26 狭い世の中

「笑うなって言うからどんな話が出て来るのかって思ったっすけど、蓋開けてみれば滅茶苦茶立派じゃないっすか」


 最後まで一通り話をして、その間アヤは相槌を打つ程度で静かに笑わず聞いてくれて。

 最終的にそんな肯定的な言葉を向けてくれた。


「逆に聞くっすけど、レインさん的に笑われるかもしれない要素ってどこだったんすか」


「いや、目的と行動が全然噛み合ってねえって思われたらなって」


「……まあそれ言われたらそう思う人は思うかもって感想は出てくるっすね。そもそも薬剤師だとか、こう、言い方は悪いっすけど旧医療従事者の方々の行動を頭ごなしに否定する人って一杯いるっすから」


 だけど、とアヤは言う。


「ちゃんと耳を傾けようって思う人なら笑わねえっすよ。自信持ちましょうよ自信。立派な事やってんすから」


「……そうだな」


 ……終わってみれば本当にあっさりと肯定されて。

 今まで変な心配をして何も話してこなかった事が馬鹿らしく感じてくる。

 ……実際馬鹿だったのだろう。


 こういう反応を返してくれるのは分かっていた筈なのに。


(……自信、か)


 やはりその辺が自分が思っている以上に欠落しているのだろうなと改めて思う。

 現代における旧医療従事者の職業病とでも言うべきなのかもしれない。


 あくまで自分一個人に限った話なのかもしれないけれど。


「とにかくそういう事ならアスカちゃんパーティに入れたのは正解っすね。ちなみにこの話ってアスカちゃんにしました?」


「……正直な事言うと、自然な流れでこの話をした訳で、結果的にアスカに話したのにお前に話さない訳にはいかないだろってなって、話すに至ってる」


「っていう事はレインさんの秘密を聞いたのは二番目……私二番目かぁ……いや、別に気にする話じゃないんすけど」


 少々不機嫌そうにアヤはそう言う。


「あ、これ訂正しなくてもいい事かもしれねえけど、リカが一人目だからアヤは三番目って事に……」


「流石にご家族はノーカンっす」


 と、そこで何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべたアヤは、聞き取れないような小声で呟く。


「……アスカちゃんには話せて私には笑われたくなかったから話せなかったって事は、これ逆にポイント高いな」


 本当に何言ってるのか聞き取れなかった。

 聞き取れなかったけど、今度は少し上機嫌というような表情を浮かべている。

 表情がコロコロ変わるのは個人的に賑やかで良いとは思うが、偶に情緒どうなっているんだろうと思う時がある。良い意味で。


(……しかし今なんて言った? なんでそんな機嫌良さそうなんだ)


「えっと、なんて?」


「秘密っす」


「そっか」


 気にはなるがこれまでガッツリ秘密を抱えてきた立場な以上、強く聞けるご身分ではない。

 だから追及は止めようと思っていたところでアヤは言う。


「しっかし……レインさんが賢者の事を結構肯定していたのは意外でしたね。いくらレインさんでももうちょっと悪印象とか持ってるものと思ってたっす」


「まあ結局医療ってのは手段だからさ……優れた物は肯定して行かねえと。あ、でも他の医者の前でこんな話するなよ。喧嘩になるかもしれねえから」


「言わねえっすよ。レインさんの考え方が立派ってだけで、やっぱ賢者と旧医療従事者の間の溝は深いっすから」


 そう言った後、またもや小声でアヤは言う。


「…………そっか、レインさんになら言っても」


 またもや聞き取れないような事を言った後、まるで覚悟を決めるように小さく深呼吸をしてからアヤは言う。


「あの、レインさん」


「どうした?」


「実は私…………」


 そこまで言って……そこから先の言葉は出てこなかった。


「えっと……アヤ?」


「え……いや、あの…………えっと、その……今の流れ無しって事でお願いっす」


「お、おう……そりゃ構わねえけど」


 というより構わなくなくても、やはり色々と隠してきた立場上追求できるご身分では無い訳でスルーせざるを得ない。

 それに、隠してきた立場だからこそ分かる。


 人に言いにくい事を言う難しさが。


 だからアヤの頼み通り、今の流れは無しだ。


 そして誤魔化すように、仕切り直すようにアヤは言う。


「そ、そういえば……レインさんに冒険者になる様に進めた薬剤師の人ってどんな人なんすか?」


 アスカと同じ話をしたと言っても、それは別に一語一句同じだったという訳ではない。

 だから結果的にアスカの時とは違いアスカのパーティに居て、おそらく亡くなった事も含め、シエスタの話はしていなかった。


 ……アヤはレインの考えを立派だと言ってくれた。

 だとすればその元となったシエスタの話は、例え明るい方向に転ばないかもしれなくても話さない訳にはいかない。

 彼女の事も肯定してもらいたいから。


 そう思いながら、アヤにもシエスタの話を始める。


「シエスタ・キリロフっていう少し年上の女の人だよ。立派な薬剤師だ」


「……え?」


 アヤはその名前を聞いて目を見開いた。

 まるで先程のアスカのように。

 ……その名前の薬剤師の女性を知っているかのように。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  

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