第38話

 夕暮れに染まる駅前広場には、慎とその恋人である三浦さんのカップルがすでに待機していた。二人の私服姿を見るのは初めてだったので、とても新鮮に感じられる。

 思わず僕の頬は緩み、合流する足も自然と早くなった。


「よっすー、慎!」


「お、来たなサッカー部1年のエース!」


「うは!? まさかそれ僕のこと?」


 出会い頭に慎からまったく似合わない異名で呼ばれ、僕は盛大にふきだす。

 栄成サッカー部で同学年のエースといえば、僕じゃない方の白石くんというのが定説だ。チームメンバーのパワーバランス的にも、彼を差し置いて『10番』を狙うなど恐れ知らずにも程がある。


「当然だろ! 俺は、昨日の試合に感動したんだぜ。確かにシロタカのプレーも上手かったけど、兎和のスーパープレーには到底及ばねえよ」


 わはは、と笑う慎に肩を組まれる。以前白石くんにやられたときはゲロ吐く寸前だったけれど(一口漏れた)、今回は全然嫌じゃない。むしろこっちも楽しくなってきて、「やめろよ~」なんて軽く抵抗してじゃれる。


「やっほ、兎和くん。私も感動したよー! 女バスの友だちも昨日のプレーを見て、カッコいいってベタ褒めだったぞ!」


「やっほ、三浦さん。それで今の話だけど……少しばかり詳しく聞かせてもらえるかな?」


 三浦さんの口からとても聞き逃がせない発言が飛び出してきて、僕はピタッとじゃれ合いをやめた。続けてキリッと表情を引き締め、話の先を求める。


「一緒に試合を観戦した私の友だちが、兎和くんのプレーにすっごく感動したんだって。しかも超カッコよく見えたみたいでさ、今日会えるのを楽しみにしてるんだよね」


 ま、マジカヨ……十数年にも渡る僕のサッカー人生において、そんな夢みたいな報告をもらったのは初めてだ。しかもそのバスケットボール部に所属する女子は、この後のカラオケ会にも参加予定だという。


 するとなんですか? カップル成立にも期待していいってことですか? 

 合コンだなんだと騒いでいたが、どうやらお見合いに臨むつもりの心構えが必要なようだ。


「慎、僕の髪型どう? キマってる?」


「ん? そう言えば、すごくオシャレな感じになってるな。いいじゃん、似合ってるぞ」


 ヘアサロンに行っておいて良かった、と心底思う。まさか突発的にお見合いが発生するなんて、美月のプランニングが神懸かりすぎている。

 状況的に、もう流れは完全に僕のものだ……ならば乗るしかない、このビッグウェーブに!


「お待たせー。ちょっと遅れた?」


「おっす、時間ピッタリじゃね」


 僕がそわそわしていると、次第に人が集まり始めた。もちろん皆カラオケ会の参加者で、最終的には十数人ほどの集団となる。内訳は男女半々くらいで、ともにほぼ栄成バスケ部の1年生メンバーだ。


 ちなみに、三浦さんは帰宅部である。ただ恋人である慎の繋がりで、バスケ部の面々と仲良しなのだ。

 というか、事前に聞いていた人数よりも多いな。


「サッカー部の試合を観たときのメンツとプラスアルファだな。俺が『兎和とカラオケ行く』ってうっかり口を滑らせたら、みんなが『自分も連れていけ』とか言ってうるさくてさ。断りきれんかった、すまん!」


「あ、そうなんだ。むしろ大勢の方が盛り上がるだろうから、ぜんぜんオーケーです」


 慎の補足説明に対して、僕はサムズアップで応える。

 予定外の大人数だが、以前に学校で顔をあわせたことのあるメンツが主なので、若干人見知りするものの別に嫌ではない。

 

 加えて、気の良い面々だと知っていたのも大きい。彼らは、僕を『じゃない方の白石くん』とは呼ばない数少ない同級生なのだ。


 実際、予約したカラオケ店へ向かう途中に色々と話しかけてくれたので、早くも少し打ち解けられた。

 そんな中、僕の意識の大半は隣を歩く女子へと注がれていた。


「昨日は感動して、鳥肌が止まらなかったよ。兎和くんのドリブル、本当にすごかったなぁ」


 僕を褒めちぎってくれるのは、加賀志穂(かが・しほ)さん。

 彼女はショートカットがよく似合うスポーツ女子だ。しっかり体を鍛えているようですっと姿勢がよく、見る者に力強い印象を与える。


 話をするかぎり性格も朗らかで、とても爽やかな笑顔を向けてくれた。周囲を明るく照らすような雰囲気が特に好ましい。


 そしてもっとも重要なのは、加賀さんが僕に好感を抱いている点

 先ほど三浦さんの会話に登場した『女子バスの友だち』とは、何を隠そう彼女のことなのだ。率直な感想として、お見合い相手としては悪くない……どころか、非の打ち所がない。

