お姉さんが宇宙《そら》から降って来た!

かごのぼっち

プロローグ

 『明日出来る事は今日しない』


 これは僕の座右の銘だ。僕は出来る限り何もしたくない。何もしたくないのだ。


 大事な事だから二回言った。


 毎日をのんべんだらりと過ごす事が、僕の理想の過ごし方だと言える。


 将来は歳上の女性と結婚して、身の回りの事は全部やってもらいたい。そうしてくれたら、僕の全てをその人にあげたって構わない。僕の人生は全てその人のものだ。そう、全てだ!


 どこかにそんな彼女は落ちてはいないだろうか?


 僕はニザヴェリル王国のノア。


 僕は家を継ぐのが嫌で、ニザヴェリル王国から逃げて来た。

 今はミッドガルド帝国の外れにある研究所で、アーティファクトの研究をしている。

 

 今何をしているのかって? そりゃあ休憩だよ。別にサボっているわけじゃない。時には脳を休める事も大事な仕事だからね?


 僕達研究者は新しいアーティファクトの作成を期待されている。つまり、柔軟で自由な発想が必要なのだ。


 その為には気分転換は必要だろう?


 研究所は自然に囲まれた長閑のどかな場所に建てられていて、一歩外に出るとそこは雄大な景色が広がっている。


 高純度の魔鉱石が採れる、天高く聳え立つアスガルドの山。


 鉄の強度を持つ木材が採れる、ヤルンヴィドの鉄の大森林。


 そして澄碧ちょうへきな水を湛えるミズガル湖。


 この環境のおかげで研究所は豊富な資源に恵まれており、何を作るにしても困らないと言うわけだ。


 決して研究所を抜け出して、長閑のどかな環境を散歩してサボっているわけではない。


 何処かに綺麗であねさん女房気質な女性は落ちてないだろうか? 出来れば器量が良くて、包容力のある性格と身体を持ち合わせていると良い。贅沢を言えば、美味しいご飯を作れる様な人ならば文句はないだろう。


 僕はそんな将来の夢を考えながら、道なき道をそぞろ歩き、特に宛もなく湖畔を歩いていた。


 しばらく行くと、小さな石造りの祠が見えて来た。木陰にひっそりと佇む祠は、全体的に苔生こけむしており、よく見なければ気が付かないほどだ。

 

 こんな所に……祠? 女神像が立っている。それこそ豊満でワガママな身体を持て余している。

 こんなお姉さんが理想だろうか? 確かに、何でも叶えてくれそうではある。


 祠は落ち葉や苔で見る影も無い。僕はせめて綺麗にしてあげようと、湖の水を使って祠と女神像を洗い流した。


 研究所の周辺を綺麗にするのも研究員の仕事だからね!


 よく見ると女神様も、心做こころなしか笑っている様に見えなくもない。


 これで今日の仕事は終わった様なものだろう。いい仕事をしたと自分を褒めてやりたいほどだ。


 それにしても、この女神様は何の女神様なんだろう?


 僕は女神像の前で手を合わせて祈った。


「どうか女神様! 器量が良くて、包容力のある心と身体を持ち合わせていて、料理が上手いお姉さんを僕にください!!」


 うん、一瞬女神様が微笑んでくれたような気がした。これは期待して良いってことかな? ふふふ、そう言うことにしておこう。


 それにしても、ここは良いな。静かで人も来ないし、仕事の事を考えずに済む。


 アスガルドの山から吹き下ろす少し冷たい風が、高く生い茂る木々の梢を揺らし、そこから差し込む陽の光が、時折目に飛び込んできて悪戯いたずらをする。

 草花は僕の身体を優しく受け止めて、湖に流れ込む小川のせせらぎが、さらさらと耳に心地よい。


 さあ、僕の休憩を邪魔するものは何処にも居ない。ここで思い存分に寝れると言うものだ!


 僕は野辺に横になって頭の下に腕を回して目を閉じた。


─ィィィィイイイイッズゴッゴゴゴゴゴ………


「─って、おい!? 寝かせてくれよう!?」


 まあ、女神像に言ったところで仕方ないか……女神像の祠の後ろで黒い煙が上がっている?


 女神像が逆光で影になるくらいに、森が轟々と燃えている。


 まあ、僕には関係ないよね。


 そう僕は思い、目を瞑る。


─バチバチッ…バチバチバチバチッバキッ!!


 生木が燃えて爆ぜる爆ぜる、そして折れる!


「もう! うるさくて眠れないよう!?」


─ドサ……


「え? なに、ヒト?」


 それはすすで真っ黒になった人の様な出で立ちで、ヨロヨロと僕の前まで来て倒れてしまった。す、スプリガン(醜悪なズングリムックリの妖精)か何かか!?


 ブスブスと身体の表面が燻っていて、黒い煙に包まれてまだ赤く焼けている。


 一瞬わけが分からず時間が停まってしまった!! とにかく助けなきゃ!!


 僕より二周りは大きいその人に、湖の水を自分の服を袋状にして運んではかけてを繰り返す。


 何往復しただろうか? その人の身体からかけた水が蒸発して、白い煙が立ち昇る。


 僕はびちゃびちゃになったその人を見て、火が完全に消えたのを確認すると、恐る恐るその人の顔を覗き見た。


 んんん?


 黒くすすで汚れたガラス状のモノで顔が覆われているが、その中に人の顔が……女性……?? ズングリムックリとした体付きから厳ついオッサンをイメージをしていたので、意外過ぎてビックリだ!


 物凄く苦しそうだ!!


 どうにかして、この硬くて分厚い服を脱がしてやりたいが、脱がし方が全然解らない! 頭部のガラスも割るわけにもいかず、取り外そうにも継ぎ目が綺麗すぎて外せない!


 どんな技術だよ!?


 う〜ん……せめてこのガラスだけでもと試みてはいるが……如何せんどうにもお手上げだ。


 ん?


 よく見ると首元にスイッチの様なモノがある。僕は迷わずソレを押した!


─プシュウウウウウウウウッッ……


 大量の気体が漏れて頭部のガラスが開いて、服の継ぎ目にツマミの様なモノがあるのが判った。 僕はそのツマミを少しずつ動かして、何とかその大き過ぎる服を脱がす事に成功したのだ。


 ……。


 その黒い呪縛から開放されたのは……


 女神様だった!

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