02 甘いものはお好きですか?
オディール王国の城下町はいつでもにぎやかだ。
エルドラン邸のある閑静な住宅街から馬車で移動し、決めた時間に迎えに来るように頼んで屋敷へ帰した。降り立った途端、陽気な呼び込みの声が耳に届く。
目当ての店があるようなのは思っていたよりも庶民的な地域のようだった。むしろこういった雰囲気の方が貧乏男爵令嬢であるこのわたくしめにはなじみがある。そして、サイラス様の方はやたらと浮いていた。
「昨晩は楽しみでなかなか寝付けませんでした……」
金砂の髪は陽光を浴びて眩くきらめき、青空を映した眸には喜色が浮かんでいる。その笑顔はまるで太陽のように人々を魅了する。ひそひそとサイラス様のほうを見ては言葉を交わすご婦人方が通りのあちらこちらに見られたのだった。
それにうっかりつられそうになったところを、わたしは勢いよく首を振って持ち直した。
――いやいや、絆されるな。こんな大型犬みたいな男、好みでもなんでもないでしょうが!
「リーリエ、どうかしましたか? 気分でも悪いならやはり外出は取りやめにして家でのんびり過ごすことにしましょうか」
「い、いいえっ、わたしはとっても元気です、よ?」
不思議そうな顔をしているサイラス様の腕をぎゅっと掴んで、帰るのは嫌だと訴える。せっかく外歩きを許してもらえたというのに、次の機会などそうそう訪れはしないだろう。
「り、リーリエ……また、そんなふうにまっすぐに見つめられると、俺は」
「え? なんですか……なに、か?」
見上げたまなざしがいつになく動揺した碧眼とぴったり重なる。
そのとき、時間が止まったような沈黙があった。
そして、どちらからともなくぱっと目を逸らし俯いた。どっどっど、と胸の奥が激しく鼓動しているのを感じてわたしは思わず胸を押さえる。なんだ、どうかしちゃったのだろうかわたしの心臓は。
ぎこちなく腕を組み直して歩きはじめる。そんなはずがないのに、行き交う人々がみな自分たちのことを見ているみたいに思えて居心地が悪かった。
目当てのパティスリーというのはこじんまりとした佇まいの店舗だった。よく見つけたものだ、とも言いたくもなる。大きな店に挟まれるようにしてある小さな敷地に可愛らしい外観のおうちが建っているという印象だ。
からん、とベルを鳴らしてドアを開ければ色とりどりのケーキが並ぶショーケースが目に飛び込んで来る。店内は予想どおり女性のお客さんが多かった。ぽつりぽつりと、付き添いで来たと思われる男性が何人かいる程度だ。男性のみでケーキを注文しているテーブルは見受けられない。
なるほど、とわたしはひとり頷いていた。
これはサイラス様ひとりで訪問したとして確実に浮くことは間違いない。ただそんなことを気にするようなタイプだっただろうか、といまになって思ったが「いらっしゃいませ」という柔らかな声音に促され、思考を打ち切る。
ちょうどひとつだけ席も空いていたので、給仕らしきオレンジ色のエプロン姿の女性に喫茶スペースに案内された。
「ねえ、あそこのテーブルの金髪の方。恰好いいわぁ、見惚れちゃう」
「見て……素敵ねえ、目の保養だわ」
早速と言ったようすでちらりと女性客の視線がサイラス様へと注がれる。
「オディールの石畳、楽園の果実、白の奇跡にそれから……」
ひそひそと言葉を交わす女性たちなど気にも留めずに、サイラス様は給仕につらつらと注文していく。おそらくはケーキの名前なのだろうけれど、わたしにはどれがどれのことだかわからない。なにしろ一般的な名称ではなく、チョコレートケーキは「オディールの石畳」といったように変えているようなのだ。
一瞬で陳列されたケーキの名前を覚えたのもすごいのだが、澱むことなく並んでいたほとんどすべてを注文し終えたあたりでわたしは茫然とした。どれだけ食べるつもりなんだ、このひとは。
「すみません、リーリエの好みも聞かずに。ひとまずすべて一種類ずつ注文しましたが足りるでしょうか」
「いえ……わたしはお茶だけで十分なくらいで」
想像しただけで胸焼けがしそうだった、とはとてもじゃないが言えそうな雰囲気ではなかったので呑み込んだ。
「なんですって⁉ ――それはいけません、此処のケーキはとても美味しいのです。王宮で供されるものにも引けを取らず、連日の盛況ぶりに隣国の王女殿下も興味を持っているほどの名店なのです」
「は、はぁ」
勢いよく、かつ必死に切実に訴えられて、実際は話の半分も頭に入ってこなかったのだが――とにかくサイラス様はこの店がかなりのお気に入りらしいことはわかった。わかったのだが……。
「特にこの店はフルーツを使ったタルトが美味しいんですよ」
うっとりとした顔で語るサイラス様を見ていると、なんというか――面白みがあった。黙って真顔で剣を向けられると恐怖しかおぼえないのだが、無邪気な子供が好きなものについて語っているかのようで、可愛らしい、とさえ思えてしまうのが不思議である。
「リーリエ、どうかしましたか?」
「……なんでもありません。あ、見てくださいサイラス様、お待ちかねのケーキですよ」
薄々予想していたとおりテーブルには乗り切らないようだったので、食べ終わったら次のケーキを運んできてくれるらしい。それでもテーブルを埋め尽くす皿の上には、鮮やかなソースで彩られたケーキたちが盛りつけられている。
ブラウンのクリームが絞り出されたモンブラン、生クリームたっぷりのショートケーキ、緑が鮮やかなピスタチオのケーキ……。あちらにもこちらにもケーキ。見渡す限りケーキで圧巻だった。
「さあ、リーリエ。お好みのものはどれですか」
「え、えぇ……じゃあこれ、これにしようかな? あとはサイラス様がお好きに」
ぱっと最も間近におかれていたフルーツタルトを指さした。おすすめと言っていただけあって確かに美味しそうではあった。盛りつけられたフルーツがキラキラ輝いていて宝石のように見える。
「遠慮せず、好きなだけ食べてくださいね」
それは此方が言いたいことなのだけれど。
フォークでひとくちぶんを切って口に運ぶと、瑞々しいフルーツの果汁がぷちりと弾け、クッキー生地がさくさくほどける。成程、確かにひとに勧めたくなる味だというのはよくわかる。
「おいしいです」
そう口にするのはなんだか負けた気がして癪だったが、この味には降参せざるを得ない。美味しい。たぶんきっと、いままで食べたケーキの中で一番。
「お口に合ったようでよかったです。何軒か回って、リーリエを誘うなら絶対に此処だと決めていたので……」
ケーキを頬張るサイラス様の顔が甘く蕩けているのを見て、わたしも思わず口元が緩んでいたらしい。かすかにサイラス様が目を瞠った。
「リーリエ……」
「はい」
首を傾げると、サイラス様は「いえ、なんでもありません」と
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