ALTella‐VR世界旅行記‐

やそや はち

プロローグ

1.新たなる旅路

 フルダイブ型のVR技術が確立されて20年。急速に発展したVR技術は、医療現場での活用から始まり日常生活での利用も見られるようになった。VRオフィスを導入し、通勤の必要をなくした企業なんてのも現れるようになった。そして15年前に最初の一般向けのVRシステムが発売されて以降、娯楽的な利用も広がり、数多くのVRゲームが開発されてきた。


 そんなVR界隈に現れた、新たなVRシステム『Pascal』。3年前に日本のVR企業である『CreativeCreatures』が発表したこの新型デバイスは、それまでのすべての技術を旧世代へと置き去りしてみせた。VR空間と現実の間に横たわっていた『情報量の差』を完全に消滅させたのだ。Pascalを通すことで、人間が感じうるあらゆる五感は再現さている。物質的な制約がないVR空間は、現実の上位互換とさえ形容されるに至った。


 これまで主に企業や国家を相手に販売されていたPascalであったが、ついに半年前の12月末に、一般向けにも販売を開始。同時に、同社のゲーム部門である『CreativeCreatures:Games』が創り上げた新たなゲーム『ALTellaアルテラ』が発売された。

 このゲームは現状、完全国内限定販売であるにもかかわらず、初回生産分500万本が即座に完売。半年たった現在にあっても、入手困難な状態が続いている。


 そんなアルテラが入った、Pascalの箱が現在俺の目の前にある。


 俺、佐藤弓宇さとうゆうは、現在高校1年生であり、夏休み初日を迎えたところである。


「苦節半年、やっとこの時が来た・・・」


 Pascalの一般販売が開始されて以来、俺はあらゆる手段で入手を試みてきた。近所のゲームショップや家電量販店の抽選会はすべて申し込んだし、場合によっては遠征もした。ネット上や雑誌に掲載された懸賞もかなりの数、限り申し込んだ。おかげで数独は一瞬で解けるようになったし、クロスワードによって語彙力が鍛えられたりもした。高額転売の悪魔にだけは魂を売らないと決めていたが、本当に幾度も心が揺れた時があった。

 そういった活動をるるうえで、親に文句を言わせないためにも成績を落とさないよう勉強も怠らずにやっていた。

 その努力もついにこの夏に結実することとなった。夏休みシーズンに合わせて増産がなされ、抽選の倍率が大きく緩和された。そしてついに購入の権利を獲得。高校生のなけなしの貯金を大解放し手に入れることに成功したのだった。


 本当に待ちわびた。いつか遊ぶ時が来たらと、どんなプレイスタイルにしようか妄想してwikiを眺めたり、人のプレイ動画を嫉妬に狂いながら見たり、奇跡的に先発組に選ばれたゲーム友達の煽り付きの感想に対して100倍の呪詛を送り返したり。半年間、熟成されてきた感情が今にも爆発しそうになる。


「いったん落ち着こう、深呼吸だ。すていくーる」


 箱に伸ばした手が震えているのを見て、いったん冷静になろうとひっこめた。このまま開封しようとすると、扱いをミスって傷をつけてしまうかもしれない。


「えっと、そうだ!プレイ前のチェックをしておこう。家事は終えた。宿題も残ってない。トイレは行ったし、体調も問題ない」


 掃除洗濯はゲームが届くまでの間にじっとしていられなくて、過剰なくらいやった。家中どこもピッカピカで意地悪な姑が来てスクラッチしてもホコリが指につくことはないし、あらゆる服はしわ一つない新品同然の状態になっている。

 宿題は当然、一切合切、昨日時点で終わらせている。夏休み中ゲーム三昧で過ごすのだ。後顧の憂いは残すわけにはいかない。

 体調管理もばっちりである。ゲーマーの嗜みとして健康状態は常に気を使ってきたが、今は人生で一番に元気な自信がある。いま健康診断を受けたら、健康優良児として表彰されるかもしれない。枕の横にはスポーツドリンクがおいてあり、経口補水液も念のため常備してある。


 チェックリスト、オールグリーン。もはや俺がVRに潜ることを阻む障害はない。確認作業をしたことで少しだけ落ち着いた意識を、目の前の箱に向ける。


 Pascalと大きく印字された、驚くほど飾り気のないプラスチック製の箱がある。それを、傷をつけないように、ご神体でも扱うかのようにゆっくりと開ける。ヘッドギアと演算を担当するコンピューター、ケーブル類がまとめられた透明な袋が入っている。


