じゃない方の白石くん~夢の青春スクールライフと似ても似つかぬ汗だくサッカーライフ~【✰1000突破!】

木ノ花

Sec.1

第1話

 青春時代とはいつか?

 一般的には、『中学・高校・大学』の3つの年代と定義されている。また人生のピークに位置づけられており、どう過ごしたかで後の人生観すら一変してしまう。

 

 その訪れは、砂金が入った砂時計をひっくり返すようなものだ。青春の一分一秒は、降り積もる黄金のごとく煌めきを放つ。

 決して戻らず、何モノにも代えがたい……にもかかわらず、僕は中学時代までのほとんどの時間をとあるスポーツへ費やしてきた。

 

 それは、サッカー。

 ボールを蹴りはじめたのは物心がつく前。小学校にあがるとジュニアチームへ入団、中学では同クラブのジュニアユースに所属し、自主トレーニングを含めてサッカー漬けの毎日。


 平日は練習、休日は試合。とうぜん放課後に遊ぶ余裕なんてあるはずもなく、マンガやゲームの話をする同級生を羨ましく思ったのも一度や二度ではない。


 それでも僕がサッカーを続けてこられたのは、熱心にサポートや応援をしてくれる両親の存在が大きい。おかげで涙がこぼれるようなつらい日でも、どうにか前へ進むことができた。


 だが残念なことに、僕の実力はベンチメンバー止まり。貴重な青春の前半をまるまるつぎ込んでもなお、才能が花開くことはなった。


 だから心機一転、高校生活は楽しむことに決めた。

 二度と戻れない青春ド真ん中。サッカーは続けるにしてもほどほどに抑え、恋愛と友情に彩られた素晴らしい思い出をたくさん作るつもりだ。


 そして、来たる春。

 いよいよこの僕、白石兎和(しらいし・とわ)の青春物語が幕を開けた。


 ***


「おーい、〝じゃない方の白石くん〟はいるかなー?」


 高校へ入学して3日目。

 朝のHRが開始される20分ほど前に登校した僕は、1年D組の自席で静かにスマホへ目を向けていた。


 運良く『窓ぎわ最後列』の席をゲットできたおかげで、吹き込んでくる柔らかな風を真っ先に堪能できる。


 ガヤガヤと騒々しいクラス内において、あくびまじりに動画を眺める朝のこのひと時はあまりに穏やかで、まるで別世界にいるような感覚に陥る……けれど今日は、見知った女子生徒が教室後方のドアから顔をのぞかせたせいで、いつもより早く現実へ帰還することになった。


「あ、いたいた。ちゃんと返事してよね、〝じゃない方の白石くん〟」


 視線が合うや、手入れの行き届いたブラウンのショートボブを揺らしながら女子生徒が歩み寄ってくる――彼女の名は、小池恵美(こいけ・めぐみ)さん。


 サッカー部の同級生マネージャーの一人だ。愛嬌のある顔立ちと小柄な体型の持ち主で、『小動物っぽくて可愛い』と早くも男子生徒の人気を集めている。


 おまけに、タータンチェックのスカートが好評な制服もよくお似合いだ。我が校は男女ともにブレザースタイルである。


「あ、おはよう小池さん……」


「はい、これ」


 挨拶を交わすこともなく、いきなり数枚のプリントを雑に手渡される。

 ツンデレ幼馴染が忘れものを届けにきた場面に見えなくもない。が、そんな青春ストーリーは妄想でしかなく、現実はただの連絡事項。


 態度はそっけないものの、きちんと役目を果たしてくれるだけありがたい。同じ部活でなければ、僕のようなモブとは口をきく機会もなかったろう。


「えっと……なにこれ?」


「部活でやるフィジカル測定のマニュアル。マネージャーで手分けして、きのうサッカー部の1年全員に配ったんだよね。でも配布のチェック欄みたら、なぜか〝じゃない方の白石〟だけ丸ついてなくて。誰も配ってないとか、どんだけ存在感ないの? めっちゃウケるんだけど」


