を言えないからと囁いていたのであった。そんな口車に乗る新人や若手もどうかとは思うのだが・・結局は近藤の足を引っ張るだけの存在でしか無かった。
残された同僚と先輩はその新人や若手の行動に不満を述べるがパワハラやモラハラと言われることを恐れ、かつそれが新人の退職につながるかも知れないと思うと残業を押し付ける訳には行かず不満を述べるに留まった。
近藤は同期である佐藤が取ってきた仕事だから、同僚や先輩には大切な家族が家で待っているでしょ?俺は独身だからと言う理由を付け同僚や先輩も夜7時には帰らせ、一人デスマーチをこなしていた。実際、同僚や先輩がいても熟せない部分の仕事しか残って無かったからだ。結局のところ、応援として力を寄せてくれる二人も残念ながら近藤の気を使わせるだけの役立たずだった。
そんなこんなで佐藤の思惑通り、近藤は周囲に頼れず一人無理をするという状況に追い込まれ、日々体も心も削り続けていた。
ふと近藤が時計を見上げると短針は2時を指しており、とっくに日付は新しいものとなっていた。
「やべぇな、もうこんな時間か。帰って風呂入って飯食って・・なんとか2時間寝れればってところか。遅刻なんかしたら・・はぁ・・」
近藤は自分のかばんを持つと誰もいない廊下に出た。疲れ果てている近藤の足取りふらふらとしており、歩調もどこか重く今にも倒れそうな様子であった。他人から見れば異様な様子であることは明らかなのだが、近藤自身がそれに気付いていない。
近藤は守衛室に寄って仕事が終わったこと、他に誰も部署に居ないことを告げるつもりだった。そのため近藤は真っ直ぐ裏口に行ける階段を目指していた。近藤は階段を降りようとした瞬間、胸に違和感を感じそのまま倒れ、階段を転げ落ちてしまった。
「あぁ!なんてこと!私の愛し子がこんな姿に!」
「落ち着いて下さいませ~。主神エリミナーデ様~。そんなに興奮されると愛し子様が危険です~」
「こんなに魂がしぼんで、色も黒くもなってきてるし。あぁ、なんでこんなことに!」
「ですから~落ち着いて下さいませ~」
周囲がぎゃーぎゃーと煩く感じた近藤が目覚めると視界が真っ白であることに気がついた。
「あれ?ここどこだろ?」
「あぁ!気付きましたか!私の愛し子!」
「え?」
「可哀想に。もう大丈夫ですからね。私がついていますからね」
「え?えっと?」
近藤は周りをキョロキョロと見渡すが全てが真っ白であり、声は聞こえるもののどこから誰が話しているのかも分からなかった。ただ包まれる温かさを感じていることには気がついた。実際には主神エリミナーデの手の平に包まれているのだが・・
「もう大丈夫よ!貴方を虐める者は私がぶっとばしてあげますからね」
「ですから落ち着いて下さいませ~。愛し子様はこの状況を理解出来ておりません~。それにそのままでは魂が潰れてしまいます~」
(・・魂?)
「お願いです~主神エリミナーデ様。愛し子様を開放してあげて下さい~。私が状況を説明させていただきますので~」
「・・・・・・」
「そんな睨まなくても~、このままじゃ愛し子様が可哀想です~」
「あ゙ あ゛ん?何だお前ぇ?私に文句でも?」
「ぴっ!・・そうだ、主神エリミナーデ様~。私が愛し子様に状況を説明している間、愛し子様をあの星に送ると言い出した奴を絞っておいて下さいませんか~?」
「・・そうだ!あの野郎めぇ。どこ行きやがった!」
その声と共に視界が一気に広がり、目の前には白く光る巨大な女性が見えた。どうやら俺はその白く光る巨大な女性の掌の上にいるようだった。突然のことに近藤は驚きを隠せず素を出してしまう。
「あ?えっとこれは一体?」
「ふぅ~、ようこそ天界へ~。愛し子様~」
「え?もしかして愛し子って俺のことですか?」
「はい~そうですよ~」
「えっと俺、魂なんですか?」
「そうですねぇ~。残念ながら愛し子様は過労死?と言うもので現世ではお亡くなりになりました~」
「過労死?俺が?」
「はい~」
「・・・・・・」
「それで愛し子様の魂がこの天界まで運ばれてきた訳なんですよ~」
「ここが天界?」
「おっと~言い忘れていましたね~。私は主神エリミナーデ様に仕える水の従属神でディーヴァと申します~」
