第30話

 高校へ進学後、はじめて臨む公式戦の開催当日がついにやってきた。

 これほど絶望的な気持ちで迎える朝はちょっと記憶にない。一夜明けた今も、蓄積したストレスがまったく抜けていない。心は腐臭を発するヘドロみたいなドロドロの感情に蝕まれたまま。


 うって変わって、外はスカッとした晴天。

 さっとカーテンを開けば、目の覚めるような日差しが室内へ降り注ぐ。


「はあ……いきたくねえ」

 

 陽光のぬくもりを感じながら、思わず愚痴をこぼす。

 もはや白石(鷹昌)くん派閥の面々の顔を見るだけでゲロ吐きそうだ。できるなら、ベッドへ戻ってポンポンペインでスヤァしたい……が、それだけは選ばない。


 もし休めば、きっと僕の豆腐メンタルは完全に砕けて、サッカーを通り越して人生すらも諦めかねない。なにより今は、家族以外にも心配をしてくれている人たちがいる。

 美月と玲音だ。昨晩、色々気づかうようなメッセージをもらっていた。なので、怖かろうがなんだろうが這ってでも部活へいくぞ。


 それに僕だってただのバカじゃない。玲音には相談ずみで、『可能な限り一緒に行動する』と約束してもらっている。加えて、白石(鷹昌)くんに一発かますとかなんとか。あまり迷惑はけたくないので止めたが。


 頭のなかで対策を整理する。

 仲の良い部活メンバーの協力のもと呼び出しの隙を与えず、例え声をかけられても二度とついていかない。何かあればすぐ大人に助けを求める。念の為、妹に防犯ブザーまで借りた。


 備えは万全。ジュニアユース時代には孤独な戦いを強いられたが、高校では頼もしい友ができた。

 ジャージに着替えながら、不意にちょっとした成長を感じる。身支度をととのえて学校へ向かう頃には、いくらか気も楽になっていた。


 ちなみに、本日の試合は栄成高校で開催される。二面のピッチにクラブハウスとも言えるような充実の設備を持つので、ちょこちょこ公式戦の会場として割り振られるのだ。

 その関係でDチームメンバーは午前集合。パイプテントやカラーベンチなどを移動し、ちょっとした設営を行う。


 玄関を出るまでの間、家族にも気づかわれた。僕が部屋にこもり気味だったせいだ。

 ジュニアユース時代にも度々繰り返してきた行動で、昔は色々と聞かれたものだ。しかしある時を境に、あたたかく見守るスタイルへと変更された。


 多分、僕がなにか言ったのが理由だと思うのだが、そのへんのことはよく覚えていない。

 いずれにしても、こちらから助けを求めれば両親は即座に手を伸ばしてくるはずだ。


 そんなこんなで、いつもよりちょっと静かな家族に見送られながら自転車にまたがる。D1唯一のスタメン落ちに、白石くん派閥との関係を思うとやはりぐっと気は重くなるが、どうにか足に力を込めてペダルをぶん回す。


 すっかり見慣れた通学路を走破し、栄成高校の駐輪場へ差し掛かる。そこで、僕は今日はじめての笑みを顔に浮かべた。


「おはよう、玲音! 僕が来るのを待っていてくれたの?」


「おっす、兎和。当然だろ。昨日は先に帰ってスマンかった。まさか『ビビリのシロタカ』が急に馬鹿やらかすなんて考えもしなかったぜ」


 自転車を降り、通用門の前に立っていたジャージ姿の玲音と合流する。待ち合わせの約束まではしていなかったのに、本当にありがたい対応だ。


 最初は彼のコミュ力にあやかるためにその手をとったが、今や邪な思いなんてキレイサッパリ消え去った。なんなら僕の『絶対に恩返しするリスト』にしっかり名前を記載してある。

 それと、あっけらかんと白石くんをビビリ認定するあたり、やっぱり只者じゃない。


 僕と頼りになりすぎる相棒は揃ってリュックを背負いなおし、サッカー部専用のグラウンドへと向かう。ピッチサイドでは、はやくも設営を開始しているコーチや1年生メンバーの姿が散見された。

 先輩方は不在だ。A・Bチームは外で試合、Cチームは夕方以降のトレーニング予定となっている。


 程なくして、部室棟の二階部にあるロッカールームへ到着する。

 同時に、僕は足を止めた。中から響いてくる話し声が、昨日のクソッタレな茶番をフラッシュバックさせたのだ。おまけに、建物自体も禍々しい影をまとっているように見えてきた。


