第3話

 列からわざわざ一歩進み出て、自己紹介がてらに堂々と希望ポジションまで言ってのけた彼こそ、僕が『じゃない方の白石くん』と軽視されるようになった原因。 


 入学初日に同苗がいると教えられ、「俺じゃない方の白石くんは偽物だから」と即答したそうな。ついでに自身がどれだけ優秀か声高に吹聴し、凡人(僕)には不名誉なあだ名が定着した。


 イケメンの陽キャで、Jリーグアカデミー出身のクラック(名手)。栄成サッカー部の期待の新人で、未来の『10番』候補。

 そんなポジティブな形容詞に事欠かない白石鷹昌くんだが、改めて眺めてみれば……なるほど、確かに僕は『じゃない方』だと納得せざるを得ない。

 

 茶色に染めたツーブロックショート、すっと通った鼻筋、キリッとした眉毛。まさに爽やかなスポーツマンといった表現がぴったりの容貌で、不敵に口角を持ち上げる表情や快活な態度からはモテ男オーラが漂う。


 勝っている点があるとすれば身長くらいのものだろう。173センチある僕より、白石くんは少しだけ背が低い。


「ついでに宣言しときますけど、俺がチームを全国へ連れていきます! なので、皆も頑張って俺について来てください!」

 

 持ち時間を軽々こえて所信表明まで突っ走る白石(鷹昌)くん。

 お、おおう……随分とぶっ込んできたな。場は騒然となり、プライドを刺激されたらしいほぼすべての部活メンバーから険しい視線を送られている。

 僕も目を細めた。もっとも理由は周囲と逆で、怯む様子を微塵も見せない彼の姿があまりにも眩しかったからだ。


 どれだけの実力があれば、あんな風に自信満々でいられるのだろう。流石はJリーグアカデミーのAチームメンバー……というか、なんでそんな逸材が栄成高校に?

 普通に内部昇格(ユース)していれば、近い将来にプロ契約も夢じゃなかったろうに。謎である。

 

「静かに。白石鷹昌、お前も余計なこと言わんでよろしい。はい、次の人」


 監督の介入でひとまず場は平静をとり戻し、自己紹介は無事ラストまで巡る。それから10人もいるマネージャー陣の自己紹介を行い、ついに本日のメインメニューであるフィジカル測定へ……否、その前にひとつ特別イベントを挟む。


「よし、ごくろう。皆できるだけ早く顔と名前を一致できるように。続いて、大事な大事な支援者様を紹介する。栄成サッカー部が設立されて以降、熱心に活動をポートしてくださっているメインスポンサーなので失礼のないように。では、お連れして」


 監督に指名された若いコーチがいったん場を離れてスタッフルームへ向かう。そしてすぐに、ハイブランドのスポーツウェアに身を包んだ女子生徒と一緒に戻ってくる。

 その途端、再び全部員で構成された半円が騒がしくなる。とりわけ活気づく一年生メンバー。


「こら、静まれ。知っている者も多いと思うが、こちらは新入生の『神園美月(かみぞの・みつき)』さんだ。支援者のお名前を神園秀光様といい、美月さんはお孫さんにあたる。御本人は多忙のためご都合があわず、代理人として栄成高校へ進学なされたご親族をお招きする運びとなった」


 にこり、と笑みをつくる神園美月

 周囲は一層ざわつき、慌てて監督が注意するもそう簡単にはおさまらない。

 当然の反応だ……なにせ彼女は類まれな美貌の持ち主で、入学そうそうアイドル的な人気を獲得した人物なのだから。


 天使の輪をまとう黒のロングヘアーが、さらりさらりと春風に揺れる。

 光に触れて青みがかる横髪をしとやかな手つきで耳にかければ、今度はその美しい顔に目を奪われる。


 なんというか、ちょっと現実離れした美少女だ。透きとおった乳白色の肌は、あまりに綺麗で陶器の冷たさすら連想させる。

 小さく柔らかな輪郭を描く顔には、最高のパーツが黄金比を思わせる構成で配置されている。なにより印象的なのは、涼やかな目元と澄んだ輝きを湛える青い瞳。

 噂によれば、彼女は北欧系の血をひくクウォーターらしい。


 おまけにスタイルも抜群で、小顔があいまって体型はもはや九頭身に近い。長い手足と流麗な体の曲線はモデル顔負けの優美さで満ちている。

 

 あれでつい最近まで中学生だったなんて信じがたい……本当に僕と同い年か?

