桜を見たことのない君へ
@ebiphotobook
桜を見たことのない君へ
桜の花は何色だと思う?
白色という人もいれば
桃色という人もいるんだ。
一円玉ほどの花びらが五枚、
鮮やかな黄色のおしべを囲うようについている。
おしべに近い中心部だけが、
ほんのりと少しだけ桃色をしている。
枝は両手を大きく広げたように伸びていて、
その花が爛漫と咲いている様子を見ると、
白色なのか桃色なのか、
分からなくなるくらいに、
その二色が絶妙に交わり合っている。
いつか君が、桜の木を前にした時のために、
桜の楽しみ方を教えてあげよう。
いいかい?
まず、太陽と自分の間に桜の木がくるように立つんだ。
そして、その花びらに太陽の光を透かしてみると、まるで発光しているかのように見える。
和紙に包まれた灯籠を思い浮かべるといい。
花びら同士は重なり合いながら
光に強弱をつけて、
小さく真っ白な灯火が揺らぎながら煌めいている。
無数の花びらを通過した光は、
朝もやの霞みのように一体となって、
それを鼻の先から足の先まで浴びると、
爽快な気分になれるんだよ。
そんな気分を味わったら、
次は、太陽と桜の木の間に自分が立ってごらん。
太陽に背を向けて
できるだけ高い枝を見上げるんだ。
桜越しに見える真っ青な空は、
薄めていない絵の具で塗ったかのように
明瞭に瞳に映るんだ。
花びらのわずかな桃色は、さっきよりも色濃く感じて、
きっとこんな絵をどこかで見たことがある
と、そう感じると思うよ。
それから顔まで垂れ下がった枝の前に立って
指の腹でその花びらに触れてみるといい。
強い風が吹けば綿毛のように飛んでいってしまいそうなくらい繊細で柔らかな感触をしていて、自らの皮膚の硬さに少しばかりの驚きを得ると思う。
そして足元に落ちている花びらを手に取って、
自分の頬に貼り付ける。
にわかな冷たさと潤いが、
肌に吸い付いてくる感触を味わうんだ。
最後にもう一つだけ言っておきたいことがある。
昔からこんな言い伝えがあるんだ。
「桜の樹の下には屍体が埋まっている」
これは信じていいことなんだよ。
なぜかって?
桜の木の下にはご先祖様が眠っているからなんだ。
桜の木の下に脈々と広がるその根は
世代を越えて、我々の視線を釘付けにしてきた歴史なのだと言う。
この話を耳にした私は、
私の体内に脈々と広がる血管の中に入り込んで血縁をたどる旅に思いを馳せた。
そしてこの頬に付けた花びらの感触は、
祖母と頬を寄せているのだと思うことにした。
私に無条件の愛情を注ぎ続けてくれた祖母だ。
桜は満開になってから一週間ほどで散ってしまう。
だからその間だけ、祖母に会える時だと思うことにした。
その時から桜は美しいと言えるようになったんだ。
君はそのうちに、桜が好きだと言う人に度々出会うだろう。
私はその人達の答えを聞いてみたい。
なぜ、桜が好きなのかと。
そして、いつかその答えと君が見た桜の話で華を咲かせたいと思う。
この手紙を書き終えた私は、
桜の木の下で酒宴を開いている賑やかすぎる人達の騒音が聞こえなくなり、
彼らと同じように花見の酒が呑めるような気がした。
桜を見たことのない君へ @ebiphotobook
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます