第7話

「よーし、次っ!」


 永瀬コーチがホイッスルを吹き、トレーニングはペアとのパス交換へ移る。

 近い位置のショートパスから始まり、段階的に距離をあけていって最終的にはロングパス。マネージャーさんたちと協力し、ボールを通常の五号球へ戻して行う。

 ボッチ傾向にある僕はパートナー探しにやや戸惑うも、たまたま隣にいた部員と組むことになった。


「いくぞ、白石」


「オーケー」


 僕とペアになってくれたのは、H組に所属する『松村』くん。

 焦げ茶色のミディアムヘアに、あっさりとした薄い顔立ちの同級生。やや小柄ながらも引き締まった体格をしている。

 きっと優しい人だ。僕を『じゃない方』と呼ばないし、わざわざ「一緒にやろう」と声をかけてくれた。このまま仲良くなれたら嬉しい。


「トラップはボールの置きどころをしっかりイメージしろ!」

 

 ピッチでは永瀬コーチの檄とボールが飛び交う。

 しばらくしてホイッスルが鳴り、トレーニングはDチーム全体で行う『パスアンドコントロール』、略称パスコンへと移行する。


「スプリントをサボるな! 細かいところで差がつくぞ!」


 パスコンの内容をざっくり表すと、四人組での移動式ボール回しである。

 バランスよく四方へ別れ、動きながらパスをだす。受ける側はラインの中央までスプリントで移動し、ボールを持ったら2タッチで次のメンバーへパスをだす。待ち時間を減らすために二球、かつ右周りと左回りで行う。

 このスプリントのオプションは、栄成サッカー部独自のオプションみたいだ。


「動きながらボールを止める、蹴る、を意識しろ! ボールスピードもガンガンあげていけ! 次、クロスオーバー追加!」


 ホイッスルが鳴る。今度はクロスオーバー。パスを出したらすぐにボールホルダーの裏へスプリントする動きが追加され、さらに運動強度が上がる

 人数が多いので、効率を考えて均等になるよう三つのスクウェアを形成したのだが、おかげでかなりの早さで順番が巡っていく。


 やっていて実感した、栄成サッカー部のトレーニングはけっこうハードだ。なんてことないメニューに見えても、必ず負荷が大きくなるよう工夫してある。

 早くも心拍数が上昇し、頬をつたう汗をトレーニングウェアの袖で拭った。


「次は『5対2』やるぞ! バランスよく七人組つくれ。足りなければコーチが入る」


 次なるはロンドと呼ばれるトレーニング。

 オフェンス5人とディフェンス2人に分かれ、指定グリッド(範囲)内でパス回しを行う。バリエーションは多々あれど、サッカー経験者にとってはおなじみのメニューだ。


 オフェンスは外側に四人、中央に一人のメンバーを置いてパスを回す。二人のディフェンスはそれを追いかけ回す。

 ボールホルダーはパスを出したら、すかさず空いているスペースへ移動する。他のメンバーも状況を予測しながら空きスペースへ移動。パスコースがない場合はドリブルも使用可。ディフェンスがボールを奪いったら攻守交代。


「強度を意識しろ、パススピードも妥協するな! 慣れてきたらディフェンスを一人ふやすぞ!」


 コーチの指示のもと、スクウェアにいたメンツで即席の七人組を形成する。

 マネージャーさんがビブスを用意してくれており、攻守異なる色を着用してロンド開始。実戦さながらに動くためかなり白熱する

 オフェンスは20本パスを通せれば勝ち。ボールを蹴るたびにメンバー全員でカウントするのは当然として、コーチング面(仲間への指示)でもしっかり声をだす。


「声出せよ!」「あいだ通せ!」「中、中あてろ!」「後ろ来てる、動け!」「パスが弱いっ」

「ルックアップ、ルックアップ」「カバー入れっ、ナイス!」

「ゴーゴーゴーゴー!」「寄せろ!」


 たちまち熱気と活気に満ちるサブピッチ。僕も控えめではあるが声をだし、同グループのメンバーに迷惑をかけないよう無難にプレーした。

 あるていど攻守が巡ったところでディフェンスが一人追加され、トレーニングの難度はあがる。

 ホイッスルが響き、ボール回しをストップしたときには汗びっしょり。運動強度のみならず、プレーヤー全員の意識が高かったせいだ。


「オーケー、グッド! いったん集合しよう!」


 さらにトレーニングは続くかと思いきや、いったん永瀬コーチが集合をかけた。僕を含め、駆け足で半円を形成する新入部員たち。


「本来であればポゼッションや対人系のメニューが残っているが、Dチームは当面フィジカルの強化を優先する。要するに、みんな大好き『筋トレ』のお時間ってわけだ。キツイけど頑張れよー」


 新入生は揃って『うげえ』と落胆するような声を発した。が、強化方針としてはこれもまた道理にかなっている。


 サッカーは全身を使うスポーツであり、フィジカル強化は必要不可欠。

 なによりユース世代は、成長が安定して『テストステロン(骨や筋肉を作るのに大切な働きをするホルモン)』の分泌が活発になる年頃のため、本格的に筋トレ(ウェイト)を始めるにはグッドタイミング。

 他にも、論理的な思考が可能となる年齢だから、自己管理や習慣を身に付けやすい、などの理由もある。


 ちなみに、海外の世界的サッカークラブのアカデミーなどでも、ユースに達してからウェイトを開始するそうだ。それまでは体幹トレーニング主となる。


 そもそもの話、体格がよくなってくる高校年代からはサッカーの競技レベル自体がぐんとあがるので、きちんと体を鍛えておかねば相手に太刀打ちできなくなる。格闘技と違い、階級差なんて存在しないのだから。