「恐れるな、兎和。シロタカ派閥は多く見積もって15名ほど。だから俺も、同数くらいの別メンバーに声をかけて協力を頼んだ。みんな喜んで応じてくれたぞ。主に航平と竜也によるクソウザイジりの被害者たちだ」


 おもむろに振り返り、心強い言葉をかけてくれる玲音。

 サッカー部といえば陽キャ、みたいなイメージを世間は持つ。だが実際は、僕のような陰キャや優等生など大人しいタイプのメンバーも在籍しており、ここでもスクールカーストに準じた不遇な扱いを受けているのだ。


 ちなみに、先ほど話題にでた人物は白石くん派閥の中心メンバーである。

 チャラい系の馬場航平くん、ヤンチャ系の酒井竜也くん。

 この二名は、よく他人をイジって笑い者にしようとする。グループ外からは嫌われるタイプだな、と思っていたが正解だったらしい。

 

 ふっと思考が明瞭になる。Dチーム総勢約50名の大半が敵に回ったと恐怖していたが、どうやら相手をリスペクトしすぎていたようだ。


 魔王城みたいな迫力を放っていたロッカールームが、途端に本来のプレハブハウスとしての輪郭を取り戻す。

 うん、これなら行ける。玲音にひとつ頷きを返し、後に続いて扉をくぐる。


「失礼シャース」


 お決まりの挨拶を口にしながら入室する。あわせて視線を巡らせると、数人の白石くん派閥のメンバーが確認できた。


 タイミング的には、ちょうどトレーニングウェアに着替え終わったところのようだ。ふいに視線があう。次いで、彼らはこちらへ向かって歩いてくる。

 暴言でも吐かれるのか、と僕は思わず身構えた。


「うっすー」


 誰にでもするような挨拶を口にして、ロッカールームを出ていく白石くん派閥の面々。

 まるで昨日の出来事など忘れてしまったかのような態度……いや、今すれ違った彼らは取り巻きの取り巻きだ。派閥の意向には従えども、自発的に行動する気はないのかも。


 ともあれ僕は大きく息を吐きだし、近くで見守ってくれていた玲音へサムズアップを送った。

 ほっとしながら自分のロッカーを開けて、身支度を整える。すると、味方をしてくれるというメンバーたちがちょこちょこ集まってきて励ましのお言葉をもらう。


 かくて、栄成随一の知将と名高い山田ペドロ玲音を旗頭に『陰キャ同盟』が成立する。陽キャ連中の横暴な振る舞いに耐えかねた僕らは、一致団結してお互いの背中を守り合うと誓ったのだった。


 そしてDチームは、白石くん派閥、陰キャ同盟、優等生連合、と3つの勢力に分かれ混迷を深めていく……そんな勢力間の衝突の歴史はさておき、僕たちはトレーニングウェアに着替えてピッチへ向かった。


「おいおい、今日は陰キャどもがやけに群れてんな。みろよ、鷹昌」


「ほっとけ、竜也。俺たちは永瀬コーチのところに合流するぞ」


 皆でまとまって会場設営を手伝っていると、同じように外へ出てきた白石くんたちと対面を果たす。

 やはり身構える僕だが、なぜか彼らもあまり絡んでこなかったので拍子抜けした。陰キャ扱いは変わらないものの目立った被害ない。集団行動の成果だろうか?


 とにかく、まるで『お前にもう興味はない』と言わんばかりの対応だ……特に白石くんとは、懐かしさすら覚える関係に戻った気がする。美月と屋上ランチをする以前の、僕を一方的に見下してくるあの嫌な感じが復活したのだ。


 なるほど。理由は不明だが、これで『お友達ごっこ』は終了ってワケか。それで今度はいったい何を考えている?

 僕は警戒を強めた。ところが、またも心配は杞憂に過ぎなかった。


 設営が完了したら、スタメンとサブメンバーにユニフォームが配布される。続けて試合前の戦術確認トレーニングなどを行う……その間も、白石くん派閥からは接触すらなかった。

 急転する事態に戸惑いを隠せない。とはいえ、悪くない変化だ。ただ一人、あからさまに敵視してくる松村くんには困ったものだが。


 そのまま表向きは平穏状態を保ち、かなりはやい時間にぬるっと昼休憩へ突入した。僕は玲音たちと一緒に、部室棟の脇にある日陰スポットでお弁当を広げる。


「兎和の背番号は『14』か。お前こそがヨハン・クレイフの系譜を継ぐ者だ」


「あ、それ玲音なら絶対に言うと思った。ていうか、背番号なんて大会や進級でちょこちょこ変わるじゃん。今度はそっちがレジェンドフットボーラーの後継者になっているかもね」


