第16話

「昼休みが終わってしまうから、また今度にしてほしいのだけれど」


「大丈夫だって。ちょっとアドバイスしたいだけだから」


 行く手を阻んで立ちはだかる陽キャ軍団。

 その中央で不敵な笑みを浮かべる人物こそ、我らが栄成サッカー部の『期待の新人』こと白石(鷹昌)くんだ。


 茶色に染めたツーブロックショート、すっと通った鼻筋、キリッとした眉毛。いまは制服に身を包んでいるが、まさに爽やかなスポーツマンといった容貌の持ち主である。


 彼はすでに一年生を代表する生徒として頭角を現し、部の内外で影響力を発揮している。

 この場においては、神園美月の拒絶もどこ吹く風でマイペースに語りだすほどの余裕ぶり。


「どんな事情があるのか知らないけど、そんなヤツを相手にしていると神園のイメージが悪くなるぞ。そいつがなんて呼ばれているか知ってるだろ? 〝じゃない方の白石くん〟だ。もちろん俺じゃない方って意味な」


 まるで『誘う相手を間違っているぞ』と主張するような態度。

 白石くんは多分……というか十中八九、神園美月が好きなのだ。強豪サッカー部の『10番』候補と学校トップの美少女、釣り合いとしても悪くない。


 そんな意中の相手が、見下す『じゃない方』と親しげにしていれば腹もたつ。だから、ちょっとした牽制のつもりだったのだろう。


 しかし、これは完全な悪手。恋愛経験ゼロの僕ですら、誰かを貶めることがアピールに繋がるワケないと理解している。


「白石くん。私は自ら望んで白石くんと……ややこしいわ。ねえ、これから『兎和くん』って呼んでいい?」


「お、おう。なんでもいいから、ほら前向けって……」


 流れるように会話の脱線事故をおこす神園美月。

 今はそれどころじゃないだろ。この状況で、どうして僕の方へ顔を向けられるのか……案の定、陽キャ軍団は揃って眉間にしわを寄せている。

 というか、余計な発言のせいで僕に対するヘイト上昇してない?


「では、改めて。白石くん、私の方から兎和くんをランチに誘ったの。誰と一緒に時を過ごすかは自分で決める。そもそも交友関係に口出しされるほど親しくないわよね? それに人を不名誉なあだ名で呼ぶことには賛同できない。すぐにやめるべきよ」


「…………神園を思っての助言なんだけど。まあ、わかった。これから仲良くなって、口出しできる権利を獲得したらまた伝える。あと不公平だからさ、こっちも『鷹昌』って名前で呼んでよ」


 両者一歩も引かぬ攻防。バッサリ切って捨てる神園美月も大概だけれど、なおも食らいつく白石くんも流石である。

 僕があの立場だったら、間違いなく涙目で敗走している。しばらく便所にこもっていたはずだ。


「もし仲良くする機会があったら、そのときはよろしくね。呼称に関しても検討しておきます。兎和くん、行きましょう。昼休みが終わっちゃう」


 神園美月が姿勢正しくスタスタ歩きだしたので、僕も慌ててついて行く。

 それにしても……まるで白熱するボクシングの試合でもみたような気分だ。何かに付けてこちらを見下す白石くんが相手だったから、爽快感もひとしお。

 毅然と対峙する彼女の姿に憧憬抱いたほどだ。なので、つい口も軽くなった。


「神園さん、ナイスパンチ。間違いなくヘビー級の威力だったぜ」


「…………そうだ、兎和くん。せっかく仲良しになったんだから、私のことも『美月』って名前で呼んでね!」


「ちょっ!?」


 大きな声だった。まるで離れたところにいる誰かのもとへ届かせようとしているみたいに……考えるまでもない。白石くん達にもあえて聞かせたのである。

 何が気にさわったのか不明だが、僕は強烈なカウンターをくらう。

 神園美月は、やはりヘビー級のハードパンチャーで間違いない。


 ***


 放課後、僕は極めてしぶしぶながらも部室へ足を運んでいた。

 かつてないほどズル休みしたい気分だ……白石(鷹昌)くんが意中の神園美月にすげなくあしらわれ、『いい気味だ』なんて思っていられたのも束の間。


 冷静になって考えてみれば、事の発端である僕は確実に敵視される展開だ……要するに、イジメにあう可能性が急上昇中なのである。ジュニアユース時代の真相を知った今、敏感に反応せざるを得ない。