 

 ゴールデンウィークに遊んだ女子とは、夏に向けてカップル成立する確率が高い――かつて授かった妹の教えを思いだす。絶対にカラオケを盛り上げて、恋の季節へのスタートダッシュを華麗にキメてやる。


 僕が全裸すら厭わぬ覚悟を固めていると、目指していたカラオケ店へ到着する。

 それから予約していた大部屋に入室したのだが、幸先よく加賀さん正面の席をゲットできた。今日の僕は最高潮に絶好調だ!

 こうして、宴が始まる。


「明日から普通に学校だけど、俺たちのゴールデンウィークはこれからだ! いくぞお前ら、カンパーイ!」


 バスケ部の1年生メンバーで盛り上げ役を務める中川くんが音頭をとり、僕たちは皆でグラスを掲げた。中身はもちろんノンアルコールのドリンク。


 パーティーコースでのご利用なので、唐揚げやフライドポテト、枝豆、オニオンリングなどのフードメニューが続々と運ばれてくる。また『最低でも各自一曲は歌う』というルールが持ち上がったので、それぞれ順番で曲を予約する展開となった。


 室内は自然と選曲タイムへ突入。僕は雑談をするには好機とみるや、正面に座る加賀さんへ声をかけた。ビックウェーブに乗ると決めたからには、積極的な攻めに出る。

 

「あ、あの……加賀さんはどんな曲を歌うの?」



「そうだなぁ……基本Jポップだけど、私は無難にリモコン端末のランキングから決めるタイプかな」


「あ、わかる。僕も履歴から選んだりが多いかも」


 僕が賛同すれば、加賀さんも「カラオケあるあるだね」と笑って返してくれた。

 さらに話が弾み、彼女がサッカーに詳しいことがわかる。弟がサッカー少年で試合の応援に行く機会も多く、家では一緒にJリーグをテレビで観戦している、と教えてくれた。


「でも、兎和くんのドリブルには本当に感動したよ。リアルであんなスーパープレーを見られるなんて思わなかった。そうだ、よかったらまた試合の応援に行ってもいい?」


「も、もちろん! こっちからお願いしたいくらいだよ!」


 僕は現在、めちゃくちゃ青春している……これこそ僕の求めるアオハルエクスペリエンス。

 加賀さんとの会話はびっくりするほどスムーズで、このままLIMEのIDくらいは交換できてしまいそうな勢いだ。

 ところが、モニター前のステージエリアでマイクを握る三浦さんに水を差されてしまった。


「イエーイ、みんな聞いて! たった今、スペシャルゲストが到着したと連絡がありました! 大きな拍手でお出迎えだー!」


 言って、ルームの扉を開く三浦さん。

 次の瞬間、まさかの人物が姿を現して僕はあっけにとられる。対象的に、他のメンバーは拍手喝采で大歓迎。とりわけ男性陣のはしゃぎっぷりがすごい。


「皆さん、こんばんは。突然お邪魔してしまってごめんなさい」


 スペシャルゲストが桜色の唇を開くと、聞き覚えのある凛とした声が響く。ペコリとお辞儀をすれば、あわせて濡羽色の長い髪がさらりと音を立てた。

 続いてニコリと微笑めば、黄金比を思わせる整った容貌が一層魅力的に映る。とりわけ青い輝きを湛える瞳が印象的だ。 


 ここまで来れば、もはや言うまでもない。だが、あえて言おう――スペシャルゲストとは誰あろう、神園美月だった。


「な、なんでここに……?」


「驚いた? 実は昨日、三浦さんとお話する機会があってお呼ばれしていたの」


 流れるように僕の横へ腰をおろし、茶目っ気たっぷりに笑う美月。

 他の男子メンバーから中央の席を勧められていたのだから、わざわざ端っこに座らなくても……とは思うけれど、無理なく声が届く距離なのは好都合。すかさずサプライズに対して控えめなトーンで物申す。


「参加するなら、先に教えてくれればいいのに」


「ちゃんと伝えたわよ? また後でね、って」


 あれは『また後で連絡する』みたいなニュアンスじゃなかったのかよ。ツッコんで聞けば、時間差で登場したのも僕を驚かせるための作戦だったと白状する。もちろん三浦さんは協力者だ。