 そのうえ、とある大企業の『社長令嬢』なのだそうな。完璧すぎて非の打ち所がない。まるで物語のヒロインである。


 などと己の目を疑っている間にも監督は神園美月を、ひいては直接の支援者であるお祖父様を褒め称えていた。


「知っての通り、栄成サッカー部の練習環境は極めて恵まれている。Jリーグアカデミーにだって引けを取らない。おかげで当部の力は急速に伸び、歴史が浅いにもかかわらず今や東京の強豪校の一つに数えられるほどだ。しかしこれも、神園様の並々ならぬご尽力あってのこと。人工芝の導入および整備、部活棟の建設などはまさにその賜物。さらには皆が普段つかうボールや練習用具も神園様からの寄付品であり、本日より導入される最新鋭の測定機器に至ってはありがたいことにほぼ新品を寄贈していただいた。何より神園様は寛仁大度にして心からサッカーを愛するお方で、栄成高校のみならずサッカー界全体の発展を心から願っておられ――」


「豊原監督。恥ずかしいので、もうその辺でストップしてください」


 ほんのり桜色にそまった唇が開かれ、凛とした響きを持つ声で制止を促す。

 怒涛のごとく身内への賛辞を並べ立てられ、いい加減いたたまれない気持ちにでもなったのだろう。

 彼女は続けてこちらへ向き直り、改めて口を開く。


「ただいまご紹介にあずかりました、神園美月と申します。監督のおっしゃるように、サッカーを生き甲斐とする祖父も、縁のある栄成高校の強化に貢献できたのであれば本望だと思います。もちろん私も応援していますので、寄贈品が皆さんの上達の一助となれば嬉しいです。また本日は機器の動作確認を兼ねて見学させていただきます。お邪魔にならないよう気をつけますので、どうぞよろしくお願いします」


 ぺこり、と最後に頭をさげる栄成高校のアイドル様。

 拍手喝采、白石くんなんかは目からビームでもだしそうな熱視線を送っている。監督からも熱い謝辞を送られところで特別イベントは閉幕となり、ゲストは一旦コーチ陣の背後へ身を隠す。


 ところで、あれほど美しい人はどのような青春を過ごすのだろう……きっと素敵イベント満載に違いない。できれば僕にもお裾分けいただきたい。


「では、本日の活動を始める。まずは全体でアップして、2・3年はそれぞれチーム毎に集合。1年は全員サブピッチへ移動して、コーチの指示のもとフィジカル測定を行う。怪我をしないように集中してやりましょう」


『はいっ!』


 ふたたび監督の指示を受け、本格的に活動開始。

 まずは全体で軽くジョギング。終わり次第、学年別にコーチの指導をうけつつダイナミックストレッチで体幹に刺激を与えていく。

 スーパーローテーション、エクステンション、クロスオーバー、ニーイングエクステンション、フロントランジ、その他等々。主に股関節やハムストリングに効くメニューで構成されている。


 続いては、マーカーコーン(皿コーン)やポールなどを利用したステップワーク。サイド、バック、クロス、他数種。

 アップに関してはどれもジュニアユース時代に体験済みで、個人的には馴染みやすい内容だった。


 その後、一年は全体から離脱してサブピッチへ。

 ちなみに部活棟に近い方のピッチをメイン、逆をサブと呼ぶ。設備的には変わりないので、あくまで便宜上の呼称となる。


 さて、ここからが問題だ……今朝マネージャーの小池さんからもらったマニュアルによると、フィジカル測定は『各自が肉体的ポテンシャルを知り、目標設定を明確にするためのデータ計測』というお題目のもと様々な種目が準備されており、その大半を『ペア』で行うように設定されている。


 セレクションの際にも測定する機会はあったが、本日はより詳細かつ他種目。加えて、人数が人数なので時間効率にも配慮する必要がある……それは理解できる。けれど、よりによって僕とこのお方を組ませなくても。


「……あ、白石くん。今日はよろしく」


「ああ、お前か。先に言っとくけどさ、俺の足を引っぱったらぶん殴るから。気をつけてくれよ? 〝じゃない方の白石くん〟」


 ペアの相方、『白石鷹昌くん』からパンチのきいた挨拶をもらう。

 最初の種目へ向かう途中で、このツーブロックショートのイケメンを見かけたものだから、ちょっと挨拶をしてみたらこれだ。


 同苗ゆえ何かと比較される影響か、彼とはろくに会話もしないうちから関係が悪い。嫌い、というより一方的に僕が見下されているような感じ。


 それはさておき、足を引っぱるってなんだ? 

 ペアの役目は主に計測のお手伝いか、同時に試行する種目の競争相手くらいのはず。協力するような機会はまず訪れない……まあ、ひとまず頷いておこう。もしも白石(鷹昌)くんの不興を買ってしまえば、事態はより面倒くさい方向へ発展しかねない。


 とか言って、ここで反論したらどんな顔するかな? 

