第40話
「やっほ、慎」
「やっほ、兎和くん」
昼休みが訪れて少し経つと、彼女たちも揃ってD組へ訪れた――慎と僕。それぞれの名前を呼ぶ相手は、三浦(千紗)さんと美月だった。
とうぜん教室内は一気に騒然とし、本年度二回目のざわめきタイムへ突入。
三浦さんは常連で、いつも通りといってもいい。だが今回は、入学早々に学内トップ美少女の座を獲得した美月を伴って現れたものだから、クラスメイトたちの視線も釘付けである。
というか、二人はいつの間にかすっかり仲良しになったのね……それで、本日はいったいどのようなご要件で?
慎はテキパキと周囲の机を動かし、四人分のスペースを確保する。そして美月は僕の隣に座るなり、桜色の唇を開いた。
「いっしょにランチがしたくてお邪魔したの。別に問題はないでしょう?」
別に問題はない……こともない。前回、屋上ランチしただけで様々な反響があった。今回は三浦さんという緩衝材があるものの、やはり波紋の広がり方は予測不能。
とはいえ個人的には、嫌じゃないどころかちょっと嬉しくも思うワケで。結局、衆目を集めながらお弁当のフタを開けるのだった。
「ところで、兎和くん。小耳に挟んだのだけれど、誰かに告白するらしいわね?」
なぜそれを……と美月に言いかけて、僕は情報漏洩をした人物へ視線を向けた。案の定、正面に座る慎はバツの悪そうな表情を浮かべている。
告白の件を知っているのは二人のみ。犯人が誰かなど悩むまでもない。
「悪い。兎和の奇行を察知したら伝える、って千紗と約束してたんだ」
「それで私が美月ちゃんにメッセ送ったんだよ。早まる前に止められそうで良かったね」
僕が知らぬ間に、慎から三浦さんを経由し、美月へと情報が流れるホットラインが構築されていたようだ。あと奇行ってなんだ。
「それで、兎和くん。告白する相手はもうお決まりですか?」
箸を使って綺麗にお弁当を食べすすめる美月に、とても冷淡な声音で問いかけられる。同時に思い至る……あれ、また僕なにかやっちゃいました?
「そもそも好きな人いるの?」
「え、多分いないけど……」
「じゃあ好きでもない女子に告白するつもり?」
「あ、うん……まあ、そんな感じ……」
美月の質問に答えた報酬は、背筋が凍りつくような極寒の視線でした。なにこれ……ゾクゾクして癖になりそう。
おそらく開いちゃダメな扉を半開放で放置しつつ、僕はあわてて弁明に努める。
「こっちも絶対に告白したいわけじゃないんだ。でも、それしか『予想外アピール』に該当する手法を思いつかなくて……」
「予想外アピール?」
僕は言葉に詰まりながらも懸命に説明した。
予想外のアピールで異性の関心を引き、あわよくば恋愛感情に発展させたい。その結果、望む青春を迎えられるかもしれないと。
「ああ、わかったわ。兎和くんが言いたいのって、『認知的不協和』のことね」
それそれ、と僕は縦に首をブンブン振る。
なんだ、美月もティーンズファッション誌の読者だったのか。しかも紙媒体派確定。しかしこうなってくると、『近頃のティーンズファッション誌は心理学の書籍と同レベルの教養本』という説がますます濃厚となってくる。なにせ彼女が読むほどだ。
ファッションだけでなく恋愛の駆け引きまで指南してくれるなんて、まさに現代の青春攻略マニュアルと表現しても大袈裟じゃない。
「なんとなく事情は掴めてきたけれど、とにかく兎和くん。いい? 好きでもないのに告白するなんて人道から外れる行為よ。絶対にやめなさい」
「あ、はい……いや、僕も半分冗談だったというか……」
「半分本気なだけでもたちが悪いわ。マネージャーである私の目が黒いうちは絶対に許さないからね」
「美月の目は綺麗な青だけど……」
「小学生みたいな揚げ足をとるのもやめなさい。それより兎和くん、告白するのなら須藤くんたちが先でしょ?」
言われて、正面へ視線を向ける。慎と三浦さんは、僕が大目玉を食らう様子をゲラゲラ笑って眺めていた。
確かにこのカップルのことは好きだけれど恋愛感情はないぞ、と再び美月へ顔を向ける。すると彼女は、発言の意図を説明してくれた。
「二人には、私たちの関係について正しく告白しておいた方がいいと思うの。今後、迷惑をかけることも考えられるわけだし」
両者の関係を端的に表せば、マネジメント契約を結んだ間柄だ。
マネージャーたる美月の課すトラウマ克服トレーニングに取り組むと、クライアントの僕は報酬として青春イベントをプランニングしてもらえる。
とりたてて隠すような結びつきではないが、非常にデリケートな心の傷を核とするため秘匿傾向にあった。なにより『フィジカル測定で手抜きした』という事実は問題視されかねない。