 神園美月の目がとどく範囲ならば好感度を意識して無害を演じるだろう。だがサッカー部という半ば閉じられたコミュニティにおいては、もはや白石くんの独壇場。伊達に一年生の中心メンバーをやってない。

 そんなわけで僕は、不本意ながら到着してしまった部室のドアを恐る恐る開く。


「こんちゃーす……」


「おっす、兎和!」 


 強いストレスに晒されたせいで、僕の目と耳は壊れてしまったようだ……なにせ白石くんが挨拶を返してくれたように認識しているのだから。


 ガヤガヤと騒々しい部室へ足を踏み入れた途端、彼はトレーニングウェア姿の集団の中から顔をのぞかせ、親しい友人を見つけたときみたいに笑った。しかも名前呼び……ひどい幻覚と幻聴を味わっている。


 己の五感を疑うことは頻繁にあるけれど、かつてないほど症状は深刻。おまけにキョドりも止まらない。


「驚きすぎだろ。みんなと外でボール蹴ってるから、兎和も早く着替えて来いよ」


 混乱する僕の肩をぽんっと軽く叩き、入れ違うようにしてグランドへ向かう白石くん。ぞろぞろ後に続く陽キャグループのメンバーたちも、明るい表情で「おっす」などと挨拶をしてくれる。


 現実に理解が追いつかない……ドアの脇で立ち尽くし、ぽかんと口を開けたまま彼らを見送った。


 部室の人口密度がぐっと減る。すると今度は、事態を静観していたらしい玲音が訝しげな顔で歩み寄ってくる。


「おい、兎和。シロタカのやつ、急にどうしたんだ?」


「いや、なにがなんだか……もしかしたら僕たちは、知らないうちにパラレルワールドへ迷いこんじまったのか」


 二人の白石くんがマブダチの世界線。どんな分岐を辿れば、そんな薄気味の悪い未来へ到達するのだ。これが運命石の扉の選択か? 

 僕と玲音は、挨拶もそこそこに揃って首をかしげた。さんざん見下してきた相手が態度を180度ほど急変させたのだから、戸惑いも相応に大きい。


「ふうむ……ああ、わかったぞ。おそらく神園がらみだ。ずいぶんと楽しい昼休みを過ごしたそうじゃないか」


「……玲音も知ってるのかよ」


「もちろん。『神園美月がD組の〝じゃない方の白石くん〟をランチに誘った』と、うちのクラスでも騒ぐやつらがいたぞ。しょうもないあだ名の方はキッチリ訂正しておいたが。それで、真相は?」


「ちょっと用事があって、ついでにメシ食っただけなんだよなあ……あだ名の訂正の方はマジ感謝です」


 トレーニングウェアに着替えつつ話を聞くと、僕たちのウワサは一年生の廊下を光速で駆け巡ったという。上級生の耳にも入っているだろうから、しばらくはイジり(やっかみ)が激しくなる可能性が高い。


 肝心の『用事』については秘匿した。コンバートの件や、永瀬コーチの個人情報を勝手に明かすワケにはいかないので。


 それにしても、たかがランチでこの騒ぎ……神園美月の起こす波紋は想像以上の広がりを見せている。進学してまだ二週間ちょいにもかかわらず、伊達に校内トップの美少女の座に君臨していない。


「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。シロタカは、お前を踏み台にして神園へアタックするつもりかもしれん」


