第8話

「ふ、悪かった。やはり白石も、俺とおなじ勝利に飢えた狼だったか。ならば共に実力を証明し、Cチームでふんぞり返っている上級生どもを押しのけて席を奪ってやるとしよう。まったく、フットボーラーという人種はどいつもこいつもエゴイストで困る」


「え、ちょっと待って。上級生ってなんの話……?」


 エゴイストなんて単語は僕と果てしなく縁遠い。というか、Cチームを目指すことがなぜ上級生を押しのけることにつながるのだろう。

 あと山田くんのクドい語彙が、何からインスピレーションを受けたものか分かったような気がする。多分、〝史上最もイカれたサッカー漫画〟という異名でおなじみの『レッドロック』だ……どうでもいいけれど。


「なにって、一年生の内からCチームを目指すんだろ?」


「あ、うん。まあ、そんな感じかな……」


「だったら、やはり当面の相手は上級生になるな。うちの部は二年生になると自動でCチームへ昇格するから、通常はそれで定員に達してしまう。よって一年生の間にステップアップを果たすならば、誰かを打ち負かして空きを作るしか方法はない」

 

 ああ、そうか……どうやら僕は『降格』というシステムを見落としていたらしい。

 公式リーグへエントリーする都合上、Cチーム以上は定員が決まっている。おそらく練習効率などを重視した結果だろう。

 要するに昇格者と同数の降格者が誕生するわけで、最悪は底辺へ逆戻りするパターンも想定される。


 一応、Dチームも『ユニティリーグ東京』という公式リーグに参加するが、こちらは『U16』のみ出場可能。つまり、上級生が降格した場合は公式戦への出場が絶望的となるのだ。


 かつて僕の所属していたジュニアユースは人数が少なめで、学年別に『A・B』の二チーム編成だった。しかも両チームとも公式戦に出場可能で、たとえAから降格しようともデメリットは少ない。

 だからまさか、底辺への逆戻り、なんていうマイナス効果しかもたらさない措置が存在するなど想像もしていなかったのだ。


「Dチームへ降格した上級生が退部することも珍しくない、と俺は聞いた。まあ、仕方のない話さ。俺たちが勝つってことは、誰かが負けるってことだ。敗者は立場を奪われても文句はいえない」


 大所帯ゆえの過酷な下剋上システム……上級生が一年生にまざって練習するとなれば、きっとプライドは粉々だ。

 しかし僕的には、悪い話ばかりじゃなかった。進級と同時にCチームへ昇格できるのなら、特に頑張ることなく目標を達成できる。あとはDチーム戻りにされないようにだけ注意すればいい。


 ところで少し話を戻すが、降格システムなどを踏まえたうえで、先程の『Cチームうんぬん』の発言を解釈してみよう……おや、やたら向上心あふれる意味合いに聞こえてきてしまうではないか。まるで僕と正反対の性格だ。

 そしてひどい勘違いをしたままの山田くんは、ドヤ顔でこう言った。


「ようこそ実力主義のサッカー部へ」


 おい、お前! 色んなところからインスピレーション受けすぎだぞ!

 それはさておき、誤解をまねいた原因は己の視野の狭さにある。言い換えれば、情報をキャッチするアンテナの不足が問題だ。

 だが、焦る必要はない。自分が情報弱者であることを理解している僕は、てっとり早く改善する方法に見当がついている……それは友達だ、友達を作ればすべて解決する。


「教えてくれてありがとう、山田くん。すごく助かったよ。それとよければ、これからも僕と仲良くしてほしい」


 僕は握手を求め、右手を差しだす。

 スクールコミュニティにおいて、交友関係と情報ネットワークはほぼ同義。しかも山田くんのような人見知りしないタイプは自然と知り合いが増えていくので、仲良くなればその恩恵にあずかれる。

 打算的な思惑が先行している気もするが、友達になるキッカケなんてそんなものだ。これからしっかり友情を育んでいけばいい。


「仲良くか……むしろ望むところだ。それと、いいぞ」


「えっと、なにが……?」


「俺のことは『玲音(れおん)』と呼んでいい。よろしくな、兎和」


 距離の縮め方がハンパない……だが山田くんの、もとい玲音のコミュ力は見習うべき美点だ。

 情報ネットワークを抜きにしても、友達の数は青春の発生確率に絶大な影響をおよぼす。白石くんの観察を通じて発見したこの世の摂理である。


「さて、始まるぞ。兎和よ、せっかくの機会だ。ライバルたちのプレーをしっかり目に焼け付けておくぞ」


 玲音と話をしている間にプレーヤーの準備が整ったようだ。

 ビブスの色は赤と青。


 見る限り、フォーメーションは両チームとも『4-4-2』のフラット。

 DFとMFの4人ずつを横に並べて配置するオーソドックスな陣形だ。バランスよく選手を配置するため味方同士の距離感がつかみやすく、敵チームが攻撃時に使うスペースを埋めやすいという利点を持つ。