 ニコニコと楽しそうな様子の美月を見るに、どうやら人を驚かせるのが好きな性格らしい。

 まんまと一杯食わされた……が、それはそれ。今は集中すべきことが他にある。僕は意識を切り替えて、正面へ目を向けた。


「あの映画が感動するんだって。マジでオススメ」


「そうなんだ。じゃあ、私もこんど見てみようかなぁ」


 再び声をかけようとした加賀さんは、隣を陣取る中川くんと何やら談笑していた。普段なら尻込みする状況だが、今日の僕は一味違う。会話にクチバシを挟むべく、前のめりになる。

 けれど残念無念、そこで一曲目のイントロが鳴り響く。タイミングを完全に逸し、伸ばしかけた右手を膝の上に戻す……後ほど改めてトライしよう。


「兎和くんは何か食べた?」


「いや、食べてない。どれも体が受け付けなさそうで……」


「そうね、テーブルの上のお皿だとサラダくらいかしら。確かメニューにおうどんがあったはずだから、あとで頼みましょうか」


 皆がバスケ部男子の熱唱に合わせ手拍子を送る中、美月がサラダを小皿に取り分けてくれる。なんだか今日はお世話になりっぱなしだ。


 するとお次は、いたずらっぽい笑顔を浮かべた三浦さんが席を移動してきて、美月を挟むようにして座った。二人はデュエットする予定らしく、一緒に曲をセレクトしている。


 いつの間に仲良くなったのか……と僕が首を傾げていたら、同じように慎が隣へ移動してきて自然とバカ話が始まる。加賀さんへの関心は依然失われていないものの、とりあえず今を楽しむ。

 

 以降はフリーダム。歌で盛り上がりつつ、近くに座るメンバーと雑談に興じる。

 男性陣による美月へのアピールは、横にいる三浦さんがすべてシャットアウトしていた。そして彼女たち二人がマイクを握ってステージエリアに立つと、この日一番の歓声が沸きおこる。


 スピーカーから流れるイントロは、人気音楽ユニットのヒット曲。

 果たして美月の歌声やいかに、と評論家を気取ろうとした僕は直後に目ん玉をひん剥く。


 くっそうめえ……採点していたら100点を取れそうなレベルだ。いくらボイトレ経験者とはいえ、尋常ではない歌唱力。なにより生来の声質がズバ抜けて素晴らしい。


 さらに交代で歌う三浦さんまで上手なものだから、ルーム内のテンションは青天井で跳ね上がった。

 間奏へ突入したタイミングで僕も思わず立ち上がり、上半身裸になって「うおぉぉおおお!」と叫びながら脱いだトップスを振り回す。


「兎和くん、女子の前ではきちんと服を着ていなさい」


「あ、はい」


 美月にマイクを通して注意され、僕はスンとなって服を着た。

 ともあれ、カラオケは大盛りあがりで進行する。おかげで僕も熱唱したい気分になってきた。遅ればせながらリモコン端末に手を伸ばし、この日のために覚えてきた鉄板曲を予約する……次いで、お隣のスペシャルゲストへツッコミを入れた。


「いや、何してんの……?」


「さっき割れた腹筋が見えたから、ちょっと触れてみたくなったの」


 美月は歌い終わって席に戻るなり、僕の腹筋を熱心に手で押し始めた。『ちょっと』どころではなく、グイグイである。

 おまけに彼女の奇行はそれだけに留まらず、しばらくすると今度は太ももをグニグニしだす。


「わあ、すごい筋肉質。このお肉が爆発的なアジリティの源なのね」


「ちょっ、やめて……」


 これからのトラウマ克服トレーニングの参考に、と食い下がる美月の手をどうにか太ももから遠ざける。


 本当に勘弁して欲しい……今日長い時間を一緒にすごしたことが影響しているのか、笑顔の美月を見ると体の奥底で『未知のエネルギー』が渦巻くのだ。他の人では決して味わえない謎めいた情動である。

 そのうえ過度なボディタッチを受けると、なぜか頭の中までもが沸騰しそうになる。


「おい兎和、次はお前の曲だぞ! 一発かましたれ!」


「あ、りょーかい! 任せとけ!」


 慎の催促に乗じ、これ幸いとばかりに僕はマイクを握りしめてステージへ立つ。

 ひとつ深呼吸をする。自分の抱く未知のエネルギーについて思考を深めるも、やはり正体は判然としない。

 けれど、それに振り回されることを恐ろしく感じている。一度踏み込んでしまえばもう後戻りできないぞ、と理性が制止を求めていた。


 だから今は、少しでも発散して誤魔化すために。

 スピーカーから響く、ハートを揺さぶるギターリフが特徴的なイントロに乗せて、僕は曲冒頭のセリフパートを高らかにシャウトしてみせる。


「ヘイヘイヘーイ、行くぜッ――世界じゃそれを恋と呼ぶんだぜえぇええええ!」




第一章:ファーストレグ 完 

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