母猫
双葉紫明
第1話
街に戻って来て最初の冬を越した。あのひとと、みんなで居た山里は寒さ厳しかったけれど、雪が積もってスキー場もあって、子供たちは雪遊びやスキーが出来た。なくしたのはあのひとだけじゃない。
それでも花粉はだいぶマシで、やっぱり暖かいのは楽だし、それでも暑い夏が今から憂鬱。あのひとはあの村に居るから、お互い落ち着いて、いや、先にわたしが頑張ってお金と時間の余裕を作って、夏の休日はいつでもあちらで過ごせたらなんて贅沢だろうか。だけど、今は先が見えない。夢のまた夢なら考えるだけ辛くなっちゃう。
わたしと四人の子供たち、猫一匹。あっちに居た頃からたいして変わらない。あのひとめったに家に帰れなくなってたから。お金だってわたしがなんとかしてたんだから、シングルの手当にフルタイムのお給料、もっと楽になると思ってた。
それでも現実は甘くないね。次男の高校進学。車の車検代。諸々出費がかさむ。こっちに来て運送会社の事務の正社員になって半年くらい。この調子じゃ先行き不安になるよ。
桜がきれいに咲いている。わたしの母校。長男も通ってる。今日は入学式。先輩事務員に仕事の休みを替わってもらって出席。わたしはこういうのは欠かさず出るんだ。わたしが出たいんだ。そして泣きたいの。男のひとにはわからないでしょ?あ、男のひとでも必ず出て泣いてるひと居たから(あのひとのいちばんの親友がそうだった)やっぱりあのひとがわからないだけなんだ。そんなふうに思い出してあのひとにメール。
「おめでとう」一言だけ。
式が終わるとかえって仕事の日よりも忙しい。ひとりでゆっくりする間が欲しい。一日ずっと寝ていたい。家事や育児に積極的な旦那さんを羨ましく思った事もあった。今だって、あのひととわかれた今だから、そういうひとが居たら良いのかも。あっと言う間に夜。夕飯、お風呂、ダラダラしてる子供たちに苛々ぶつけて不貞腐れられて。甘やかしてるのかな?猫のトイレに餌水、お洗濯。ああ眠たい。夜の時間がもっと長ければ良いのに。目覚ましで起きる朝。高校生はお弁当。給食だったら楽なのだけど。息つく間もなく出勤時間。毎日同じ繰り返し。頼れる誰かを探すにも、時間が足りないし気持ちの余裕もない。
あ、遅刻しちゃう!
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