04 2回目のデート

 サイラス様の「過保護」が多少緩和したらしい、ということにわたしは二回目のデートが執り行われたときに気が付いた。


 律義に休みの前に、出かけませんかと声を掛けられそれに承諾するという――監視付きでの出歩き許可ではあったものの、一歩もエルドラン邸から外に出られないかつての状況と比べれば幾分かマシであった。

 それに……。


「行きましょうか、リーリエ」

「は、はい」


 サイラス様がひどく楽しそうなのだ。何か余計なことを口にして水を差すのも申し訳ないほどに幸せそうな表情をしているのを見ていると、わたしは申し訳ないような心地にはなるのだけれど。


 本当にわたしのことが好きなんだな、サイラス様って。


 普通に考えればうぬぼれ過ぎているに違いない、と自分で断じるようなことだが――彼の無邪気な表情を見ていると本当にそうなのかも、と思えてきてしまう。


 どうして、わたしなんかを気に入ってくださったんですか。サイラス様。


 そんなふうに訪ねる勇気はまるでないのにこのぬるま湯のような愛情を浴びては、時折見せる彼の狂気に怯えている。本当にこれでいいのか、と自問自答は繰り返してはいるけれど「死にたくない」から、という動機以上にこの関係性を続けている理由をわたしは見つけられていない。なにしろ、もう婚約してしまったことだし。撤回するほどの理由もないのだ、この優良物件を。

 だってサイラス様は、お顔がよく、お金持ちで、仕事も出来て、優しい(時々ちょっと怖いけど)。


 馬車に揺られながらぼんやりと考えていると、目的地である雑貨店にはすぐに到着してしまった。


「わあ、これ可愛い。これも素敵だな……」

「ああ――いいですね、リーリエから手紙をもらえる相手が羨ましいです」


 棚に並んだ紙を手に取って眺めていると、隣で見ていたサイラス様がすぐ耳元で囁いてきたので飛び上がるかと思った。

 び、びっくりした、と呼吸をすうはあ繰り返していると平然としたようすでサイラス様は便箋が束ねられたものを手に取った。


「こちらもいいですね」

「あ、本当だ……可愛い」


 愛らしい小鳥の柄が描かれたそれを眺めていると、さっと先ほどとおなじようにサイラス様は便箋を手に取った。買ってくれるつもりなのだろう。だが――、


「サイラス様、そんなに手紙は書きません、よ?」

「俺と文通しませんか、リーリエ」


 文通、同じ家に住んでいる相手と? 疑問符が頭に浮かんだがサイラス様はその思い付きを随分気に入ったようだった。


「そうだ、俺も便箋を選びますのでお互いに手紙を書く、というのは」


 突然の申し出に困惑していると、サイラス様は「俺はリーリエのことをもっと知りたいのです」としおらしい調子で言ってのけた。

 そのようすはしゅん、と耳の垂れた犬を思わせる。はねつけるのは可哀想かも、とついつい思わせるような仕草だ。この忠犬、もとい狂犬め。

 犬耳が生えたサイラス様を想像してしまい、わたしはこの馬鹿げた考えを振り払うべく勢いよく首を振った。


「もちろん短くても構いません。思ったことや、俺がいない間起きたことなどを簡単に書いてくだされば、と」

「うー……別に構わないですけれど」


 やけに必死に言われて、それならとわたしは受け容れるとサイラス様の顔がいつもにも増して輝いた。まるで太陽のようなひとだと思う。じっと見つめていると眩しすぎて、目が焼かれそうだ。


 わたしはサイラス様に注いでもらっている気持ちの半分も返せていないだろう。本当にそれでいいのだろうか。幾度ともなく繰り返した問いが頭に浮かんだが、リーリエと優しく名前を呼ばれるとたちまち霧が晴れたかのように消えてしまう。

 鼻歌を口ずさむサイラス様と共にわたしは雑貨店を後にした。




 城下町で何軒か店を回って、ああでもないこうでもないと言葉を交わしながら品物を見ていたが、あるときサイラス様がぴたりと足を止めた。


「サイラス様? どうかしましたか」

「リーリエ」


 サイラス様の表情がわずかに強張ったのがわかって、わたしも思わずごくりと唾を呑み込んだ。


「どうやら、後をつけられているようです」

「あ、あとを……?」


 何故、と続けざまに口にしようとした唇に、サイラス様の人差し指がそっと触れた。慌てて唇を引き結ぶと、サイラス様はわたしを安心させるように微笑みかけてくれた。


「何も気づいていないような顔をしていてください。難しいかもしれませんが」

「当たり前です……」


 わたしはいたって平凡な――いや、それなりに貧しい暮らしを送ってはいたけれど――男爵令嬢である。誰かに尾行されるなんて経験ある筈もない。時々、身分を偽って駄賃めあてでお手伝いなどをしていたが、それで責められる筋合いもないだろう。どうして、わたしなんかを。


「申し訳ありません」


 思わず身震いしたわたしの肩をそっと引き寄せて、サイラス様が囁いた。


「おそらく俺を探ろうとする何者かだとは思います……リーリエ、このまま隙を見せずに馬車を待たせているところまで戻りましょう」

「わ、わたしは大丈夫です」

 

 声が震えていたけれど、精一杯強がってみせた。せっかくの外出だというのに、謎の尾行ごときで台無しにされてはかなわない。

 なにしろこれから予約してあるレストランで食事をすることになっていたのだ。そこのお店もデザートが絶品だということで、サイラス様はわたしをどうしても連れて行きたかったらしい。


「リーリエ、ですが……」

「ただ買い物をしたり、食事をしたりするだけで、わたしたちは何も悪いことをしてはいないんですもの。堂々としていましょう、その方がずっと、絶対いいと思います」


 意地を張るような言い方になってしまったが、本心だった。ただ、せっかく外出できたのに、こんなところで切り上げるなんてという気持ちもある。半分半分で、だけどわたしはこんなふうにサイラス様が悪いわけではないのに表情を曇らせてしまいたくはなかったのだ。


 リーリエ。

 囁くように名前を呼ばれて私は思わず背筋を正した。


「あなたのことは必ず俺が守ります」

「……はい、よろしくお願いします」


 ぎこちないながらもわたしが笑みを向ければ、それ以上の笑顔が返ってくる。

 このひとのことをもっと知りたい。もっと、好きになれたらいいのにそう思いながら――。

 一歩ずつ、わたしたちは歩き始めた。

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