 ふと破滅願望に駆られる。が、進んで地雷を踏む必要もあるまいと考え直し、僕は大人しく白石くんの後をついていく。


「最初は『立ち幅跳び』か。お前からやれよ」


 僕たちを含むグループは、跳躍系の種目からスタートとなる。

 最初は立ち幅跳びで、両脚および片脚の水平距離を計測する。腰にセンサーを装着して行い、距離のみならず高さや速度、パワーまで数値化されるようだ。


「先輩から聞いた話だけど、上位チームへ入るため記録を偽ったヤツがいたらしい。すぐバレてペナルティくらったらしいけど。お前もズルできるなんて思うなよ? この俺がきっちり見張ってるからな」


 白石くんは、いったい僕にどんなイメージを抱いているのだろう……?

 ついでに断っておくが、わざわざ釘をさされるまでもない。

 

 僕だってジュニアユース時代は、全力でフィジカル測定に取り組んでいた。なのに同期メンバーたちから、『ズルぼっち』だの『不正モブ』だの『ウソつきポンコツ』だのとバチボコに叩かれるようになり、いつしか他人の視線があると萎縮して全力が出せなくなった……完全にトラウマである。


 しかもこの元チームメイトたちの『イジり』はエスカレートしていき、気づけば常態化していた。以来、周りの反応が怖くなってまともにサッカーをプレーできなくなった。


 他人に見られていると、鎖で締め付けられているみたいに体の動きが鈍るのだ――このような経緯があったから、僕はサッカーを諦めた。ひいては己の才能を見限り、『だったらせめて青春を謳歌しよう』との結論へ至ったのである。


 とにかく、不当にバッシングされるなんて二度とごめんだ。

 そんなわけで、本日はもとより六割くらいの力加減でやっていこうと考えていた。


「着地したら動くなよ、転ぶとやり直しにだからな。リトライは一人三回が目安だぞ」


「あ、はい。じゃあ僕からいきます」


 担当コーチの指導をうけた後、設置されているマーカーコーンから両足でジャンプ。

 感覚的にちょっと抑えすぎたかも……僕も一応はセレクション合格者である以上、到達すべき最低ラインがある。なので、その辺のバランス調整が腕の見せどころだ。

 しかし記録を確認した白石くんは想定外の反応をしめす。


「えっと……はあ? なにお前、塩顔のくせして意外にジャンプ力は結構あるのな。キモいわー」


 ふいに飛びだす塩顔への熱い風評被害……メンタルに響くわあ。ともあれ、もう少し力を抜いてよさそうだ。


 そんな風に僕はだんだんと感覚を掴んでいき、続く『片足跳躍』や『立ち五段飛び』、『カウンタームーブメントジャンプ』などの種目において、見事に白石くんの後塵を拝することに成功した。

 繊細なバランス調整に満足しつつそれぞれ規定の試行回数を終了し、備え付けの用紙に記録を書きこんで次の場所へうつる。


「あ、白石くんだ。ようこそ、『50メートル走』へ。応援してるよー、頑張ってね!」


「やっぱり同じ苗字だから〝じゃない方の白石くん〟とペアなの? 仲良しなの? まじウケる」


「応援サンキュー! つーか、やめてくれって。俺と偽物じゃあどう考えても釣り合わないだろ」


「あはは、確かに! 友達ってより引き立て役って感じだよね」


 測定係の女子マネ二人と楽しそうに会話する白石くんをよそに、黙々とスタンバイを整える僕……まるで気にしていない風を装っているが、本心は悔し涙をこぼす寸前だ。


 くそ妬ましい。女子からの声援とか、すごく青春っぽさを感じさせるシチュエーションじゃないか。白石くんほどのイケメンになれば素敵イベントの方からよってくるらしい。リア充め、爆散しろ。


「今度は50メートル走か。仕方ないから一緒に走るのだけは認めてやる。でも、フライングとかで俺のリズムを乱すような真似はすんなよ」


 足首をほぐしつつのご忠告。もちろん心得ていますとも。

 僕はやはりジュニアユース時代、スプリント系の測定においても『フライング短足』だの『ブサイクフォームスプリンター』だのとバチボコに叩かれた。


 だからソロで挑む以外では、必ず並走者のスタートを目視で確認してから動くようにしている。

 そんな哀しいトラウマを抱えつつも、僕はスタートラインに立つ。しばらくして実際に規定回数を走り終えたとき、謎の生ぬるい達成感を得ていた。


「うっわ、足おっそ。しかも絶望的にどんくさいフォームだし。お前、セレクション合格者だっけ?」


「え、まあ一応……」


「マジかよ。そんな身体能力じゃあ『Cチーム』が限界だろ。セレクション組なのに落ちこぼれとか、さすが〝じゃない方〟だな」


 やったぜ、めでたく白石くんのお墨付きを頂いたぞ。

 僕は余計な悪口は聞き流し、記録シートを眺めながらこっそりガッツポーズをとる。これほど手応えのあるフィジカル測定はちょっと記憶にない。

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