 あはは、と笑う小池さん。

 いや、まったくウケねーよ。つまらなすぎて、知らない言語のジョークでも聞かされたのかと思ったくらいである。

 だが何より面白くないのは、再三に渡って繰り返される不愉快なフレーズの方。


 何を隠そう僕は、この栄成高校へ入学して早々に不名誉なあだ名を授かっていた。

 それは、『じゃない方の白石くん』というもの。


 我が校の一年生には現在、二人の白石くんが在籍している。

 一人は、強豪サッカー部の期待の新人で、コミュ力も高い陽キャのイケメン。

 もう一人は、同じサッカー部員でも特に目立たず、コミュ力も容姿も凡庸なフツメン。


 前者の名を、白石鷹昌(しらいし・たかまさ)。

 後者の名を、白石兎和(しらいし・とわ)。


 イケメンでリーダー気質の白石鷹昌と、フツメンでモブの白石兎和。

 ただ同じ苗字というだけで二人は比較され、顔面偏差値やコミュ力で劣る方の白石である僕は、無慈悲にもスクールカーストの下層へ振りわけられてしまったのである。

 そして、あっという間に『じゃない方の白石くん』呼びが定着した。


「ちゃんと渡したから。じゃあねー、〝じゃない方〟」


 用事は済んだとばかりに、颯爽と去っていく小池さん。

 酷いときは今みたいに、苗字すら省いて『じゃない方』とだけ呼ばれたりもする。いやな時短である。人によってはイジメに感じても不思議じゃない。


「なーにが〝じゃない方〟だ。兎和もちょっとは怒れよ」


 入れ替わるようにしてやって来たのは、クラスメイトで友達の須藤慎(すどう・まこと)。

 がっちりした体型に、シャープな顔立ちのイケメンだ。黒の短髪アップバングが清潔感をプラスしている。バスケ部に所属しており、身長は180センチと僕より7センチも背が高い。


 彼とは出席番号が近く、自然と話すようになった。すぐに席替えがあって離れてしまったものの関係は切れていない。


「なあ、お前はムカつかねーの? あんなあだ名、ただ馬鹿にしてるだけだろ」


「おはよ、慎。まあ面と向かって言われればイラッとはするけど、あまり気にしてもしかたないしね」


 慎は空いていた前席の椅子を勝手に拝借し、腰を落ちつけるなり不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 僕の反応にもご不満な様子だが、言葉通り『あだ名』なんてものは執着するだけ時間の無駄だ。どう呼ぶかなんて他人が勝手に決めるものだし、抵抗すれば逆にムキになっていると思われ、悪ノリしてくるヤツがでてこないとも限らない。


 そもそも、僕を『じゃない方』扱いするのはろくに知らない人間ばかり。慎をはじめ付き合いのある友達はちゃんとした名前で呼んでくれる。

 ならば、僕はそれでいい。あと実を言うと、ちょっと納得している自分がいたりもするのだ。


 この目で見た白石(鷹昌)くんは現にモテそうなタイプだったし、本当にサッカーも上手らしく評価自体に間違いはないので、強く否定できないのだ。


「まったく、兎和は温厚というかなんというか……本当に困ったときはちゃんと言えよ」


「うん。ありがとう」


「そんで、そのプリントは?」


「ああ、これ。部活でやるフィジカル測定のマニュアルだって」


 ペラペラとめくって軽く目を通す。

 栄成高校サッカー部では、本日の放課後にフィジカル測定を行う予定だ。このプリントには全体の流れや順番、ペアを組む相手などが記載されていた。


「今日から正式に部活開始だもんな。でも、さすが強豪サッカー部。ただの測定からしてやたら本格的だ」


「そうかな。バスケ部は違うの?」


「うちはフィジカル測定自体やんないし。あんま強くないから、そこまで熱心に活動してないんだよな」


 文武両道を掲げる栄成高校では部活動も盛んだ。とりわけサッカー部は、過去に『インターハイ出場』を達成するなど際立った実績を残しており、創立15年と歴史の浅い学校ながらも新進のサッカー強豪校として知られる。


 現在の目標は、インターハイおよび選手権での全国出場。加えてトップチームが参戦中の『T1(東京)リーグ』で優勝、並びに昇格戦を制してプリンスリーグへの参入。

 

 急成長を遂げた背景にあるのは、『サッカー大好き』を公言してはばからない理事長の姿。高品質の人工芝ピッチにナイター設備、最新のトレーニング器具と優れた指導者。Jリーグアカデミーに匹敵するような恵まれた環境は、我が校のトップじきじきに辣腕をふるって整えたと聞く。