「あくまで練習だから熱くなりすぎるなよ! ガッツリ削ったりするのも禁止だぞ! では、始める!」


 主審を務めるのは永瀬コーチで、ラインズマンも残り二人のコーチが担当している。

 そして、ついに照明灯るピッチにホイッスルの音が響き、紅白戦の第一試合がキックオフ。

 注目はずばり、赤チームの中盤に君臨する白石鷹昌くん。果たして『期待の新人』と呼ぶに値する活躍を披露できるか。


 キックオフも赤チーム。開始とともにセンターサークルに立つFW(フォワード)が後ろへボールを戻し、さっそく白石くんにボールがおさまった。しかし『10番(練習なので意味はない)』を背負う彼は前へ急がず、少ないタッチでサイドへパス。

 ボールは次いでCB(センターバック)を経由し、相手のプレスを回避するようにゆっくり赤チームの陣内を巡る。


「ロングボールは蹴らないか……ゆるやかな立ち上がりだな。最初はこんなものか」


 横に座る玲音の実況通り、いたって妥当な展開である。

 初見メンバーとのプレーは特有の難しさがある。パスを出すタイミングや方向、走り込むスペースや角度、守備時のカバーやプレスなど、各自のイメージはまったく異なる。なので、味方の個性や能力をある程度把握するまでチームとしての連携がとり難い。


 サッカーにおいては特にチームプレーが重要で、多くの場面でチームメイトの助けが必要となる。

 そこでまずは自陣でパス回し、各自感覚をチューニングしていくのだ。つまり今は、ボールを使ったコミュニケーションタイムといえる。


 ただし、あまりのんびりはしていられない。なにせプレー時間はたったの『15分』しかないのだから。

 実際、すでに5分ほどが経過している。タイムはピッチサイドに設置されたデジタルスコアボードで誰もが視認可能。にもかかわらず、試合は膠着状態。両チームともせっかく奪ったボールを自陣へ戻すセーフティな展開が続いている。


「ヘイ! 俺によこせっ!」


 動きの少ない両チーム。そんな中、白石くんなんかはしきりにパスを要求するが、ボールを受けても単独で打開するには至らない。

 それでも徐々に赤チームのプレーは積極的になっていく。ひとえに、白石くんのチームのアクセルを踏んだのだ。


 観衆がわっと沸いたのは、10分が経過した頃。

 青チームが不用意なパスをだし、センターライン付近でボールを失う。

 上手くインターセプトしたのは、赤チームのMF。素早く右サイドへ展開してショートカウンター開始。

 ボールを受けたサイドの選手はドリブルで持ち上がり、対峙するディフェンスが寄せてきたところで再び中央へパス。


 バイタルで待ち受けていたのは、注目プレーヤーの白石くん。トラップしたらすかさず前を向き、悠々とペナルティエリア手前まで迫る。

 と、そこで右足一閃。相手CBが対応すべく釣り出された瞬間、ディフェンスラインの裏へと鋭いグラウンダーのパスを送る。


 ほぼ同時に左トップを務めるフォワードが走りこむ。マークを振り切り、猛然とペナルティエリアへ侵入していく。

 だが勢いの強すぎるボールへ追いつくことは難しく、そのままエンドラインをわってしまう。


「おいっ、FWならちゃんと準備しとけ!」


 照明の灯るピッチに白石くんの怒声が響く。急造チームにしては素晴らしい連携に見えたが、本人はお気に召さなかったようだ。

 その後も攻勢を強める赤チームだったが、うまく点に繋がらない。そのうえ仲間がミスをするたびに、「ちゃんと走れボケ!」だの「頭使えバカ!」だの「俺にボールをよこせ下手くそ!」だのと罵声があがった。

 

 チームメイトに対して要求するのは悪いことではない……けれど白石くんのあれは、もはやただの暴言だ。むしろ暴君もかくやである。正直にいって、僕がもっとも一緒にプレーしたくないタイプだ。