 栄成サッカー部は大所帯ゆえに、公式戦用ユニフォームのレンタル式を採用している。

 高校年代の主要な大会では、選手の背番号は『1~25までの通し番号のみ使用可能』といった規定が存在する。

 そのうえチーム事情にあわせて数字が変わる機会も多く、その度に新調するのはさすがに経済的な負担が大きすぎるのだ。


 そんなわけで、先ほど僕に付与されたのは背番号『14』のユニフォーム。

 隣にいる玲音は『3』で、左SBの選手にピッタリの番号だ。


 ついでに言うと、栄成サッカー部のチームカラーは青と白。ホームが青で、アウェーが白。また上下ともに校章入りで、胸には学校名がローマ字でプリントされている。

 またサイドに入るスリーラインは、サッカー日本代表と同じメーカーの製品であることを示している。


「……お、実堂学園が到着したみたいだな」


 僕がユニフォームに対して思考を巡らせていると、にわかに表(ピッチ方面)が騒がしくなってきた。

 玲音が言うように、本日の対戦チーム御一行が到着したのだろう。対応はベンチ外メンバーに割り振られているので、別段こなすべきタスクは存在しない。


 以降、選手登録された者はフリータイム。お弁当を完食し、それぞれ好きなように過ごす。

 僕の場合は、スマホで音楽を聞きながらちょっと昼寝した。流れる曲は美月セレクトの鉄板カラオケソング。


 再び行動を開始したのは、キックオフまで1時間をきった頃。スタメンとサブメンバーは準備を整えて集合するよう指示がでる。

 僕と玲音は一旦ロッカールームへ引っ込み、荷物を整理してピッチに戻る。

 そして、そこで予期せぬ人物と再会を果たす。

 

「おーい、兎和!」


「……え、慎!?」


 防球ネット沿いに設けられた観戦エリアから、クラスメイトの須藤慎が元気一杯にこちらへ手を振っていた。その傍らには、彼の小柄な恋人である三浦千紗さんの姿も見える。他にも、複数の同級生が一緒だった。


 全員が栄成高校の制服を着用しており、男女混合の仲良しグループといった様子。

 そんな彼らのもとへ、僕は満面の笑みを浮かべつつ犬のようにダッシュで駆け寄った。


「うわぁぁあああ、慎! どうしたの、なんでここにいるの!?」


「よっす兎和、つーか落ち着け。今日はたまたま部活が午前で終わったから応援に来たんだ」


「やっほ、兎和くん! 観戦に来たぞ、頑張れよー!」


「三浦さんもいるし! マジで会えて嬉しい!」


 笑顔の二人を見たら、不意に涙腺が少し緩んだ。サッカーに関係しない繋がりだからか、玲音とはまた違った安心感があるのだ。なにより長らく会っていなかった気がする。

 次いで慎は、連れの面々に親指を向けながら言う。


「こいつらバスケ部の連中な。俺と千紗がサッカー部の試合を観にいくって言ったら、楽しそうだからってついて来た。問題なかったか?」


「うん、皆ありがとう……でも、僕は試合に出られないと思う。せっかく観に来てくれたのにごめん」


「そうなん? まあ、それだったら栄成を応援するからぜんぜん問題ねーよ。気にするなって。チームスポーツじゃあるあるだし」


 明るく会話しながらも、僕の頭の中では『やっぱりスタメンに選ばれたかったなあ』と悔しさが絶えずリフレインしていた。

 じわり、再び心にヘドロのような闇が広がる。だが、次の瞬間にはキレイサッパリ浄化された――神秘的な美しい月のごとし輝きが差し込んできたのである。


「こんにちは、兎和くん。私も観にきちゃった」


 ごく自然に、慎たちのグループが左右に分かれる。その中央を優雅に歩いて現れたのは、制服姿の超絶美少女だった。


 彼女は濡羽色の長い黒髪と宝石みたいな青い瞳を持ち、人並み外れた美貌とスタイルまで兼ね備えている。そして我が校のアイドル様であり、僕の個人マネージャーでもある。


 言うまでもないが、あえて言おう――登場したのは誰あろう、神園美月だった。

 ついでに、なぜか同じ制服に身を包む涼香さんもいる……なんでコスプレ?




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