第41話

 学業と部活に打ち込んでいたら時間は溶けるように過ぎ去っていき、気がつけば美月の考案した計画の実行当日となっていた。


 ここ数日、彼女は何やら画策している様子だったけれど、具体的に何をしているのかは不明。僕も手伝いを申し出たのだが、部活に集中するようにと断られてしまった。

 そのため、何が起きるのか分からぬまま本日を迎えている……大変胃に悪い。


 逆に知っているのは、計画は部活終了後に決行されるということくらい。場所は視聴覚室をレンタルしており、Dチームメンバー全員を招集予定だ。


 実際、部活後の視聴覚室はジャージ姿の招待客たちで見事に満席となった。

 学内トップ美少女からの直々のお誘いとあって不参加はなし。むしろどんなイベントが開催されるのか、みんな興味津々である――ただ一人、松村くんを除いて。彼だけはなぜか顔が真っ青だ。


 それはさておき、僕と玲音は実施側で参加だ。現在は、三人揃って準備室でスタンバイ中。

 頃合いをみて仕掛け人が準備室から姿をあらわすと、出迎える形となったDチームメンバーから盛大な拍手が送られた。

 こうして、計画は実行フェーズへ突入した。


「皆さん、お忙しい中ご参加いただきありがとうございます」


 美月は笑顔を浮かべつつ講演台に立つと、手始めに挨拶を述べる。その様子を、Dチームメンバーも明るい表情で見守っていた。

 室内の空気はとても緩い。まるで文化祭の出し物でも眺めるみたいな気楽さが漂っていた。

 しかし直後、事態は急変する。


「時間もあまりないので、さっそく議題へ移りますね。本日はサッカー部のDチーム内で発生した『イジメ問題』を提起すべく、皆さんにお集まりいただきました」


 ビシリ、と空気に亀裂が走ったような気がした。

 僕は室内前方に控えている。ゆえに、招待客たちが一斉に表情を引きつらせる様子を鮮明に見ることが叶う。自分も似たようなものなのでまったく笑えないが。


 部外からのイジメ問題の提起。

 仮に事実であれば、栄成サッカー部全体を巻き込んだ騒動に発展しかねない。


 日本サッカー界は『ゼロ・トレランス』の姿勢で、暴力、暴言、ハラスメント、差別、などの撲滅に取り組んでいる。要するに、悪事に対しては厳正に対処すると表明しているのだ。また当然ながら、同理念は高校サッカー界にも浸透している。


 したがって、イジメなど発覚した日には『活動停止』などの厳罰も視野に入る。ひいては、部員の将来の進路にすら悪影響を及ぼすこと確実である。


 先日の昼休み時点では、『僕たちの関係を邪推されないよう適切な回答を用意する』と聞いていた。が、事態はいきなり予想外の方向へ急発進。僕の困惑も急加速。


 一方、美月はいつも通りニコニコ顔。凍りつくDチームメンバーと、朗らかな超絶美少女の対比が得も言われぬ不安感を煽る。

 しかも、彼女のターンはまだ続く。


「何を根拠に、とお考えの方もいらっしゃるでしょう。なので、次はイジメの証拠を提出させていただきますね」


 言って、美月はプロジェクターのリモコンを操作する。

 ぱっと、室内の前方のスクリーンに映像が表示される。


 僕も無関係とは思えず、あわてて内容に目を走らせた。ざっと見たところ、十数人ほどの氏名が記載されている――途中まで確認して、はっと気づく。

 これ、僕を囲んでゴン詰めしてくれた白石(鷹昌)くん派閥の名簿だ。


「こちらに記載のある方々は先日、『白石兎和くんを囲んで糾弾する』といった問題を起こしました。事実無根の情報を理由に、私との接触を制限しようとしたそうですね? 本人の意に沿わない行為を強要する。つまり、Dチームメンバーによって『脅迫』が行われたわけです」