 実物を見たことで興奮が再び最高潮へと至る。心音が耳に聞こえる気がする。冷静にかつ慎重に配線を終わらせる。ヘッドギアを装着し、ベッドの上であおむけに寝転がり、目をつむる。そして意識を電子の世界へと沈めていくのだった。


―――――――――






『ようこそ、ALTellaへ!』


 エントランス、いわゆるホーム画面でVRシステムの初期設定を終わらせ急かされるようにゲームを始めた俺は、オープニングをすっ飛ばしてニューゲームを選択した。オープニングムービーなんて動画サイトで見飽きてんだよ。


『CreativeCreatures:Gamsのアカウントを確認しました。同期を完了しました』


 CC:Gのアカウントと同期され、いくつかの初期設定の項目がスキップされたようだ。残った項目を設定し、利用規約を流し読みしてから同意すると、ゲームのアカウントが作られる。


『プレイヤーの名前を入力してください』


 最後にゲーム内で使う名前の入力するために、文字入力用のキーボードとテキストボックスが現れる。


「いつもどおりアイシオで」


 普段使っている名前であるアイシオを入力する。

 佐藤弓宇さとうゆう→砂糖 YOU→塩 I →アイシオという連想ゲームでつけた割と安直な名前だが、かれこれ10年近く使っているのでそれなり愛着がある。


 名前を登録した後は、キャラクリが始まる。目の前に、現実の俺の面影をうっすらと残す中性的な美形のアバターが現れる。


「おー、ほんとにイケメンにした自分って感じだな」


 こういうゲームでキャラクリをするときに、どのくらいこだわるかというのはいつも付きまとう問題だ。

 俺は普段ゲームするときは、リアルと同じ顔を使う気にはなれず、かといって見た目のためだけのために何時間も3Dアバターとにらめっこするのは疲れるうえ、そういう造形の技術を持っているわけでもないので必ずしも良くなるものでもない。なので普段はデフォルトを少しいじった程度のアバターか、得意な人が配布したものを使ってきていた。しかし、それはそれでオリジナリティに乏しくて寂しさを感じてしまう。

 それがこのゲームだと、CC:Gアカウントに紐づいた自分の体をもとに、美形に補正されたアバターが自動で作られる。つまり、デフォルトのままで、オリジナルの高クオリティのアバターが使えるのだ。


「容姿はこのままでいい…いやこんだけ自由度があるとちょっともったいないか?」


 身長、体格、性別、目や肌、髪の色といった項目に加え、骨格、果ては足の甲のカーブなんてのまでいじれるらしい。


「選択肢がありすぎるから、いったん後回しにして、体格とかを先に決めるか……え、これどこまで身長下げられるの?」


 身長を変えようとコンソールからいじっていたのだが、下は100㎝、上は250㎝ぐらいまで設定できた。


「ここまで変更して、まともに動かせるのか……?」


 最近のVRシステムでは、身長や体格を変えたからと動けなくなったりはしない。黎明期にはそういうこともあったようだが、技術の発展とともに解決されていった。ただ、それでも生来の体のようにとまではいかず、著しく体格が違ったり、そもそも人型でないとかだと操作難易度が爆上がりするのが常だったのだが。

 試しにテストモードで最大まで巨大化させたアバターを操作してみたが、全く違和感を感じることなく動かせた。これはすごい、これならどんなアバターでも問題ないな。


 耳をとがらせたり、角を生やしてみたりして、やはり邪魔だと戻したりして遊びながら、体格や手指の長さや、骨の太さみたいな細か過ぎるところを理想的なバランスに調整していく。


「ここまで調整すると、なんならリアルの体より動きやすいかもな」


 最終的に現実より一回り小さい160㎝ぐらいに落ち着いた。小さくした理由は、目指すプレイスタイル的に、小回りがきいたり当たり判定が小さいほうが便利だと考えたからだ。

 出来上がった体の動きやすさに満足しながら、UIを開いてキャラクリの終了を選択する。


『終了を選択した後1週間は再調整が可能です。それ以降は再調整権を購入する必要があります。本当に終了しますか?』


「YES」


 最終確認に返答し、キャラクタークリエイトを終了する。


 これで初期設定は終了らしい。

 アナウンスが新たなる旅人プレイヤーへの祝詞のりとを唱えだしたのを聞いて、ついに新たな世界へ踏み出せるのだと高揚してくる。


「いよいよだ・・・!」


 視界が一面、末子な光で満たされる


『……新たなる旅人よ。あなたの旅路に幸多からんことを!』

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