 個人的には、もう少しカジュアルに活動している学校へ行きたかった。

 僕はこれまで、生活のほとんどをサッカーに費やしてきた。けれど悲しいかな、深刻な『トラウマ』の影響などもあって才能が芽吹くことはなく、ゲロまずい挫折の味をいくども噛みしめてきた。


 だから高校では、『サッカーはほどほどにしてゆる~く青春を楽しむ』と決意した。これからは可能なかぎり、部活よりも友達と遊びにいく方を優先したい所存である。


「慎、今日の放課後どっか遊びいかない?」


「いや、いま部活だって話してたよな……? そうだ兎和、シロタカには絶対負けんなよ」

 

 シロタカとは、もう一人の白石くんのあだ名である。白石鷹昌、両の頭文字をとってシロタカ(白鷹)。

 慎は彼を毛嫌いしている。理由として「イケメンだけどなんか胡散臭い」なんて身も蓋もないことを言っていた。


「う~ん……勝ち目なしかなあ。僕、下手だし」


「兎和もサッカー推薦だろ? 条件は一緒じゃん」


「まあ、一応ね」


 一応、なんて曖昧な表現がこれほどしっくりくることも珍しい。

 僕は小学一年の頃から、ジュニアユース以下の育成を目的とした『ブルースターJYFC』というサッカークラブに所属していたのだけれど、試合に出た時間よりもベンチを温めている時間のほうがずっと長かった。


 しかも有望な同期メンバーは、中学卒業を迎えるにあたってクラブから推薦を受け、Jリーグ下部組織のユース(U18)や他の強豪ユース、あるいは全国的なサッカー名門校へステップアップしていった。


 そんな中、僕に提示された進路は地元の強豪、栄成高校のみ。要はクラブのお情けで推薦を頂戴したようなものだ。


 もちろん関係のない高校を受験する道もあった。いっそサッカーをすっぱりやめる、という選択も考えなかったわけじゃない。

 しかし、ひとかたならぬ熱意でもってサポートしてくれる両親の気持ちを思うとそれも憚られ……結局はずるずると流されて現在に至る。


「ていうか、僕はポジションがぜんぜん違うから争うことはそう無いと思うけど」


「兎和はディフェンスだろ。そんで、シロタカはオフェンスだったよな? なら、紅白戦とかで戦うことになるかもしれん。ヤツには1点もやるんじゃねーぞ」


 ずいぶんと無茶な要求なさる。

 厳密にいうと、白石くんのポジションはOMF(オフェンシブミッドフィルダー)で、僕はSB(サイドバック)。互いに別チームで紅白戦をおこなった場合、きっと何度かはマッチアップする機会が巡ってくる。


 だが、相手は未来の『10番』候補。期待の新人と呼ばれるに足る理由だってちゃんとある……なんと彼は、Jリーグの下部組織(アカデミー)出身だそうだ。

 なぜ栄成高校にいるのか首をかしげたくなるような逸材である。よって勝ち目はほぼない。


「相手が悪すぎるって。どう考えても、僕なんかじゃ太刀打ちできないよ」


「そこは気合で頑張れ。スポーツはメンタルが大事なんだぞ。相手をぶっ飛ばす勢いでぶつかってこい」


 実行したらファウルを取られそうものだが、言っている内容自体は正しい。

 サッカーには『3S』と呼称される大事な要素が存在する。それは、スピード・スタミナ・スピリット。


 とりわけ『スピリットに欠ける』と、ジュニアユース時代に叱られまくっていた僕である。

 良くいえば協調性が高い、悪くいえば流されやすい。そのような性格が災いし、試合中は誰かに怒られないか不安でいつもビクビクと怯え、自身のイメージ通りにプレーできた記憶なんてほとんどない。

 ああ、だめだ……色々考えていたらイヤな記憶がフラッシュバックしてきた。


「……慎、やっぱ今日遊びに行かない?」

 

「いや、だから部活だって言ってんだろうが。初日からサボりはやばいだろ」


「そっか……あ、そういえば教えてもらった動画みたよ」


 やはり遊びには行くのはダメか。ならばせめて、急速に胸を覆いはじめたモヤモヤをはらすべく話題を変えようとした。けれど、そこでちょうど予鈴が鳴りタイムアップ。


「一時間目は数学か、だりー。また後でなー」


 文句をたれつつ自分の席へ戻っていく慎。

 おい待て、この憂鬱な気分をどうしてくれる。友よ、今は僕を一人にしないでくれ……。

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