仮面少女の空、異世界の光で輝く。
風使いオリリン@風折リンゼ
#1 プロローグ
朽ちた木の香りに満ちた道は、倒木や石が転がっていて歩きにくかった。
結構な頻度で吹き付ける砂利交じりの強風を浴び、顔が痛くて仕方ない。
けれど、どこか自然の力を感じるためか気分は悪くなかった。
川沿いを進みながら、渓谷の空気をめいっぱい肺に送り込む。
「あふぅ」
長い髪を風になびかせ、少女は満足げに息をはいた。
同時に、少女の腹の虫が鳴き出す。こちらの世界に飛ばされて数時間。しばらくの間、食事をとっていない。そろそろ何かを口にしたい。
と、考えているうちに、目的地が近づいていることを示す看板の横を通り過ぎた。
「……着くまでもう少しかな。とりあえず、まずはご飯ですかね」
任務を与えられた際に渡されたスマホのような端末に表示されている地図を確認しながら、独り言を呟く。
前方に小さな街が見えた。サブリサイドだ。端末で調べた情報によると、側を流れるサブリナ川にその名を由来し、川魚の照り串焼きの屋台が名産らしい。
せっかくなので、名物が食べたい。少女はそんな事を考えながら、サブリサイドに向かっていく。
――本当に、わたしは転生したんだな。
少女にとって、自由に出歩けるなんて、夢の中か、あるいは異世界転生でもしなければあり得ないことだった。
けれど、鼻に香ってくる朽ちた木の匂いも、頬をたたく砂利混じりの強風も、目の前に広がるファンタジー作品のような景観も、はっきりとした存在感がある。
それにより、少女は自分が今れきっとした現実にいるのだと実感する。
「これが異世界の街……」
思わず呟きを漏らしながら、少女はサブリサイドへと入った。
入口から中心部に進むにつれ、草木の香りが魚の焼ける美味しそうな匂いに変わっていき、風の音が人々のざわめきにとって代わった。
少女はキョロキョロと周囲を見回して、様子を観察する。
石畳が敷き詰められ、木組みの家々が立ち並んでいる街並み。
人通りも多く、広場はかなり賑わっている。
すれ違う人はチュニックを着た男性や、時代がかったワンピース姿の女性などいかにも中世風ファンタジー作品の町民然とした格好をしている。
まるで映画の撮影現場のようだと感じる。
もちろん、映画撮影などではなく全て現実だけれど。
ふらふらと街中を進んでいると、名物の照り串焼きの屋台をいくつか見つけた。
そのうち、ひときわ香ばしい匂いのする煙を漂わせていた店の前で足を止める。
「お姉さん、照り串焼きを一本……いや、二……やっぱり三本ください」
焼けた魚にタレを塗っていた女性に向かって、数枚の硬貨を差し出す。この世界に来る時に餞別としてもらったものだ。
女性が一瞬、きょとんとした顔で立ち尽くした。
その理由について少女は少し考えてみる。思い当たるものが一つあった。
自分の服装だ。
今の少女の姿は、病院着にサンダルと、間違いなくこの世界に似つかわしくない格好だった。異世界に住む人間にとっては奇怪に感じたのだろう。
女性はしばし少女を見つめた後、思い出したように三本の串焼きを袋に入れて少女に手渡した。
少女はそれを受け取りながら、何気なく問いかけた。
「このタレは何を使っているんですか? しょうゆみたいな色と匂いがしますけど……」
「そうよ。しょうゆに砂糖とバッカスの酒を加えて作ったものよ」
「え? しょうゆがあるんですか?」
女性は少女の質問に、再びきょとんとした。なぜそんな当たり前のことを聞くのだろうというような顔だ。
「二十年前に勇者様が広めたばかり時には、珍しい物だったけれど、最近は、結構どこでも手に入るものじゃない」
「へえ……あ、これ、早速いたただきます」
少女は大口を開けて、買ったばかりの魚を頬張った。
「うん。美味しいです」
「良かったわ……見た感じ、ここに来るのは初めてよね?」
「ええ」
「今は森に行っちゃダメよ。近頃、スカルスパイダーが棲みついて、討伐に向かった冒険者達が次々に犠牲になっていて……」
「その話、詳しく教えてもらってもいいですか?」
三本の串焼きをあっという間に食べ終わってからそう尋ねる少女に対し、またも女性は呆気にとられた。
「……まさか、あなた、行くつもり? 危険よ! この街でも特に名のあった冒険者だって返り討ちにされているんだから!」
「でも、わたしの役目は、そういうのを解決することなので」
「は?」
「とりあえず、近くの森に行けばいいんですね? ……あ、魚、ごちそうさまでした。美味しかったです」
礼を言いながら、端末を操作する少女。
画面に周辺の地図が表示される。それを頼りに、少女は森へ向かっていった。
無数に存在する異世界。神々がそれらを管理しているものの、人手不足であった。そこで神々は素質がある者に勇者の力を与え、危機が迫った世界に送り込んで対処に当たらせていた。少女は新しく選ばれた勇者であり、この世界、オニロガルドを救うために派遣されたのだった。
これより、この少女――
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