018 巡廻⑧/沈みゆく夕日の丘で

 沈みゆく夕日をエヴァルト達三人は丘の上から見ていた。この上からはレイヴンローズ領の街並みを一望できる。


 エヴァルトはこの景色が好きだった。敬愛する主人が治めるこの土地は彼にとって心の拠り所だ。そして黄昏時の輝きが日々の業務で酷使する目に優しい。


 美しい街並みを一望して、酷く荒れた一点を見つける。先日、魔物によって蹂躙された場所だ。


 十七名が負傷し、九人の死者が出た痛ましい事故。人々は魔物に恐怖し、悲しみに傷を負った。


 エヴァルトは目を細める。整えられた街の中で、そこは白いシーツに付着した黒いインクのように目をひいた。


 領主に仕える執事として、この事件を引き起こした犯人を見つけ罰しなければならない。そのためにも犯人につながるほんのわずかな情報すらも取りこぼしてはならない。


 すでにエヴァルトは、この一週間で魔術師ギルドに依頼し、ギルドに登録されてある魔術師、魔道士の中であの数の魔物を瞬時に呼び出せるだけの魔方陣を構築できる者を絞り出している。国が定めた脅威度が一定以上の魔物を使役できる魔術師は限られてくる。犯人側も魔術師ギルドに特定されないように何かしら画策するはずだ。ここまでは表向きの捜査。


 そして本命の捜査。それが情報屋バンへの依頼だ。

 バンは軽薄な男だが、レイヴンローズの地において彼の目と耳と鼻は時にギルド以上の活躍をする。


 事実、バンは事件発生から数日で容疑者を三人にまで絞っている。


 レイヴンローズ有数の商会『星竜海』のナンバー2のダリス・ホイベルガー。『星竜海』は香辛料・芳香性のある物質に、毛皮、魔鉱石にスクロールと幅広い取引を行なっている商会だ。だが最近では人身売買や魔物の卵、違法薬物の取引もしているという黒い噂が立っている。


 もしも『星竜海』のナンバー2が例の魔物事件に関与しているとするならば、レイヴンローズ家と『星竜海』の間に軋轢を生みかねない。その場合、両者との抗争で市場が大きく荒れる。確かな証拠を以て犯人を検挙することが妥当だ。


 次に冒険者パーティ『白蛇の樹』の魔導士アッシュ・メーベルト。バンの話では最近名を上げた冒険者パーティらしいが、エヴァルトはそのことを知らない。アッシュだけの単独犯という線も考えられるが、常人が一人であれだけの被害を出す精神性があるだろうか。


 そして、最後に傭兵上がりのエーミール・ウーレンフート。傭兵ならば誰かに雇われて魔物を召喚したということも考えられるが、その場合、彼のバックについているであろう人物にも警戒しなければならない。


 いずれにせよ、今出せる情報はこれだけである。

 

 エヴァルトは眼光を鋭くする。

 なんにせよエヴァルトがすることは一つ。この事件の犯人を見つけ出し、そして――、


「――ト、――エヴァルト!」

 熟考していたせいか、エヴァルトは隣で彼を呼ぶ少女の声に気付けないでいた。


「申し訳ございません、お嬢様。少し考えごとをしておりました」

「一週間前の魔物騒動のことね」

「……はい」

「今日、私を街に連れ出したのは、事件の犯人の動きを探るためだったんでしょ。レイヴンローズの心臓を持つ私は魔物を引き寄せやすい。私の血や心臓は悪の手に堕ちれば一国すら滅ぼしかねない破滅の象徴。そんな私は犯人からすれば喉から手が出るように欲しいはずだから」


「お嬢様、それは……」

「いいわ。嘘を付かなくて。私も十年以上この身体とこの土地で生きていれば嫌でもわかるの。自分は普通じゃないんだって」


 エリザベートのその言葉にエヴァルトはそっと目を閉じた。

(その言葉をお嬢様に言わせてしまった……)

 普通じゃない、その言葉はエリザベートにとってもエヴァルトにとっても呪いだ。

 

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