孤立して毎日ボッチ飯をキメてた銀髪美少女同級生が憑かれていたので俺の術で助けたが「あなたとは友達にはなりたくない」と言われた。でもなんだかんだで幸せです。

@chest01

前編

氷沢ひさわさん、ちょっといいかな」

「……なにか用?」

 膝に敷いたランチョンマットで弁当を開いていた彼女は、俺、御先光一みさきこういちからの声に面倒くさそうに箸を止めた。


 一瞬のとげとげしい空気を吹き飛ばすように、2人の間にふわりと風が吹いた。

 氷沢の腰まである銀髪が、10月の爽やかな風をはらみ、輝きながらさらさらと流れる。


 きめこまやかな白い肌。

 グレーの虹彩を持った大きな瞳、それをより際立たせる長いまつ毛。

 鼻梁びりょうはすっきりと通り、唇は花のつぼみのように可愛らしいが固く引き結ばれている。


 神が自らノミとつちを手にして彫りあげた、完成された彫刻のような精緻せいちな美貌と、高校1年にしてはメリハリが利きすぎた抜群のプロポーション。


 成績優秀な優等生のうえ、社会的成功をおさめた日本人の父と人気デザイナーの外国人の母を両親に持つ、正真正銘の令嬢。

 それが氷沢リリア。


 凡庸ぼんような成績とルックスで仄暗ほのぐらい灰色の高校生活を送る俺とは正反対の、彩りと実りに満ちた薔薇色の人生。


 なのに、屋上のベンチでボッチ飯なんかキメているのは氷沢に他人が寄りつかないからだ。


 日本生まれの日本育ちだが、表情が凍ったように変化に乏しく、コミュニケーションもどこか冷淡。


 そんな彼女は独特の近寄りがたさ、一種のテリトリーを持っていた。

 それだけなら雰囲気の問題だが、距離を取られているのには別の理由があって──。


「さっきの休み時間は廊下でぶつかってごめん。で、お互い倒れたあのとき、俺、奇妙なものが見えたんだ」


「……私、奇抜な下着はつけてないつもりだけど」


「あ、そういう意味じゃなくて、その、下着とか全然見てないし」


 一説に男は嘘をつくとき、目をそらすという。

 俺も例外ではなく、目をそらした。

 なぜって、あのときの純白がまぶたと脳裏にしっかりと焼き付いているから。


「あの、まあ、それはそれとして。本当に奇妙なものを見たんだ」

「さっきから奇妙奇妙って失礼な人ね。何を言ってるのかよく分からないけど、ぶつかって驚いた拍子におかしな見違えでもしたんでしょ」


「いいや、あれは見間違えなんかじゃない」


 氷沢さん、と説得するように彼女の名を呼び、

「直接強く触れたことでえたんだ。君が何かの怪異に憑かれてるって」

「……かいい……?」

 彼女は弁当を横に置いて立ち上がると、やはり無表情で疑問符をぶつけてきた。


「怪しいに異様、と書く。現実にはあり得ないような出来事や怪現象を起こすモノ、早い話が超常現象のことだよ。氷沢さんとぶつかったとき、その怪異の影みたいなものを視覚で捉えたんだ」


「突然なに、怪異? 高校生にまでなって何を言ってるの? あなた、厨二病と呼ばれたり、妄想癖を指摘されたことがあるんじゃない?」


 厨二病? 妄想癖?

 やれやれ、まったく何を言い出すかと思えば。


 ある。どちらも。

 だが、今では以前より大分改善されている。

 恥ずかしくない学校生活を送れる程度には。

 いや、俺個人の黒歴史などこの件には関係ない。


「これは妄想や作り話じゃない、俺は怪異に悩む人を何人も見てきた。そして助けてきたんだ」


「何人も、助けた? どういうこと?」


「信じてもらえるか分からないけど、うちは悪魔祓いや拝み屋みたいなことを生業なりわいにする家系で、俺もその術を受け継いでる。この力を使えば、君が周りに不幸を呼び込んでしまう原因を取り除けると思うんだ」


「!?」

 そう言われて、彼女は目を見開いた。

 相変わらずの無表情だが、その瞳の奥はゆらゆらと揺らいでいるようにも見えた。


 中学が違うから詳しくは知らないが、その頃から、氷沢と親しく接した人間には不幸が襲うという。


 階段から落ちる、突然割れた窓ガラスで傷を負う、急病になる、同級生が部活の大切な試合前に事故で骨折する、など。

 高校でも仲良くしようとした数人が続けて謎の高熱で休んだことにより、その噂は信憑性を増した。

 これが氷沢が距離を取られている理由だ。


「あなたも自称霊能力者ってタイプの人間なの?」

「自称?」


「相談に行っても、霊験あらたかだとか何とか言って、変な石やグッズを高値で強引に売り付けようとするような、最低な奴らのことよ」


「……ああ、君も悩んで、なんとかしようとしてたんだな。こちらの界隈は、金目当てのいい加減な偽物も多いから」

「なら、そういうあなたは、どうなの?」

「ああ、安心してくれ──俺は本物だ」


 俺は力強く断言した。

 その一言で真意が伝わったのだろう。

 氷沢は目をパチパチとしばたたかせる。


 彼女の面持ちは神妙なものへと変わり、ややあってから、

「お願い、助けて」

 と、すがるように訴えてきた。


「周りに続けて不幸な出来事が起こって、どうしたらいいか」


「おかしいと思い始めたのはいつから?」


「中学のときに、突然なの。友達や親しくしていた人が怪我をしたり病気になったり。……誰も不幸にしたくないから、私、その頃から自分の感情を殺して、わざと友達と疎遠になったり、冷たい素っ気ない態度を取るようになって……」


