白と黎明の執行者〜呪われた令嬢に仕える世界最強の執事、新しい時代のため世界最高の弟子を育成する〜
夜明快祁
第一章 邂逅/老執事と少年
001 二つの伝説と老執事
この世界には二つの伝説がある。
ひとつは――魔術社会を恐怖と力で支配していた魔王を決闘で討ち倒し、暗黒の時代を終わらせた『黎明の魔術師』。
もうひとつは――数多の生命を奪い、生きる災厄と呼ばれた邪竜を斬り伏せ、人々を夜明けへと導いた『白き剣神』。
竜の咆哮で大地は裂け、魔王の闇が空を覆い尽くした。だが、その剣と魔術が振るわれたとき、黎明の光は雲を裂き、人々は新たな希望を見たという。
吟遊詩人の詩に乗せられ、多くの国にそれらの伝説が語り継がれた。
だが、二人の素性を知る者はいない。おとぎ話だと笑う者もいれば、その伝説はある特定の個人を指すものではなく、王国の魔術師団や騎士団を指す寓話だと語る者もいた。
やがてその伝説は色褪せ、人々の記憶から遠ざかる。
けれど、風に残る魔力の残滓は絶えず囁く。
――いずれまた、新たな伝説が紡がれるのだと。
これはそんな伝説の円環の物語だ。
◆◇◆
エーデルヴァース魔法王国の東に位置するレイヴンローズ領。
夕焼けに染まる街道の両脇では、魔石灯がひとつ、またひとつと自ずと輝きを灯していた。油ではなく魔力の結晶が生み出す光は、黄昏に咲く花のように並び、旅人の影を長く伸ばしていた。
一台の馬車がその光の下を駆け抜ける。
御者台で手綱を引くのは、白髪の混じる初老の男。顔には深い皺が刻まれているが、背の高さと真っ直ぐな姿勢、老骨とは思えぬ体躯は執事服越しでも隠せない。車輪には衝撃を和らげる魔法陣が刻まれ、石畳の上を滑るように走っていた。
「お嬢様、もうすぐお屋敷に着きます。ご気分はいかがですか?」
老執事は馬を操りながらも、後ろの荷馬車に座る主に声をかける。
「問題ないわ、エヴァルト。貴方が引く馬車は不思議と車酔いしないの、さすが私の執事ね」
荷馬車から凛とした少女の声が返ってくる。彼女こそレイヴンローズ領を治める若き当主であり、エヴァルトの主だ。
「はっはっは! それは光栄です」
老執事エヴァルトは目を細め、好々爺然とした笑みを浮かべる。
「しかし本当によろしかったのですか、私めの我儘に付き添っていただいても」
「別にいいわ、いつも私の我儘を聞いてもらっているお礼よ。それにお屋敷の中にいるよりも貴方の傍にいる方が断然安心できるし」
「これは一本取られましたな、私といると安心できるとは。お嬢様もそろそろ色恋沙汰に花を咲かせてもいい頃では?」
「悪いけど、貴方に恋愛感情はないわ。私が主で貴方は私の執事、これは絶対よ。それに貴方といると安心できるというのは、ただの比喩じゃないことを、一番知っているのは貴方でしょう?」
エヴァルトは主を乗せた馬車の手綱に力を入れる。
「老い先短い私ではお嬢様のご期待に添えるだけで精一杯ですよ。そろそろこの老体めの代わりを探してはいかがですかな?」
「貴方の代わりなんてこの世界を探してもきっと見つからないわね」
「ううっ……そう言ってもらえると、じいや嬉しいでございまする」
「っ! ちょっとエヴァルト、運転が荒くなってきたわよ⁉ 感激して泣いてないで前をしっかり見て! ちょっとどうして手綱から手を離して、鼻をかんでいるのかしらッ!?」
黄昏の道を揺れる馬車が駆け抜ける。
だが次の瞬間、エヴァルトは鼻をかむ手を止め、表情から感情を消した。
手綱が引かれ、馬車は急停止する。
「エヴァルト、どうしたの。お屋敷はまだ先のはずでしょ?」
「お嬢様、街に火が上がっております」
視線の向こう、数百メートル先の街に黒煙が立ち込めていた。炎に包まれ、破壊されゆく建物。響く悲鳴。逃げ惑う人々。
魔石灯が次々と破裂し、青白い光が暗転するたびに、街が炎に呑み込まれていく。
そして――その元凶となる影を、エヴァルトは目にした。
漆黒の鱗を持ち、不気味なまでに細長い手足をした悪魔。
「魔物でございます。お嬢様、ご命令を」
「言うまでもないわ、エヴァルト。私の領土に土足で踏み入った、不届き者に制裁を与えなさい」
「はい、仰せのままに」
エヴァルトは馬車から降りて短く応え、馬車ごと結界で包み込む。
「【
呟いた瞬間、透明な壁が半球状に展開する。そして、それは絶対の砦となった。
エヴァルトは結界を背に、戦場へと駆け出した。
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