第54話 元カンパニーの暴走徹甲焼夷弾
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地獄に通ずる
二つの黒いアタッシュケースの内、一つは銃器と透明なビニール袋に詰められた白い粉。
おそらくは麻薬であろう。
そして、もう一つのケース内には、日本円の現金が束になって入っている。
銃器と麻薬の入ったケースは大柄な黒人と小柄な黒人のものだ。
黒人二人は、日本人のヤクザを相手に、母国語でもない日本語で流暢に弁じている。
そんな只中であっても、ポニー・シンガーは軽い足取りで四人のアウトローに近づいていく。
ポニーの接近に、まだ気がついていない四人のアウトローは、慣れ親しんだ顔つきで交渉を進めていた。
その中の一人である、日本人のヤクザが恨めしい気持ちを込めて、独りごちた。
「あのクソッタレ
ただの呟きではあったが、小柄な黒人が茶化すように、笑いながら語った。
「店って、あのガールズバーでしょ〜? 別にいいんじゃな〜い?」
対して、大柄な黒人は三十代から四十代ほどの、無口で
「良く無いですよ。あの店は俺のシノギの中でも、重要だったんですから」
「ふ〜ん。日本のマフィアの事は良く解らないけど、面倒なんだね〜。ボク達ナイジェラス・カルテルは麻薬と銃しか商品にしてないからさ〜。気楽なもんだよ〜」
ポニーは、彼らの会話を
なぜなら会話の中に、ポニーが探し求めていた
「一つお尋ねしたい事があります。わたくしは今、錦花会長様を探しています。心当たりがありましたら、是非お教え下さい」
その瞬間、場の空気が一変した。
電柱の影から様子を窺っていた、
「へぇ〜。白人さんなのに日本語が上手いんだね〜」
誰よりも先に凍りついた鬼気を破ったのは、小柄な黒人だった。
日本人のヤクザが錦花の名前をポニーの口から聞き、咄嗟に懐から拳銃を取り出そうとしたが、大柄な黒人がそれを抑止する。
小柄な黒人とポニーの会話に、無駄な横槍を入れない腹なのだろう。
その仕草はまるで、小柄な黒人を警護するようにも見える。
「もう一度お尋ね致します。わたくしは──」
「ねぇねぇ〜。それよりもさぁ〜、これを見てよ〜。パパに頼んで特注で作らせたんだ〜」
ポニーの話しも聞かずに、小柄な黒人は得意気な表情で懐からデザートイーグルを掴み出す。
しかし、その形状は本来のデザートイーグルよりも、一回り大きく、口径も大幅に拡張改造されている。
自身の財力を象徴するかのように、
小柄な黒人は、そのデザートイーグルを、うっとりと眺めてはいるが、大振りな銃とは相反する体格差だ。
発砲すれば、相手に命中させるどころか、反動の力で自分の方がダメージを負いかねない。
衆目から見れば、ただ己の権力を誇示するだけの、実用性の無い銃なのは明らかだろう。
「この銃の弾ってさぁ〜。.50AE弾を少し大きめにしてるんだよね〜。でもまだ撃った事は無いんだ〜、人間相手にはさぁ〜。丁度いいから白人のお姉さんで試し撃ちしてもいいよね〜?」
「────」
「黙ってないでさぁ〜。なんとか言いなよ〜。カンパニーの
先まで黙していたポニーが、その言葉を聞いた途端、小柄な黒人を睨むように眇め見た。
「おいおい怖いなぁ〜。それともラングレーの
剽げた顔は相変わらずだが、その口調は低くなり恫喝に近い声でポニーに詰問する。
「────」
「だからさぁ〜。黙ってたら分からないでしょ〜? ポニー・シンガーさ〜ん。アンタはナイジェラス・カルテルの中でも超有名人なんだから〜。アンタにゴーストシップにされた麻薬密輸船は百や二百どころじゃないし〜、南米支部もアンタに壊滅させられちゃったからね〜。パパは怒っちゃって、アンタの首に三千万ドルの懸賞金までかけてるんだよ〜。デッド・オア・アライブでね〜。だからカルテルの皆は