 続けざまにとっても嫌な予想を述べる玲音。

 あながち間違いでもないような気がする……ウィークポイントを突いてゴールを決める。サッカーにおける常道の戦術は、たしかに恋愛でもうまく機能しそうだ。


 ただし、白石くんは大きく誤解している。神園美月に及ぼす僕の影響力など微々たるもの。

 モブ経由、超絶美少女行きのルートは現在不通となっております。開通の見込みもございません。


「まあ、安心しろ。厄介事へ発展しそうなら、ちゃんと味方してやる」


「玲音、ありがとう。ほんと頼りにしている……でも、その前に噂自体をなんとかできない?」


「それはムリだ。俺だって少しは嫉妬しているからな。有名税と思って我慢しろ」


「いやお前、彼女いるって……」


「それはそれ、これはこれだ。フットボーラーはエゴイストなんだよ」


 ふっと笑う玲音。

 僕は思った。エゴイストの使いかた絶対に間違っているぞ、と。

 その後、外の指定ゾーンでスパイクを履いてピッチへ向かえば、案のじょう同級生を中心に多くの部員に話しかけられた。


 ほとんどは「ただメシ食っただけです」という返答に納得したが、中には「なんでお前みたいなモブが」とあからさまに見下す輩もまじっていた。 


「なんべん同じ話をすりゃいいんだ……」


「たしかに面倒だな。仕方ない、隅でボール蹴っとくか」


 僕はただでさえ他人の視線が苦手なのに、過度の注目をあびてストレスフルである。皆が飽きるまでこの惨状が続くかと思うと、心労でゲロ吐きそうだ。

 途中、態度を急変させた白石くんたちからボール回しに誘われたが、今回は丁重にお断りさせてもらった。


 いろいろ説明を迫られるのはもうウンザリなので、ピッチの隅っこで玲音とひっそりパス交換をして時間をつぶす。

 だが、僕の苦難は終わらない。


「なあ兎和、イロイロ悪かった。これからは仲良くやってこうぜ。気軽にさ、俺のことは『鷹昌』って呼んでくれよ」


「え? あ、いや……」


 部活がスタートしてランニングを終え、Dチームのトレーニングゾーンへ移動している最中の出来事である。

 後ろから近寄ってきた白石くんに無理やり肩を組まれ、耳を疑うような提案をされてしまう。


 マジで神園美月とお近づきになるための踏み台にされるのでは、なんて怯えてしまうのは僕の性格が終わっているせいだろうか?

 ストレスで心臓が痛む……悪い意味でのドキドキはとまらない。ウワサに興味津々なのは男子だけではなかった。


「神園さんってさ、〝じゃない方の白石くん〟みたいな地味めの人がタイプだったりして。そうだったら意外だよね~」


「自分の顔が綺麗すぎて、逆にアレ系が気になっちゃう的な?」


「えー。なにそれ、ウケる。自分にないもの求めちゃってる感じかな」


 休憩やビブスを受けとりに行く際など、一年生の女子マネさんたちはきこえよがしに声を高くする。

 会話の中心人物は、小池恵美さん。ブラウンのショートボブと愛嬌のある顔立ちが特徴的な小動物系女子だ。


 爆発的な男子人気を誇るあの神園美月が、僕みたいな陰キャに接触した。この機に乗じて学校のアイドル様の立場を下げてやろう、といった魂胆が透けて見える。今回のスキャンダルは、スクールカーストの評価システムではマイナス査定なのだ。


 そう考えると、陰キャってまるで汚物みたいな扱いだな。この理屈でいくと現状の騒ぎは、『神園美月がうんこ踏んだ』の一言に要約される……うん。この先も強く生きていこう。

 さらに苦難は続く。トレーニング後半で、僕はとうとう実害に見舞われる。


「っしゃ、おら!」


 ポゼッション練習の最中、マーカーの松村くんから強烈なファウルチャージをくらう。

 パスを受け、ドリブルへ移行したところを狙われた。後ろからガッツリ削られ、僕は人工芝に倒れてのたうち回る。


「調子にのってんじゃねーぞ、クソ陰キャ」


 太ももに膝蹴りをぶち込まれた挙句、心ないセリフまで浴びせられる。

 トレーニング初日、パス交換でペアを組んでくれた親切な松村くんはもうどこにもいない……彼はすっかり白石くん派閥へ吸収されてしまっており、近頃は陽キャ軍団の急先鋒としての言動が目立つ。


 僕へのあたりがひときわ強い理由も、おそらくリーダーへの忖度だろう。単純にムカついているのかもしれないが……どちらにしろ、残念ながらご縁なかったということで。


 それでも、白石くん派閥が丸ごと敵に回るよりはだいぶマシだ。松村くんのラフプレーも、あらかじめ予測しておけば回避可能である。


 ポゼッション練習の間はなるべく動きを止めず、ボールを持っても少ないタッチでパスをだしてすぐ動く。要はチャージする隙自体を与えなければいい。これくらいは最悪のコンディション下でも可能だ。

 以降、目論見どおりに意図的なラフプレーは鳴りを潜める。コーチ陣の注意も効いたようだ。


 日が暮れてナイターの光が灯る。

 気がつけば、トレーニングはラストのクールダウンを残すのみ。散々な目にあったが、違った意味で過酷な部活をなんとか乗り越えられた。

 ストレッチをして、永瀬コーチに「コンバートの件は現在検討中です」と小声で報告する。

 その後、僕は這々の体でピッチから退散するのだった。



――――――――

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