 内緒にしていたはずの出来事を、なぜか美月は知っていた。しかもその場に居あわせたメンバーの詳細すらも掴んでいる……え、なにそれこわい。

 玲音に『伝えたのか?』と視線で問えば、即座に首を横に振って否定された。では、いったい誰から聞いたのだろう。


 しかし、今は情報源を探している場合じゃなさそうだ。

 白石くんが、鬼の形相で僕を凝視している。


「ゲロ兎和ァ! テメエ、チクりやがったな……」


「ち、違う! 僕じゃない!」


 僕だって、外部へトラブルが流出した際のデメリットくらい理解している。だから、理不尽にゴン詰めされながらも内々で対処するに留めたのだ。

 なにより美月に関しては余計な迷惑をかけまいと、端から伝えるという選択肢自体を除外していたほどだ。


「兎和くんからは何も聞いていないわ。それ以前の話として、問題視される行動をとった白石くんたちこそ責められるべきではないかしら?」


「……いや、待ってくれ。神園は誤解している。俺たちは、ケンカの仲裁を目的に立ち会っただけなんだ。大勢いたとしても、実際は松村と兎和の二人だけでディスカッションが行われた。だからこの件はイジメに該当しないし、脅迫なんてもっての外だ! むしろイジメはなかったと、ここに記載のあるメンバー全員が証言する!」


 続けて白石くんが「なあ皆、そうだろ?」と同意を求めれば、名簿に記されたメンバーたちは勢いよく首を縦に振って応じた。

 恐らく、打ち合わせ済みの弁解を述べたのだろう。彼らも逃げ道を用意せず無茶をするほど愚かではないはず。加えて、きっとこれまで通用してきたやり方に違いない。


 けれど残念ながら、今回は相手が悪すぎる。

 美月は、僕への疑いを払拭するや論破しにかかった。


「そう思うのならそうなのでしょうね、あなた達の中では――けれど生憎、この件に関わったうえで『イジメに加担している』と感じたメンバーもいるみたいよ? 私がどうしてこの情報を知りえたのか、少し想像してみて」


「はあ!? …………マジかよ」


 美月は笑顔のまま、内部告発者の存在をほのめかす。

 もし僕が被害を訴えた場合、白石くんたちは数の力で事実をねじ曲げ、問題をなかったことにする目論見だったのだろう。だが、内部告発者の登場で文字通り内部から建前は瓦解。


 常識的な思考を持つ第三者であれば、隠匿を図るかもしれない加害者の弁解よりも、勇気ある告発者の証言を重視する。よって、もはや個人の被害妄想で終わる話ではなくなった。


「……神園は、この件をコーチや監督に報告するつもりか? できれば、ここだけの話にしてほしい。ちょっとした行き違いがあっただけなんだよ。頼む、これ以上問題を複雑にしないでくれ」

 

 こうなっては言い逃れも難しく、残る選択肢は『どれだけ傷を浅くできるか』くらいのもの。するとここで重要になってくるのは、どう負けるか。その点、白石くんの判断は迅速かつ的確だ。さすが派閥の長を務めるだけのことはある。


 対する美月は「もちろん報告するわ」と返答して皆をパニックに陥れた――かと思えば「次にまた問題を起こしたらね」と付け加え、今度は聴衆を驚愕の沈黙に包ませる

 他人の反応を手玉に取るのがうますぎる……本当に同い年なのか?


「勘違いしないでほしいのだけれど、私はサッカー部を心から応援する味方よ。だから今後、チーム内でイジメなんて起きないよう注意したいだけ――そもそも今回の問題は、私のミスに端を発するものだと理解しているわ」


 首を傾げる面々をゆっくり見渡してから、美月は改めて口を開く。


「混乱を避けるため、順を追って説明しますね。以前行われた『フィジカル測定』の際に、私はミスを犯しました。具体的には、偶然担当した兎和くんの30メートル走のタイム計測を失敗したの。そのことが後に発覚し、長瀬コーチに相談をした。結果、内密にリトライすることになった」


 では、なぜ内密となったのか。その理由は、一呼吸置いてから明かされる。


「それは単純に、兎和くんの優しさよ。ボランティアとしてお手伝いを申し出ておきながら失態を演じた……そんな私の体裁を、彼は気づかってくれた。それで、皆には内緒で30メートル走の測定をやり直したの」


 美月は続けて、「二人の仲が深まったのもそのとき。お互いサッカー好きで話が合い、色々と教わるようになったの。今ではとてもいいお友達よ」と告白した。

 ここで、話は本題へと回帰する。


「そして白石くんたちは、急に近くなった私と兎和くんの関係を勘違いし、問題行動を起こした――要するに、『ストーカー行為があった』と誤解させる原因を作ったこちらにも若干の責任が存在するということね。色々と心配かけてしまったみたいで、ごめんなさい。なので、私も始めから『ここだけの話』に留めるつもりだったの」 


