#6 シエル part 1.4 ~魔道具屋への道中~
「……改めてみると、本当に異世界なんですね、ここ。テレビもない。ラジオもない。車もそれほど……どころかまったく走ってないですし……あ、見てください! 今、馬車が通り過ぎて行きましたよ!」
怪鳥タクシーを降りてから、運よく魔物に遭遇することもなく、私たちはソムニアまでたどりついた。
街に入るなりすれ違った馬車にひかりは興奮しているようだけれど、私は普段から見慣れている。
なぜそんなにも騒ぎ立てるのか、正直分からなかった。
それより、私はテレビやらラジオやらの方が気になる。どんなものなのだろう。
「……わたし、これからこの世界で生きていくんですね……。魔法を使ったり、ダンジョンを探索したりもするんですよね……」
呟きながら、ひかりはキョロキョロと興味深そうに街中を見渡している。その様子はとても楽しげだ。
「ああ、今の人、耳が尖っていましたよ! もしかしてエルフ⁉︎ ああ、こっちには猫耳! 猫耳の女の子!」
散歩中の犬のようにはしゃぐひかりは、すれ違う通行人たちの奇異の目を集めている。
「……ひかりが異世界から来てはしゃぐのは、まあ、わかるけどね? わかるけど、もうちょっと自重してほしいかな。一緒にいる私までヤベーやつ扱いされそうだし」
「それ、わたしのことをヤベーやつだって言っているようなものだってわかっています? ……でも、そうですね。確かに往来で騒ぎすぎるのはよくないですし、気を付けます」
軽い口調で、ひかりは敬礼しながら返事をした。本当にわかっているのだろうか。
「えっと……ギルドで依頼の完了報告するんでしたっけ?」
「そう。その前に魔道具屋に寄るけど」
「魔道具屋! まさに異世界って感じですね。何を買うんですか?」
「仮面をね。私、仮面がないといろんなことが怖くて……魔物と戦うのもそうだし……冒険者ギルドに行くのだって……いや、そんなことより」
私は事前に言っておくべきことがあったのを思い出す。
「なんていうか、気をつけてね」
「気をつけるって?」
「魔道具屋の店主は、ちょっとアレっていうか……」
「アレ?」
「油断してるとすぐに胸を触ろうとしてくる変態なんだよね」
「ええ? 捕まらないんですか? それ」
ひかりが、ごもっともな疑問とともに首を傾けた。
「あー、一応、ある程度知った相手にしかやってないらしいし……あ、でも、大丈夫。もし、ひかりに対して度を超すようなことがあれば、私が連れてきた責任を持ってボコボコにするから」
私は手をぽきぽきと鳴らした。あの人は、知り合いの知り合いは実質自分の知り合いだと思っている人間だから、ひかりも十分標的になりえる。おそらく責任は取ることになるだろう。
「頼もしいですね。でも、そういうタイプのセクハラモンスターはわたしの胸に興味を持ちますかね? 自分で言うのも少し悲しいですが、わたし、だいぶ小さいですよ?」
「あの人曰く、大きさじゃないらしいよ。知らんけど。まあ、実際、私も小さいけど、触られそうになるし」
と、二人で街中を進み、大通りの外れに差し掛かった時だった。突き当りでガラが悪そうな男と見知った猫耳の少女が言い争っていた。
少女の方は、八重歯が特徴的な幼い顔。
よく手入れされているのが分かる長い黒髪。胸元にリボンがついたベストにふんわりしたショートパンツを身に着けていて、足元にはブーツ。お尻からは猫の尻尾が生えている。
これから行く店で働いているケモミミ族の少女、アレッタさんだ。
「かえしてください! そのましょうせきはあるじさまにおつかいをたのまれてかっただいじなそざいなのです!」
アレッタさんが泣きそうな声で男に抗議した。対して男は薄笑いを浮かべる。
男の手には、キラキラと光る水晶のようなものが握られていた。魔晶石だ。
魔力が結晶化したもので、さまざまな魔道具の材料に使用されている。
「悪いな。今はどうしても金が必要でな……。お前が俺にこの魔晶石をくれれば、俺は助かる。お前は人助けができる。いいことじゃねえか」
いや、そのりくつはおかしい。
けれど、仮面をつけていない自分には男にそう言う勇気はなく、尻込みすることしか出来ない。本当に情けない。
そんな中、ひかりが口を開いた。
「小さな子からモノを取り上げるなんて、みっともないですよ」
突然の乱入者に、男とアレッタさんがこちらに振り返る。アレッタさんが「シエルおねーさん?」と呟いたのが聞こえた。私に気付いたようだ。
男は険悪な目をひかりに向け、鼻を鳴らした。
「おいおい、ガキがずいぶんと舐めたことをぬかしてくれるじゃねえか」
「ガキとか関係ないですよね……とにかく、いい大人が子供の大事なものを奪うなんて……」
「ごちゃごちゃうるせえな! 文句があるならかかって来いよ!」
男が懐からナイフを抜いて、チラつかせる。
「……刃物を使う気なら、わたしも手加減しませんよ。【トランスリリィ】!」
それに応じるように、ひかりも白い小さな板を取り出して魔法を唱える。
ひかりの体が光に包まれ、瞬く間にスカルスパイダーを倒した時の姿――ルミナス☆リリィ――に変身した。
「あなたみたいな人は杖なしでも十分です。かかってきていいですよ?」
「ああ? ガキが舐めやがって! 俺は女相手でも容赦しねえぞ!」
挑発に乗った男が叫びとともにひかりに斬りかかる。
それを半身で避けたひかりは、そのまま回転しながら男の背後に回ると、背中に裏拳を叩き込んだ。
男は勢いよく飛んでいき、壁に激突。
泡を吹いて、男は気を失った。一撃だった。
と、ひかりが変身を解いて、慌てた様子で男に駆け寄った。
「わわっ! もしかして、わたし、やりすぎちゃいました? 死んじゃったんじゃ……」
「大丈夫。気絶しているだけだから」
男の懐から魔晶石を回収しながら私が告げると、ひかりは安心したように息を吐き出した。
「はい」
私は男から取り返した魔晶石をアレッタさんへと渡す。
「ありがとーございます。シエルおねーさん」
「私は何もしていないよ。怖くて動けなかったんだから。お礼なら、こっちのお姉さんに」
「ほんとーにありがとーございました。えーっと……」
伺うようにひかりの顔を見つめるアレッタさん。
少しの間の後、私はアレッタさんがひかりの名前を聞きたいのだと察した。
私はそのことを、こそっとひかりに耳打ちをする。
「ああ、なるほどですね。わたしは明日奈ひかりです。よろしくお願いします。あなたは?」
「アレッタはアレッタです。まどうぐやであるじさまのおてつだいをしています。よろしくおねがいします。ひかりおねーさん」
それから、私たちはアレッタさんと一緒に魔道具屋へ向かった。
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