第3話 着陸
眼下に光が見える。ドラム缶で焚かれている火である。脳内の地図と飛んできた航法を照らし合わせ、再度ここが目的地であることを確認した。
撃墜した敵機から回収された識別機が作動しているおかげか、迎撃はない。滑走路へと誘導する管制官の声が届くが無視をする。
もはや、賽は投げられた。ここからは、欺瞞ではなく、瞬足さこそが求められる。
「総員聞け!我々は突入を開始せん。諸君らには一機でも多くの敵機を破壊することを求める」
一拍置き、皆の顔を見渡す。やはり、精鋭中の精鋭と言っても過言のない奴らである。とても満足のいく顔をしている。
「ただし、帰りの足は残しておくように」
一言、正し重要な言葉を付け加えると失笑が出た。緊張せずに自分達の役割を理解しているからこその笑いだ。士気を気にする必要は無さそうだ。ならば、後は武運を祈り働くだけである。
「総員、突入態勢を取れ!」
「「「おう!」」」
操縦席からも良い返事が来た。窓を見ると地面に手を伸ばせば届きそうな錯覚を覚える。速度を殺そうと羽が広がっている。そして、機体に強い衝撃が来た。普段の車輪ではなく、胴体による着陸。地面が金属を削る凄まじい音が、これからの戦いを鼓舞する音に聞こえてくる。
着陸しても動き続ける機内の中、あわてて後方にやって来た笠川が急いで装備を身につけ始める。銃を持ち、手榴弾をつかみ、爆薬にも手を伸ばそうとしたが、手渡されたのは帰りの便の説明書であった。
「小隊長。是非自分に!」
武江の志願、すぐに許可する。
滑走路脇に入る直前に、まるで一つの生き物のように8人が続けざまに着地した。
そして、あらかじめ決めた通りに一気に散会した。
小型機には手榴弾を投げつけ、大型機には爆雷、爆薬を仕掛け破壊。押っ取り刀ならぬ、押っ取り銃で駆けつけてきた米兵には射撃を浴びせた。
手榴弾を投げ、駆ける。射撃を浴びせ、駆ける。爆薬を仕掛け、駆ける。弾薬を出し惜しみは無し。機動遊撃的に各々の目標に向かって、ただ直向きに遂行せんとす。鬱憤がたまっていたこともあるだろうが、破壊の手つきは惚れ惚れする動きである。
戦場に射撃の曳火の線が引かれ、爆発の花が咲きほこる。そして、一際大きな明かりが灯った。ガソリン集積場に火がついたのである。
より一層、混乱に拍車が掛かった。
飛び交う銃弾、爆ぜる火薬、駆けずる人影。米軍航空基地はもはや混乱という言葉では言い表せないほどの混沌ぶりである。
爆撃による襲撃は警戒していても、地上戦を警戒することはなかった。仕方がないこととはいえ、その代償は機体よりも代え難い貴重な搭乗員の命であった。
日本の地上部隊が来る場合は、生き残りか、上陸のどちらかだと考えられた。だが、生き残りは僅かな捕虜のみ。上陸は道中で撃沈されるのが関の山である。しかして、警備部隊が配置される事は無かった。
決起あふれる闘志を身に纏うも、空中では勇猛無比であるも、搭乗員は地上ではただの勇敢なる人である。軍隊に身を置いているために小銃を射撃した覚えはあるが、現在の状況では歩兵の劣化版に過ぎない。ベテランも新米も銃弾は平等である。愛機を守らんとした彼らの死は美談でも防衛側の失態である。
斯くして、無謀にも思えた敵地強行着陸は一定の成果を叩き出した。
特攻はこのまま戦い続けるのが理想であろう。携行する弾薬尽きても鹵獲武器を使用して、少しでも多くの被害を敵軍にもたらすことが求められる。
だが、本作戦は特攻ではない。帰還することが念頭にある。このために、鹵獲されたB-29の操縦マニュアルを読み解き訓練したのである。
笛を吹き、帰還を伝える。それぞれ時間を計っているだろうが念のためだ。
動き出した機体が一つ見える。そのコックピットには見知った顔がある。バタバタと滑走路脇に集まってきている。未だ米軍は混乱から立ち直れていない。
作戦完遂の絶好の機会である。
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