色々と状況を理解できていない近藤であったが、相手から礼を尽くされたことを知り営業モードとなる。
「あっとこれは失礼しました。私、近藤 秋人と申します。只今名刺を切らしていまして大変恐縮ですが・・」
「ふふ。良いのですよ~普通にしていただいて~。貴方様は主神エリミナーデ様の愛し子様なのですから~」
「愛し子?・・そうですか」
目の前の白く光る巨大な女性・・水の従属神ディーヴァはニコニコとした笑顔を見せる。圧倒的な巨大さを見せる彼女に対し、何故か恐怖心は感じなかった・・が
「ぎゃあああああ」
「てめぇが!私の愛し子を!あの星に!送って!成長させるって!言ったよなぁ!」
ここからはディーヴァの陰になって見えないが遠くから怒声と悲鳴が聞こえ、何か圧のようなものが何度か体を通り抜ける。ディーヴァが纏っている衣類も風に揺らされたかのようにたなびいている。ディーヴァを見るとニコニコと微笑みを見せているが良く見ると引きつっているようにも見えるし、冷や汗をかいているようにも見える。
「あの星はこのあたりでは精神を鍛えるには最も適していたのです。まさかこんなことになるとは・・お許しを!どうかお許しを!」
「うるせぇ!てめぇの神格は没収だ!」
「や、やめ・・ぎゃあああああああ」
遠くから断末魔のような悲鳴が聞こえる。その瞬間ディーヴァも硬直したように体をびくっとさせていた。
「えっと?大丈夫?ですかね?」
「えぇ、大丈夫ですよぉ~。さっきのは気にしないで下さいね~」
「いや、気にしないでって・・無理ですよ」
「ですよね~」
そんな会話を続けているといつの間にか視点が変わり目の前にディーヴァよりも大きな美しい女性が現れた。俺はその彼女の掌の上にいるようだ。周りを見渡すと彼女の右側にディーヴァが居たが、ディーヴァは目の前の彼女の半分くらいの大きさしかなかった。そして気がつくと目の前の巨大な女性とディーヴァの他に三人の影が見え、巨大な彼女の掌を囲むようにしていた。そのことに緊張していると、
「あぁ、私の可愛い愛し子よ。貴方の成長のためとはいえ、あんな奴の口車に乗るんじゃなかった。ごめんなさいねぇ」
と目の前の一番巨大な女性が声をかけてくれた。
「あ、えっと。その、大丈夫ですから。ありがとうございます」
「余計な苦労をかけてしまったわね。だからこれをあげるわ」
そう言うと彼女は視線を俺の上に移す。釣られて上を見ると巨大な白く光るものが俺に迫ってきているようだった。
「私の可愛い貴方がこれから苦労しないように『神格』を上げるわね」
その言葉とともに俺は降りてきた光に包まれた。そしてその光は俺の中に入っていく。光が自分の体内に入っていく姿は漫画でも見たことがあるからそんなに忌避感は感じなかった。しかし光が体に入っていくにつれ、今なら何でも出来るんじゃないかという万能感を感じるようになった。
「これは?」
「大丈夫よ~、今、貴方は生まれ変わろうとしているのよ」
「生まれ変わる?」
「そうよ。貴方は私の愛し子。いずれもっと大きく成長し・・え?」
白い光が全て俺の中に入り終えるといつの間にか視界が変わり、ディーヴァやその他3つの影が先程より大分小さく見えるようになった。上を向くと眼の前には先程の巨大な女性の顔があり、俺は彼女の腕に抱かれているようだ。この感じだと俺はこの女性の赤ちゃんサイズか?
「大きくはなったけど、魂がまだ萎んでいるし、黒さも取れていない?これは?」
「主神エリミナーデ様。おそらく魂が傷ついているのではないかと」
「魂に傷・・」
そう呟くとエリミナーデの美しい顔がまるで般若のように変化しつつあり、周囲への圧が強くなり、俺も思わず緊張してしまう。
「落ち着いてなの!エリミナーデ様。愛し子様が怖がってしまうの!」
「!」
「そうです、エリミナーデ様。ちょっと相談なんですが、えっとディーヴァ。愛し子様の相手をして下さい。エリミナーデ様はこちらに」
「ふむ・・」
そして俺はまたディーヴァに抱っこされるが、先程より大分顔が近い。俺は思い切って聞いてみることにした。
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