しかし美月は、仲間には打ち明ける段階へきていると判断した。自分の話題になりやすい性質を懸念しているようだ。協力を仰ぐべき、とも付け加えられた。
ちなみに、昨日のカラオケ会の最中にもマイクを握ったバスケ部男子から問いただされていた。その際は、「私もサッカーが大好きで、兎和くんに色々と教わっているの」と美月が答えてやり過ごしている。
いずれにせよ、僕としても異存なし。もとより同様の考えは持っていたのだし。むしろ万全を期すため、ここにもう一人加えたいくらいだ。
そんなわけで、四人ともお弁当を食べ終わった段階で追加メンバーをお呼びした。
「なにかと思えば、神園までいるとは。なかなか興味深いメンツが揃っているじゃないか」
お隣のC組からやってきたのは、南米ハーフイケメンこと山田ペドロ玲音。仲間となれば、同じサッカー部の彼を抜きには語れない。
こうして五人で顔を突き合わせ、きちんとした事情説明が行われた。もちろん教室内の野次馬たちに聞かれないよう声のトーンは控えめだ。
会話は美月が主導してくれたので、僕の役割は時おり補足するだけ。おかげで内容は正確に伝わった。
「なるほど、実堂戦でみせたスーパープレーにはそんな秘密が隠されていたのか……この話は、身内だけに留めておくべきだな。シロタカや他の連中には聞かせない方がいい」
僕の抱えるトラウマに端を発するマネジメント契約、それから今に至るまでの経緯を告白した。すると玲音は腕組みしつつ、白石(鷹昌)くん派閥への警戒感をにじませる。
理由を聞けば、サッカー部内のポジション争いに利用される可能性が高いという。
「今年の1年は対立構造が目立つ。シロタカ派閥、兎和同盟、優等生連合、と早くも三つのグループが形成されている。おまけに、セレクション組へ向けたやっかみまで見受けられる」
栄成サッカー部のDチームは現在、乱世の真っ只中であった。しかも各派閥内でも、セレクション組と一般組の間に軋轢が生じているのだとか。
特に驚いたのは、僕が陰キャ同盟の中心人物へ祭り上げられていたこと……他派閥のリーダーと比較してクソ雑魚すぎるだろ。
それはそうと、現状は弱みを晒せば漬け込まれる可能性が非常に高く、あえて秘密を開示するメリットは見いだせなかった。
「私も山田くんに同意するわ。でもこの際だから、サッカー部の同級生に対しては回答を用意するつもりよ。あれこれ邪推されるのも面倒だし。もちろんリスクを考慮して、伝える情報をコントロールするから安心してちょうだい」
美月曰く、現状においてはサッカー部の1年生がもっとも過剰反応を起こしやすいそうだ。よって余計なことを仕出かさないよう早めに掣肘する必要がある、とのこと。
彼女の危惧は実に正しい。内緒にしているが、僕はすでに白石くん派閥のメンバーに囲まれてゴン詰めされた経験がある。いつ思い返してもゲロ吐きそうになる。
ともあれ、この先もトラウマ克服トレーニングをつつがなく継続するために、周囲が納得できるような答えを示していったん沈静化を図りたいらしい。
さらにその後、サッカー部メンバーから『コントロールした情報』が学内に流出するところまで想定しているみたい。
「サッカー部メンバーへの対応は私に任せて。少し準備が必要だから、計画の実行は3日後を予定しているわ。それとは別に、今後は皆さんにも何かあれば協力を依頼したいの。お願いできないかな?」
「全然オーケー。兎和の問題でもあるんだし、喜んで協力するぜ」
「うんうん。美月ちゃんの頼みならいくらでも聞いちゃうよ」
「ふ、俺も相棒のためにひと肌脱ぐのはやぶさかではない。兎和よ、ともに栄成サッカー部をさらなる高みへ導こう」
慎、三浦さん、玲音、と三人が順に美月の要請に応じる。
心強い味方の誕生に僕は胸がいっぱいだ……同時に、3日後に予定されている『計画』とやらの中身へ対する不安が募る。
僕は知っている。神園美月はただの超絶美少女などじゃなく、優れた実行力や達成力に加え、様々な能力を高レベルで兼ね備えた傑物であることを。
間違いなく荒れる……小さくない嵐がDチームに直撃する。果たして、どれだけの者が平静でいられるのだろう。自分は傘の下にいるとはいえ、どんな被害がもたらされるのかすでにハラハラである。
それから程なく。
チャイムが鳴り、充実の昼休みは過ぎていく。
そして投げられた賽の出目は確定し、動かぬモノとなるのだった。
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