 心の内側から剥がれ落ちるものを吐き出すように彼女は言い、

「ちゃんと幸運のお守りをいつも持ってるのに」

 胸元に手を添えた。


 お守り?

 そういえば、彼女は常にペンダントを付けていると聞いたことがある。


「そのお守りっていうのは? 見せてもらえるかな」

「海外の親戚が雑貨屋で見つけて。お店の人が幸運のお守りだってすすめてきたらしくて、私に買ってきてくれたの」

 彼女は説明しながら、ペンダントを外して手に取った。

「たしか、もらったのは中学の頃」


 細いチェーンに3センチほどのひし形の飾り。

 そこにはお守りと呼ぶにはあまりにも毒々しい、目を刺すような赤い色の宝石がはめられていた。


 異変の発生とペンダントが手元に来たタイミング。

 この符合はおそらく、偶然ではないだろう。


 伸ばして出した手のひらに置かれると、

「!?」

 ピリピリという痛みと、ムカデや毛虫に這われるような生理的な嫌悪感を覚えた。

 宝石の中からもひどく邪悪なものを感じる。

 この感覚、間違いない。


「これだ」

「え?」

「これこそが元凶だ。売った店員やプレゼントした親戚も悪意があったわけじゃないだろうが、これは持ち主を破滅させるタイプの、いわゆる呪いのアイテムってやつだ」


「そんな……とても大切なものに思えて、どんなときも持ってたのに」


「それも気付かないうちに、肌身離さず持ち歩かないといけないと、強迫観念を植え付けられていたに違いない」


「そんなに、危険なものだったの?」

 ああ、と俺は奥歯を噛み締めた。

 こんなものを彼女に持たせておくわけにはいかない。

 すぐにでも中の魔力を弱体化させ、細かく砕いて処分しなくては。


 さいわい、場所的に人目はない。

 校舎のどこからも死角だ。

 術で外部への影響を抑えれば、今からここでやれるな。


「氷沢さん、さがってて。これから驚くことになるだろうけど」


 俺は振りかぶると、ペンダントを床に叩きつけ、

「おい、もう正体は見破ったぞ! とぼけてないで出てこい!」

 弾んで転がったそれを怒鳴り付けた。


 するとそこから、ドロドロと粘性さえありそうな濃い黒紫の煙が昇りはじめる。


 辺りの空気がひどく澱むなか、煙はやがて、いびつな輪郭をした2メートル弱の物体となった。


 苦悶の表情を浮かべる生首や歪んだドクロたち。

 複数のそれらが、まるで一房ひとふさのブドウのようにかたまりとなって、膝くらいの高さで浮遊している。


「悪霊の集合体か」


「あ、あ、あんなのをずっと身に付けてたなんて」

 吐き気をもよおす凄惨な気配に、氷沢は戦慄せんりつし、よろよろと後ずさる。


 悪霊が持つ口の1つがパクパクと動くと、

「上手く隠れてきたつもりだったが、こんなガキがオレの術を看破かんぱするとは」

 音割れした音声のような、不明瞭で不愉快な、とにかく俺のかんに障る声だ。


 人にあだなす悪しきモノ。

 そのけがれた邪気が、祓う者としての俺の精神をたかぶらせる。


「お前の察し通り、オレは呪いの品よ。心を操り、人の手を渡り、持ち主の周囲に不幸を撒き散らす。そいつはじわじわと心身を病み、最後は自ら命を絶つ。その懊悩おうのうと絶望こそがオレの力の源。次々に持ち主を変え、不幸を100年以上連鎖させて溜め込んだ力がこのオレにはある。どうだ、恐ろしかろう」


