32 冒険者としての格 下

 どうやら今だ底を見せていないアスカの攻撃を喰らったジーンからは、もはや格の違いを見せつけられたように完全に戦意が消えているようて。

 ……その表情から発せられるのは畏怖の感情だ。

 自分達が視覚的に感じ取れたものよりもずっと重い一撃だったのかもしれない。 


 そしてそんなジーンにアスカはぶつける。


「とにかく……もうこの二人には関わらないでください。お願いします」


 そんな、あまりにも圧が強いお願いを。


「わ、分かった。分かったから! もう……もう関わらねえ!」


「そうしてくれると助かります」


「…………クソ、なんで薬剤師なんて底辺野郎にこんな化け物が……ッ」


「もう一発喰らいたいですか? ボクはまだ続けてもいいんですよ?」


「……ッ!」


 ジーンはアスカに怯えるように情けない表情を浮かべて、それからレインを一瞬睨みつける。

 そしてその行動に対してアスカがどんな表情を浮かべたのかはこちらからは見えないが、それで尚更畏怖の表情が強くなり、なんとか立ち上がりながらその場から走り去っていった。


 ……自分達の、なんて言っていいのかは分からないが、少なくともアスカの完勝ではあるだろう。


(……しかし賢者の下位互換、ね)


 先程ジーンにそう言われた事で改めて気づく。


(そういやさっきのリライタルは、賢者の下位とは言ってたけど互換とは言わなかったな)


 ……今回の件でほんの少しは考えを改めたのかもしれない。

 だとすれば人間性的に嫌悪しかわかない相手同士だとしても、自分にとってはジーンよりもまともな人間なのかもしれない。

 碌でもないクズとどうしようもないクズを比較しても仕方がない事だとは思うし、そもそもただのニュアンスの違いで、考えている事は同じかもしれないけれど。


(……いや、アイツの場合本当にニュアンス違いで考えている事は同じな気がしてきたな)


 もっともあんな人格破綻者にどう思われようと、どうだって良いわけで。


 とりあえず今はどうでもいい連中の事よりもアスカの事だ。


「お、お疲れアスカ。ありがとな」


「もうこれで大丈夫だとは思いますけど、また何かあるようならボクに言ってください。うまくやるので」


「そ……その時はよろしくお願いします」


 うまくやるなんて曖昧な言葉が妙な怖さを感じさせるのは気になったが、その時は頼らせてもらおうと思う。

 そしてそれ以外にも……本当にこれから色々と頼ることになると思う。


「しかし凄かったな……冒険者としては俺達より圧倒的に格上だぞお前。何が大した事ねえだよ謙遜しやがって」


「こんな事言うのアレっすけど、良かったんすか? 私達と組んで」


「良いに決まってるじゃないですか」


 アスカは笑みを浮かべて言う。


「レインさんやシエスタさんの目標を成就させたい。それが今のボクのモチベーションですから……ボクは医療の事は何も分からないですけど、それ以外の事だったらいくらでも頼ってください」


「……ほんと、心強いよ。ありがとうアスカ」


「はい!」


 そう言うレイン達の隣でアヤが言う。


「あれ? これアスカちゃんが大活躍しまくって私やれる事全然無いみたいな事にならないっすかね……いや別にいいんすけど大丈夫っすか私の立場……」


「当然アヤも滅茶苦茶頼りにしてるからな。よろしく頼むよ」


「はいっす! うわぁマジで頑張らないと」


 ……とまあ色々と、再会したくない相手との再会は続いたわけだけれど。

 最終的に悪くない時間だとは思えた。


 ……特にジーンの件についてはスカっとした。

 ざまあみろと、そう思った。


 あまり性格がいいような感情の動きだとは思えないから、口には出さなかったけれど。

 本当に、悪い気分じゃない。

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