 ほっと息を吐くDチームメンバー。対象的に、僕は目を丸くして困惑を隠せない。

 これが『情報コントロール』というヤツか……無論、フィジカル測定の件に関する真実はまったく異なる。


 けれど『お互い様』みたいな空気を作り出し、わりと穴の多いカバーストーリーに疑義を挟ませず、こちらにとって都合の悪い事実(フィジカル測定で手抜きした)を有耶無耶の闇へと葬り去った。


 おまけに、『僕たちの関係を邪推されないよう適切な回答を用意する』という本来の目的まで抜かりなく達成されており、皆も納得顔だ。この先、僕への嫉妬も少なくなるに違いない。


 おかげで視聴覚室内は、まるで円満解決を迎えたみたいな明るい雰囲気を取り戻している。

 ところが、やはりただでは終わらない――美月は、トラブルの再発防止に向けてガッツリ釘を刺しておくのだった。


「そうそう、言い忘れていたわ。再び問題行動を確認したら、先ほどの名簿を私のお友だちに配布します。部内でイジメをする悪い人だと、たちまち女子中に知れ渡るでしょうね」


 一転して静まり返った室内に、「ひゅっ」と誰かが息を呑む音が響いた。

 無理もない反応だ……美月の周りには、スクールカースト上位の女子が集まっている。加えて各人が同性に対する強い影響力を持つため、最悪は大半の女子から避けられてしまうかも。


 すなわち、灰色のスクールライフの開幕だ。

 名簿の流出は、女子モテを最優先する多感な男子高校生にとってあまりにクリティカル。

 なにより生徒間で情報共有されるだけなので、大人が関与しづらい絶妙なラインを攻めている。


 恐ろしいことを考えるものだ、と僕は思わず震えた。

 するとそこで、聴衆の中にいたある男子が挙手しつつ口を開く。


「神園、ひとつ質問させてくれ。なぜ当事者以外のメンバーまで招集したんだ? 大事にする気がないのなら、元より関係者だけで話し合うべきだったのでは?」


 発言者は、里中拓海くん。

 美月と同じA組の在籍で、Dチームで存在感を発揮する優等生連合の中心人物だ。ポジションは主にDMF(左)を務め、現在の所属カテゴリはD1。

 里中くんとは試合中に連動する機会が多く、僕は勝手に親近感を抱いている。


「当事者以外の皆さんは、抑止力としての役割を期待してお呼びしました。現在Dチームには大きくわけて三つのグループが存在する、と私は聞いています。そこで関連のないグループには、白石くんたちがこの件を理由に不当な扱いを受けないようチェックしてもらいたいの」


 白石くん派閥を不必要に追い詰めないためのアフターフォローである。もちろん僕にその気はないが、確かにポジション争いなどで悪用される可能性は消しておいた方が無難だろう。

 さらに美月の桜色の唇から、まさかの提案が飛びだす。


「でも、ひとつのグループだけがチェックするのはバランスが悪いわよね。だったら、各グループがチェックし合ってトラブルを予防するのはどう? それなら公平じゃないかしら」


 つまるところ、『三すくみ状態の相互チェックシステム』の導入を要求していた。

 そのうえ彼女は、ダメ押しとばかりにムチとアメを与える。


「あまりサッカー部内でトラブルが頻発すると、私は悲しくなってお友だちに相談しちゃうかもしれないわ。逆に皆が問題を起こさず頑張っていれば、きっとたくさんの女子が試合の応援へ駆けつけるようになると思うの」


 今回は目を瞑るが、内輪揉めばかりだといずれサッカー部自体が敬遠されてしまうぞ――と警告しているのだ。その場合、重要な試合でも女子の応援ゼロ、みたいな事態も発生し得る。

 反対に、きちんとサッカーに集中していれば黄色い声援の増量チャンス到来。しかも美月自ら呼びかけてくれるかもしれない。


 全員にとって絶大なるメリットが提示されてしまった以上、異議を唱える者は存在しなかった。思春期の欲求には逆らえないのである。


「サッカーには競争がつきものよ。でも、正々堂々とサッカーの実力で勝負しましょうね」


 稀代の名軍師たる神園美月の計略が炸裂し、ここに『Dチーム三分の計』が成立したのであった。

 正直なところ、展開に置いていかれ気味である。おかげでこの場がお開きとなるまで、僕の口はぽかんと開きっぱなしだった。

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