第20話

 監督室を辞して、部室で着替え、トレーニングをこなしている間も、ずうっとマイナス思考が止まらない。ストレスでゲロ吐きそうだ。

 僕は先を読んで行動するタイプではない。今に精一杯で、常に余裕がないのである。だから、ポジションコンバートに応じた後の展開をまったく予想していなかった。


「兎和、顔が真っ青だぞ。大丈夫か?」


「だ、ダメだけど大丈夫……いや、やっぱ無理かも……」

 

 休憩中などに玲音が心配して声をかけてくれるが、まともに返事すらできない有様。

 本日さっそくSHデビュー……うまくプレーできなくて美月と永瀬コーチに失望されたらどうしよう、チームメイトから怒鳴られたらどうしよう、マジでゲロぶちまけたらどうしよう、といったネガティブな思考が頭の中で無限ループする。


 けれども、いつだって時は無情なり。ナイター照明が灯るとほぼ同タイミングでホイッスルが吹かれ、大トリの紅白戦が開始されようとしていた。


「ピッチサイドにあるマグネットボードを各自確認してくれ。当面はそこに記載された『チームとメンバーを固定』してトレーニングを行う。ポジションも同様。紅白戦に関しては、今日は30分を三本の予定だ」


 わっと競うように作戦ボードのもとへ向かうDチームメンバー。確認を済ませたら、悲喜こもごもの反応を示しつつ三々五々に散らばっていく。

 僕と玲音は先にしっかり水分補給を行い、混雑が解消されたところでゆったり作戦ボードを眺める。

 自分の名前はすぐに見つけられた。チームは『D1』、ポジションは『左SH』だ。

 

 栄成サッカー部は大所帯ゆえに『4チーム編成』である。が、各グループはさらに詳細にチーム分割される。

 特に一年生は人数が多く、合計55名もの部員が所属している。フィールドプレーヤー52人、キーパー3人という内訳だ。

 

 このDチームメンバーを、さらに実力で細分化。それにより各自、サブチームである『D1・D2・D3・D4』へ振り分けられる。


 最上位がD1で、チームの主力でありスタメン候補。次点のD2はサブメンバーだ。どちらも主にセレクション合格者で構成する……というか、セレクション合格者とは元より将来の主力候補なので、わりと納得の顔ぶれである(僕を除く)。


 以下のチームは、入部経由問わず段階的に実力で劣る。定員もD1が『フィールドプレーヤー10名』なのに対し、それぞれ少しずつ多くなっている。

 要するに、D1以外のチームメンバーは、紅白戦などにおいて選手交代がないと全員出場は叶わないのだ。

 主力を中心にゲーム経験を積ませたい、といった思惑を反映したシステムである。


 なにより重要なのは、例年どおりサブチーム制が『本日より正式運用』される点。

 この事実は、チーム内競争の始まりを告げる号砲にも等しい。弱肉強食のサバイバルがついに火蓋を切るのだ。


 今後のトレーニングも主力を中心に展開されることが確定しており、同級生メンバーはまず死に物狂いでD1を目指すことになる。

 つまるところ、僕は幸先よくDチームのスタメンに選抜されたわけだ。そのうえ永瀬コーチの期待の大きさがよく表れた采配である……ハッキリ言って荷が重すぎる。


 トラウマを抱えたまま、オフェンスでも注目度の高いサイドアタッカーを務める。これほどあからさまな失敗フラグもそうそうない。


「なあ、兎和。ポジションが左SHになっているが、これはコーチの間違いか?」


「い……いいや、間違いじゃない。ポジションコンバートを提案されて、今日からトライすることになった」


 作戦ボードから離れるや、玲音が困惑気味にたずねてくる。

 この南米ハーフイケメンも同じD1所属。細かい事情こそ明かせないが、これから共にプレーする機会が多くなりそうなので「マジでよろしく頼む」と誠意を込めて伝えておく。


「そうだったのか。だが、同じ左サイドとは好都合。俺たちのコンビネーションを見せつけてやろう。気合い入れてこうぜ、相棒」


「お、おう……」


 返事にあわせてグータッチを交わす。

 僕たちは同じ左サイドを担当し、縦関係を構築する。攻守両面にわたってお互い連携必須で、玲音の言うとおり相棒と表現しても大げさではない。


 仲のいいメンバーが後ろに控えているのは、わずかな救いだ。仮に他メンバーが左SBだったらと想像するだけでゾッとする。


 ストレス過多で若干の胃痛を覚えつつも、マネージャーさん方からビブスを受とって試合の準備を整える。すると白石(鷹昌)くんの口から「集合」の合図が発せられたので、Dチームの指揮官である永瀬コーチを中心に円陣を組み、訓示に耳をかたむける。


「全員集まったな。まずは紅白戦で意識すべきポイントを確認する。いつも指摘しているが、オフェンスはオフザボールの動きが重要だからな。ボールホルダーに対して斜めに立ち、パスコースを増やすよう徹底すること。縦・縦になると相手のプレスにハマるぞ。ディフェンスはゾーンだから、きちんとスペースを把握して埋めるように。マークを受け渡す際は味方への声掛けを怠るなよ」


 他にも、ハイプレス(サイド誘導型)のかけ方とシステム変更、トランジション(攻守の切り替え)に対する意識向上、デュエル(ボールの奪い合い)の重要性、等について言及があった。問題があればプレー中にガンガン指摘されるので、各自が適宜改善しなくてはならない。


 最後に試合の組み合わせと戦術の再確認を行う。

 第一試合、D1対D3。

 第二試合、D2対D4。

 第三試合、勝利チーム同士の対決。

 フォーメーションは『4-2-3-1』で、ゾーンディフェンスを採用。


「じゃあ、そろそろ始めよう。勝敗は大事だが、あくまでトレーニングの一環なので熱くなりすぎるなよ。ガッツリ削ったりもナシだ。怪我だけはしないように、全員が集中してプレーすること。さあ、頑張って行こう!」


『――ヨシ行こうッ!!』


 永瀬コーチの訓示のシメに合わせ、栄成サッカー部お決まりの掛け声をDチーム全体で唱和する。

 バラバラと円陣がほどかれ、第一試合に出場するメンバーはそれぞれスタートポジションへ向かう。他はピッチサイドで観戦の構えだ。


 僕も同様に足を進めようとした。けれど「おい兎和」と背後から声をかけられ、その場で動きを止める。

 振り返ってみれば、もう一人の白石くんが近づいてくるところだった。


「なんでお前が左SHなんだ? クソ足遅えのにやれんのかよ……まあいい。お互いベストを尽くして試合に勝とうぜ」


「あ、うん……よろしく」


 敵意を隠しきていない彼もやはり同じチーム。伊達に期待の新人とか呼ばれていない。

 ポジションはOMF(オフェンシブミッドフィルダー)。背番号『10番(エース)』の選手が主にプレーするポジションで、攻撃の組み立て役を担う。一般的には『トップ下』、もしくは『司令塔』と呼ばれる。


 栄成サッカー部は伝統的に『4-2-3-1』のフォーメーションを採用している。無論、本日は全チームが同じ布陣を敷く。まもなく開幕する公式リーグに向けて、ベース戦術へのさらなる習熟と連携強化を企図している。


 そして、僕と彼はともに前線の『3』ラインを形成し、左サイドと中央で横並びのポジションをとる。


 当然ながら、二人の白石くんがプレー中に連動する機会も多くなるわけで……間違いなく僕はヘマを連発して、怒鳴られまくるハメになる。

 ちくしょう、今からハラハラが止まらない。もはや胃がひっくり返りそうだ。




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