第110話 ここで動くことができなければ死んでもいい



 馬車から降りると平民たちの活気で溢れていた。


 しかし、その平民たちの声に傾けてみると、どうやら今問題を起こしている者の事を嫌っているような話し声がちらほらと聞こえて来る。


 その平民たちが話している内容を要約すると、どうやら今問題を起こしている者は『問題が起きた時の用心棒をしている俺たちに場所代を払え』と頼んでもいないのにある日突然勝手に周辺を見回りし始めたかと思うと場所代を要求するようになったようである。


 衛兵はどうしているのかと思ったのだが、衛兵からしてみれば袖の下で懐は潤うし、仕事も減るしで一石二鳥である為誰も彼らを罰しようとする者は現れず、ここの領主へその旨を報告などしていない事は、領主が動いていない事からもまるわかりで、仕事が無くなり懐が温かくなった衛兵たちは本来の仕事や義務を果たさずに昼間っから酒を飲んでいるようである。


 そのような平民たちの不満があちこちから私の耳に入って来る。


 これは、カイザル様にこの状況を伝えるべきであろうか? それとも私みたいなものが口を挟むべき問題ではないのか、それか私が駄目ならばお父様を通してこの状況について伝えるべきか、などと考えていると揉め事を起こしている張本人である男性が平民の女性を殴りつけるではないか。


 流石にこれ以上は見ていられない。


 とは頭では思っても、いざ動こうとするも恐怖で身体が動いてくれない。


 誰か、誰か彼女をあの男性から救い出してっ! と願う事しか出来ない自分が嫌になる。


 そうこうしているうちにヒートアップし始め、最終的に彼女の父親を見せしめで殺すと言い始めるではないか。


 流石にこれはやりすぎだと思うものの、やはり私の身体は動いてくれず、喉は張り付き声も出せない。


 ただただ、恐怖で身体が言う事を聞かずに見ている事しかできない自分に腹が立ち、悔しさで涙を流す事しかできない。


 それがまた悔しいし、腹が立つ。


 結局私はあの頃から何も変わっていないではないか。


 あれほど以前の自分から変わりたいと思っていたのだが、結局思っていただけであり、行動に移さなければ何も変わっていないのと同じである。


 そんなのは嫌だ。


 もうあんな惨めな思いをするのだけは嫌だし、ここで動けなければ私はきっと私自身を一生許すことなど出来ないだろう。


「オリヴィア、なんだか危なくなってきたから馬車の中に戻ろうか?」

「……嫌です、お父様……っ」

「オリヴィア……気持ちは分かるが今は自分の命が最優先だ……あっ、こらっ! オリヴィアッ!! 戻って来なさいっ!!」


 ここで動くことができなければ死んでもいい。

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