「ふんっ……何が、恐ろしかろうだ、この雑魚め」

「なんだとぉ?」

「つまらない悪事をさも偉業か武勇伝であるかのように語り、並べ立てる。典型的な雑魚の仕草だ」


「小僧、ほざくなっ!」


「ほざくなだと? それはこっちの台詞だ! こそこそ隠れながら女の子を苦しめては喜んでる、口ばかり達者などうしようもないゲス野郎めっ!」


「この、身のほど知らずのクソガキがぁっ! 八つに裂いて、引きずり出したハラワタをばらまいてやる!」


 いくつもの首や頭蓋骨が本体の塊から分離すると、牙を剥いた狼の群れのごとく、一斉に襲いかかってくる。


 が、それらは俺の目の前ですべて消し飛んだ。


「な、なにぃ!?」

 悪霊は驚きの声をあげたが、俺は平然を保っている。

 俺がしたことと言えば、殺到する頭たちを片手の一振りで残さず薙ぎ払った──たったそれだけだ。


「なぜ効かない、オレには溜め込んできた力が」


「お前のように弱い者いじめで悦に浸ってきたクズの力なんぞ、俺に届きはしない」


「なら、これはどうだあ!」


 ドクロの1つが俺を迂回するように後ろへ抜けて、氷沢のほうへ向かった。

 怖気おぞけに縛られた彼女はまともに動けない。


「氷沢!」

 俺の叫びとともに顔を面で覆った漆黒の鎧武者が彼女の前に出現し、ドクロを受け止める。

 そして力任せに引きちぎった。


「せ、精神幻体せいしんげんたい! ガキの分際でそんな術まで使うだと!?」


 黒武者くろむしゃ──そう名付けたあれは、戦国の鎧をモチーフに精神力を用いて作り出した、攻防を兼ね備える俺の分身だ。

 いつでもよう、スタンバイさせておいて正解だった。


「弱い者を人質に取って優位に立とうとする、その手のやり方はすでに見切ってるんだよ。これまた雑魚がやる、典型だからな」


「お、おのれぇ」


「身のほど知らずは、お前のほうだったようだな」


「グギギギ、おのれ、おのれーっ!」

 生首の目やドクロの眼窩がんかが赤く光る。

 怒りをあらわに、悪霊が猛然と突進してくる。


「それが1番の雑魚ムーブだ」


 俺は黒武者を自分の前面に出し、下っ腹に気合を入れる。

「はああっ!」


 闘争本能に従い、己の攻撃性を解き放つ。

 それを精神力に換え、その力のすべてを、黒武者の両の拳へと込めて、

「食らえーっ!」

 拳が視界を埋め尽くすほどの高速連打を放つ。


「グゲェーッ!」

 突進の勢いを逆手に、カウンター気味に迎撃が決まると、そこからありったけの攻撃を浴びせかける。


「うおおおおおーっ!」

 たぎる力をぶつける一気呵成いっきかせいの攻めが、悪霊のいくつもある顔面を徹底的に叩き潰していく。


「グギャギャギャギャギャギャーッ!」


「うおおおっ! おりゃーっ!!」

「ヒッ、グワッギャー!」

 渾身のストレートに、原型をとどめないほど無様ぶざまに潰れた悪霊が吹き飛んだ。


「グギギィ、な、なんだこの術の力は!? オレのいた国でも、こ、これほどの力は持ったやつは」


「俺の術の前には、相手も、洋の東西も関係ない。たとえ零落れいらくした神であろうと、悪しきモノには等しく滅びを与える、それだけだ」

 役目を終えた黒武者が俺の中に入り込むように、すぅと姿を消した。


 悪霊は実体となる力さえ失い、煙となって宝石に逃げかえっていく。


 追いつめるようにペンダントに歩み寄ると、片足を上げる。

「み、見逃してくれ。もうその娘には手を出さない! いや、こんなことはもう止める、だから、オレが宿る石を踏み潰すのだけは」

「悪いが、悪党の命乞いを聞く耳は、持っていないっ!」

 俺は容赦なく、全力で踏みつけた。


「グギャァァァァー!」

「滅べ、そして2度とこの世に姿を現すなっ!」

 踏みにじると、足の裏がジャリッと音を立てる。

 砕けたペンダントは風化し、霧のように消えた。



「ふう──氷沢さん」

 穏やかな表情に努めてから振り向くと、彼女は両手を後ろについて、ペタンとへたり込んでいた。

 潤んだ大きな目には涙をたたえている。


 いきなりあんなものを見せられたら、誰だってこうなるのは仕方ない。

 しかし、少しばかり驚かせ過ぎたか。


 俺は彼女の前で片膝立ちになると、か弱そうに震える両肩に手を添えた。


「もう大丈夫だよ。奴は退治した。安心していい」

「う、ううう」

 唇を噛んでこらえるようにしながらも、氷沢はぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めた。


 恐怖と安堵が混然こんぜんとなった、多分本人も言い表しがたい感情の中にいるに違いない。


「大丈夫、もう大丈夫だから」

 迷子で不安がる幼児にそうするように、俺は彼女をそっと抱き寄せる。


「もう不幸を起こす元凶はいない。もう何もかも終わったんだ」

 安心させるように、彼女の今までの辛苦を労うように背中を撫でてやる。


「う、うう、ううううぅぅ──」

 そこで込み上げてきたものによって、氷沢の理性が限界を迎えたのだろう。


 彼女の中の何かが決壊し、

「うわあああぁん!」

 せきを切ったように泣きながら、抱き付いてくる。


 心の痛みを、その悲痛な叫びを受け止めるように、強く強く、抱き締めた。

 ああ、助けてあげられて良かった。


 長い悪夢からようやく解放された彼女の泣き声が、しばらく屋上に響いていた。

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