第3話。伊織と距離
「お待たせしました」
仕事が終わり、会社の近くにあるカフェで
瑠夏と合流した時、瑠夏は大きめのカバンを持っており。今朝とは違って、服も着替えている様子だったが、何も聞かないことにした。
「それじゃあ、行くか」
近くのショッピングモールにでも行けば、生活に必要な物はだいたい揃えられるだろう。駐車場に止めていた車に二人で乗り込み、向かうことにした。
「おじさん。会社には車で通ってるんですね」
助手席に座っている瑠夏がそんなことを口にした。
「電車で通ってると思ったか?」
「なんとなく、そんなイメージがありましたから」
「他の奴らは電車だったり、バスの奴もいるな。ただ、俺の場合、それほど家から遠いわけじゃないし、電車やバスを使うと遠回りすることになる」
「そうなんですね」
瑠夏は単純な疑問で質問をしたのだろう。
「ただ、車を持っていても会社に通う以外に使い道がないからな。近いうちに手放そうと考えていた」
「使い道がない。ですか」
「仕事が休みの日には一日家に引きこもってる。買い物も配達を使うせいか、店に足を運んで買うことも少なくなってな」
しかし、こうして瑠夏と出かけるうちは車があった方がいいのかもしれない。
瑠夏と会話をしているとすぐに目的地着いた。車を駐車場に止めてから、建物に入ることにした。
「さてと。まずはどこから行くか」
壁にあった案内掲示板を目にする。前に来たような気もするが、どんな店があったかなんて覚えていなかった。
「おじさんは何か買うんですか?」
「俺か?いや、買う物はないはずだ」
今日は瑠夏の買い物がメインだ。もしも、自分の買い忘れがあったとしても、後で通販で済ませればいい。
「必要なモノがあれば言ってくれ」
「あの……おじさん。実は今日、うちに着替えを取りに行ったんです」
「両親に会ったのか?」
「いえ、今日家に両親が居ないことを知ってましたから。必要なモノをカバンに詰めて、持ち出しました」
つまり、買い物の必要が無くなったのではないか。
「ご、ごめんなさい……」
「どうして、謝るんだ?」
「もっと早く言えばよかったですよね……」
「いや、俺もカバンのことを聞かないのが悪かった。それに足りない物があったら、マズいと思ったからな」
先に荷物のことを言わなかった瑠夏のことを責めるつもりはまったくなかった。それに瑠夏がわざわざ着替え取りに行ったのは、少しでも手間を減らす為だろう。
「とりあえず、見て回るか」
適当に歩きながら、店を見て回る。瑠夏は隣に並んで歩いているが、二人の間にはそれなりに距離があるようにも見えた。
「瑠夏はここに来たことがあるのか?」
「両親に連れられて来たことは何度かありますよ」
「だったら、お前が行きたい場所を決めてくれないか?」
「わかりました」
そう答えると、瑠夏が少し前を歩き始めた。
こうしてみると、やはり瑠夏は小柄だ。後ろ姿や歩き方。何から何まで、瑠夏という存在を歪めているように見える。
「どうした?」
歩いているうちに前を通った瞬間、瑠夏が歩く速度を落とした店があった。そこは小物が売っているような店で、アクセサリーショップのようだった。
「いえ、なんでもないです」
再び歩きだそうとする瑠夏の肩を掴んだ。
「瑠夏。ここに寄っていくぞ」
「え、でも、ボクは……」
「嫌なのか?」
「全然、嫌じゃありません!」
少しくらい強引の方が瑠夏にはいいようだ。店の中に入ると、瑠夏は商品を眺めていた。それを俺は少し後ろから見ていたが、自分が買うような物は売ってなさそうだ。
瑠夏はヘアピンのようなモノを髪に当てて、鏡を見ていた。実用性よりも、オシャレのために買うようなものだ。自分の感覚では人に似合うものがわからない。
ただ、最後には瑠夏が諦めるようにソレを置いた。
「おじさん。もう大丈夫です」
「買わなくてよかったのか?」
「はい」
瑠夏が変わらない笑顔を見せている。
本人が満足しているなら、これ以上何も言う必要はないだろう。店を出て、他の場所も見て回ることにした。
一通りショッピングモール内を見て回った結果、特に買う物がなかった。元々、着替えを買うつもりだったのが、それ以外のことは何も考えていなかった。
「ま、こういうこともあるよな」
今は二人でショッピングモール内にあるフードコートにいる。瑠夏とはテーブルを挟んで向かい合って座っていた。
「本当にごめんなさい……」
「気にするな。何も無くても、ここで何か食べてから帰るつもりだったからな」
今は呼び出し待ちだ。瑠夏は落ち込んでいるのかテーブルと向き合っているが、励ます言葉があまり思いつかなかった。
「おじさん。いつもご飯をどうしてるんですか?」
「適当に何か買って帰ることが多いな。それか出前を頼んで、持って来てもらうとかな」
「それって、すごくお金かかりませんか?」
「まあ、自炊よりはかかってるだろうな」
それでも貯金は貯まっているし、仕事終わりに自炊をするような気力もない。ただ、そうなると問題があることに気づいた。
瑠夏に自分と同じ食事をさせるのは、色々とマズい気がした。育ち盛りの子供に偏った食事をさせるのは避けるべきではないのか。
「あの……おじさんさえよければ、ボクが作ってもいいですか?」
「瑠夏。料理出来るのか?」
「料理は友達に教わりましたから、難しいものでなければなんとか」
ここで断る理由はないように思えた。瑠夏に家での仕事を与えれば、何もせずに家に居座っているという感覚も薄れてくれるはずだ。
「それじゃあ頼む」
鞄から財布を取り出して、いくらか金を瑠夏に差し出した。
「こ、これは?」
「料理の材料買うには金が必要だろ?」
間違ったことをした感覚はない。自分が正しかったのか、瑠夏が恐る恐る手を差し出してきた。
「あ、そうだ」
瑠夏が金を受け取った時、何かを閃いたようだった。
「ここって、確か。食品も売ってますよね」
「まあ、売ってるだろうな」
「帰りに買って帰ってもいいですか?」
「それは構わないが……」
どうやら瑠夏は本気で料理をするようだ。渡したお金で、適当な物を出されても文句を言うつもりはなかったが、それは瑠夏に失礼だったか。
「おじさんは何か食べられない物はありますか?」
アレルギーは無かったとは思うが。瑠夏が聞いてるのは、好き嫌いのことだろう。基本的に嫌いなものはないが、食べられ物ならあった。
「辛いものが苦手だな」
「ボクも同じです。刺激が強いものは作ることはあまりないと思います」
「でも、カレーは辛くても大丈夫だ。瑠夏は甘口の方が好きか?」
「あ、甘口じゃなくても平気ですよ」
だんだんと瑠夏の考えていることが、わかるようになった気がした。瑠夏は感情が顔に出やすい割に切り替えも早い。よく見ておかないと、誤魔化されたりしたら、わからなくなる。
「なあ、瑠夏」
不意に頭に思いついた言葉があった。
「なんですか?」
「お前はどうして……」
会話を遮るように呼出音が鳴っていた。
「おじさん?」
「いや、なんでもない」
瑠夏とは気軽に話せたように感じていたが、まだ踏み込むには早いと言われている気がした。瑠夏の背負っているものを知るということは、自分も責任を負う可能性もあった。
生半可な気持ちでは、瑠夏を傷つける。
だからこそ、今は何も聞かないことにした。
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