 もっと言えば、ドリブルやシュートなどのアクションを実行するとき、フィジカルの質は結果を大きく左右する。つまりは勝敗を分けるほど大事な要素なわけで、鍛えて損のない能力値なのである。


「もちろん並行して走力の強化も行うぞ。明日からどんどんスプリント系のメニューも追加されていくから、みんな楽しみにしとけ」


 永瀬コーチ曰く、本日のトレーニングメニューはあくまで基礎であり、季節や曜日によってどんどん変化していくそうだ。年間を通してスケジュール管理しているのだろう。

 そんなわけで、レクチャーを受けながら体幹と下半身を鍛える筋トレに取りくむ。自重かつ説明がメインなのでレップとセットは控えめだった。


「じゃあ最後、紅白戦やるぞ!」


 気づけば照明が灯る時間帯になっていた。淡くただよう春の夕闇のなか、いよいよ待望のラストメニューへ突入する。


 ***


 紅白戦のチーム分けは、あらかじめコーチ陣が決めておいたそうだ。ピッチサイドに置かれた作戦ボード(マグネット式)に記載があった。

 総勢50名をこえるDチーム。フィールドプレイヤーも交代しつつトータル三試合おこなうので、人によっては二回出場となる。キーパー志望の三名はローテーションだ。


 人のはけた段階でボードをざっと確認したところ、複数出場者は申告済みのポジションを考慮したうえで、セレクション組を中心に選出されているようだ。嬉しくないことに僕の名もあった。

 

「試合にでるメンバーは、マネージャーからビブスを受けとれよ。他はチーム毎にまとまってピッチサイドで待機。作戦を話し合うのは構わないが、ちゃんと試合は見ておけ」


 しばしの休憩をはさんだ後、永瀬コーチに促されてプレーヤーたちがビブスを着用していく。

 僕の出番は二試合目と三試合目。ピッチサイドでもプレーの邪魔にならない位置であぐらをかき、のんびりと観戦モードに入る。


「白石くん、頑張ってね! 応援してるよ!」


 熱をおびた黄色い声援が聞こえてくる。僕へ向けたものである……はずもなく。

 エールを送っているのは、マネージャーの小池恵美さん。ブラウンのショートボブと愛嬌のある顔立ちが特徴的な小動物系女子で、同学年の男子からの人気がわりと高い。

 そして相手は、言わずもがなもう一人の白石(鷹昌)くん。


「見とけよ、俺がチームを勝たせてやる!」


 ビブスを受けとり、自信満々なセリフを吐く白石くん。

 少し離れた場所で展開される青春の一コマを見て、嫉妬のあまり血へどを吐きそうになる僕。


「おいおい、鷹昌だけかよ」


「イケメンはずりーな。ちゃんと俺たちも応援してくれって」


 すかさず周囲の男子部員たちがツッコミを入れた。

 早くも白石くんを中心としたグループが形成されており、さも『一軍男子の陽キャ集団です』といった振る舞いを披露してくれている。一年生のロッカールームの主だ。

 なにかと騒がしいが、本日の練習で一番声を出していた集団でもある。


「よっしゃ。お前ら、いくぞ!」


『おうッ!』


 白石くんの勇ましい掛け声にあわせ、公式戦さながらの気迫でピッチへ散っていく面々……いや、ちょっと意気込みすぎじゃない? これってただの紅白戦だよね?


「ふむ、やはり皆気づいているか」


「え……?」


 振り向けば、なにやら訳知り顔の部員がいた。立膝座りで、只者じゃないオーラをガンガンに漂わせている。超能力とか持っていそうな雰囲気だ。


「白石よ。お前は気づいていないのか?」

 

 なに言ってんだこいつ……立て続けに意味深なセリフを投げかけてくる男の名は、山田ペドロ玲音(やまだ・ぺどろれおん)。南米にルーツを持つ同級生だ。たしかクラスはC組だったような気がする。

 栄成サッカー部には、複数の人種的バックグラウンドを持つメンバーが何名か在籍しているものの、同学年では彼が唯一のミックスレースである。


 それにしても……改めて山田くんを間近で見て思ったが、めちゃくちゃイケメンだな。

 ウェーブしたミディアムヘアと、彫りの深い顔立ちがとてもよくマッチしている。すらっとした体型も相まり、まるでラテン系の映画俳優みたいな容姿だ。


「どうやら理解できていないようだから、教えてやろう……この試合は、ただのチームマッチではない。今後の序列を定めるための試練だ」


 どうしよう……山田くんがめっちゃ話しかけてくる。周りにはそこそこ人がいるというのに、完全に僕をターゲットにしている。

 それにほら、ズリズリと尻で移動して隣にまで来ちゃったよ……ともあれ、言っている内容にはピンとくるものがあった。


 のんきに『紅白戦をやって現在の実力を図るだけ』なんて考えていたが、結果がチーム選考へ大きく反映されるのは自明の理。

 それならば僕は、どうにか『Cチーム』にふさわしいプレーを披露しなくては。


「……いや、Cチームにふさわしいプレーってなんだ?」


「ほう、白石は最短でのチーム昇格を狙っているわけか。現状に満足せず上を目指す姿勢は、まさにフットボーラーの鑑。賞賛に値するハングリー精神だ」


 どうしよう……うっかり独り言をこぼしたら、ひどい誤解を招いてしまった。僕の本心とあまりにかけ離れ過ぎていて、どうやって軌道修正すべきか判断に迷うレベルである。

 しかも山田くんは勝手に話を先へ進めてしまう。

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