 

 肝心の試合の方はというと、結局は両チーム無得点で終わる。

 見どころといえば、先ほど白石くんが出したスルーパスくらいのもの。逆に言えば、あのプレーは観衆に強いインパクトを与えた。


「なるほど、確かにシロタカは上手かったな。センスも感じた。さすがJアカデミー出身だ」


 シロタカとは、白石くんのあだ名である。加えて、高い評価をくだす玲音。

 僕も同感だ。傲慢な態度にさえ目をつぶれば、前評判に見合ったパフォーマンスだったように思う。ゲームメイクを担い、トラップをはじめ高い技術が随所に散りばめられていた。


「あれは近いうちCチームへ昇格するな。いずれ俺たちも一緒にプレーすることになる」


 ええ、いやだなあ……同じチームになったら絶対まともにプレーできないよ。トラウマを抱える僕は、チームメイトの不機嫌そうな顔をみるだけで心臓がバクバクしだすほどなのに。


 とはいえ、幸いチームメイトになる確率はかなり低い。

 僕は方針を改め、進級と同時の自動昇格を希望している。ぬるま湯最高。そしてその段階であれば、白石くんはもっと上のチームに所属しているはず。

 そういう意味では本日がもっとも危険だったが、第三試合で対戦する程度のニアミスに収められた。


「さて、いくか。俺たちの出番だぞ」


「あ、うん」


 隣のハーフイケメンに促され、第二試合に出場するメンバーたちと連れ立ってピッチへ向かう……あれ、玲音って同じチームだったの?


「当たり前だろ。だから隣に座ってたんじゃないか」


 ああ、そうか。言われて、チームごとにまとまって待機していたことを思いだした。そこでふと気になったのは彼のポジション。


「僕はSBなんだけど、玲音は?」


「兎和、ちゃんとホワイトボードは見たのか? 俺のポジションは、お前と同じだ」


「え、同じ……? ということは、左サイドのSB?」


 僕は右SBを主戦場としているため、同ポジションとなれば選択肢は『逆サイド』のみ。すると自然な流れとして、次は玲音の利き足に興味がわく。

 

「ふ、気づいたようだな。俺は左利きのSBだ」


 うわ、すごく貴重な人材だった……左SBを務めるにおいてレフティは理想的な組み合わせである。さらに絶対数が少なく、世界的に見ても希少なタレントと言われている。


 レフティは基本体の左側にボールを置くため、ピッチの横幅いっぱいにボールを動かせる。

 とりわけ左サイドにおいては、軸足でガードしたままドリブルが可能で、比較的スムーズに縦へボールを持ちだせる。


 同じ左サイドでもWG(ウイング)なら内側にカットインしやすく、右利きを置いても効果的だ。

 しかしSBの場合、攻撃参加するにしてもタッチライン際を攻め上がってクロスを蹴るケースがメインのため、やはりボールを持ちかえる必要のない左利きが有利。

 つまるところ、いくらでも替えが効きそうな僕とは異なり、彼は左SBの『スペシャリスト』といっても過言ではないのである。


「俺が左、兎和が右。さっき誓ったように、俺たちでチームの両翼を担おう」


 どうやら玲音の脳内で存在しない記憶が蘇ったようだ。

 先ほどの感心もどこへやら。僕は冗談を聞き流しつつ引き上げてくるメンバーからビブスを受けとり、ピッチ内へ足を踏みいれた。


 照明の光を受けてますます緑が映える人工芝の上で、ぎゅっと左胸をおさえる……早くも緊張がやばい。通常トレーニングとは違い、ゲーム形式ではトラウマが疼きだす。とにかくチームメイトの足を引っ張らないようにしなければ。


 結果から言うと、僕は大きなミスを犯すことなく最後までやり遂げる。極力無難なプレーを選択し、可能なかぎり主張せず、ひっそりと黒子に徹したのが奏功した。

 問題の第三試合ではさらにギリギリまで存在感を薄め、相手チームの白石くんが怒声を発するたびに恐々としながらも、どうにか足を動かしたままタイムアップを迎えられた。


 なお、第二試合は両チームとも消極的でスコアレスドロー決着。

 第三試合は、王様のごとくプレーする白石くんの活躍もあり、僕の所属するチームはウノゼロ(1-0)で敗北を喫している。

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