なんと、この小柄な黒人は最初からポニーの素性を知っていたのだ。
ポニーが話し掛けた時に
「十秒だけ貴方に与えます。早々にお逃げになった方が宜しいかと。それに……元カンパニーですわ」
機械的な口調と表情は残しているが、ここにきて威嚇を孕んだ眼光を覗かせている。
眼前の小柄な黒人とポニーに面識は無い。
因縁も無く、完全な初対面である。
しかしながら、ポニーはカンパニーとラングレーの言葉を耳にして、胸中で制御できない怒気の
なんとか理性により抑えてはいるが、それは薄氷の上を命綱無しで歩いているようなものだ。
足下の薄氷が崩れ落ちて、抑え込んでいた激情が、いつ爆発してもおかしくない状況である。
ポニーが何故、カンパニーとラングレーの言葉に心を揺さぶられ、理性を喪失しそうになるまで、立腹したのかは本人にしか解らない。
だが、この二つの言葉に、只ならぬ殺意を抱いているのは確かだ。
「ふ〜ん。十秒ねぇ〜。その前にボクがアンタを殺してパパに褒めてもらうんだ〜。だから早く死んでね〜」
小柄な黒人が飄々と語りながら、デザートイーグルの銃口をポニーに向け、照準を眉間に合わせた。
と、同時に。
小柄な黒人の眉間には銃弾による穴が空き、眉間から血を滴らせ、そのままアスファルトの路面に頭から倒れ即死した。
立っているのはポニーの方である。
つまり、小柄な黒人よりも先に、ポニーがリボルバーの引き金を絞ったのだ。
しかし余りに速い動きだったので、周囲の三人のアウトローも開いた口が塞がらなかった。
なぜ先に小柄な黒人の眉間に銃弾の穴が空いたのかは、ポニーだけが知っている。
彼女は、自身の眉間に銃口を向けられた瞬間、ホワイトスーツに忍ばせておいたリボルバーを抜き取り、目にも留まらぬ早撃ちで、小柄な黒人の眉間を射抜いたのだ。
その動作は、剣豪と呼ばれる達人に匹敵するほどの、銃の早業であった。
剣豪の剣筋が目で追えないのと同義である。
ポニーの場合は、それが刀では無く銃さばきだったのだ。
「て……テメー! 今殺したのが誰だか知ってるのか!? パウロの息子だぞ! テメーはナイジェラス・カルテルのボスの息子を殺したんだ! その意味が解るか!? あぁ!?」
大柄な黒人は、血管を怒張させ
そして黒いセダン車のトランクを開け、中からアサルトライフルを三挺取り出し、その内の二挺を日本のヤクザに投げ渡す。
日本のヤクザは渡されたアサルトライフルを持ってはいるが、戸惑いの顔を隠しきれずにいる。
だが、そんな戸惑いをかき消すように、大柄な黒人が
「テメーら、こいつの首には三千万ドルの懸賞金がかかってる。今ここで、こいつを殺せば、その金を三人で山分けにしてやるぞ!」
その台詞に二人のヤクザの士気が高まった。
金は有れば有るだけ良い。
ましてや、自分のシノギを錦花に奪われたばかりのヤクザにとって、これほど極上の餌はあるまい。
そんな三人を目の前にしても、ポニーは
「そこの日本人の方に伺います。先ほど錦花会長様のことを──」
「うるせー! 錦花の居場所なんて俺が知る訳ねーだろ!」
「そうですか。ではもう貴方達にお尋ねする事はありません。十秒与えますから、この場から消えて下さい」
「んだとテメー! 撃て! 撃ち殺せ! ナイジェラス・カルテルを敵に回した事をあの世で後悔しやがれ!」
大柄な黒人の怒号と共に、三人のアウトローはアサルトライフルの銃口をポニーに向ける。
「なら……、死んで頂く以外に選択はありませんわね。『スプラッター・スタイル』」
ポニーが発した言葉は、自身の『ピース能力』を使う為のトリガーだった。
己の中の『もう一人』の自分である、【フォーハンド・スプラッター】がポニーとの『
トンネル内から竜巻とも思える烈風が巻き起こる。
否、それはポニーの総身から渦のように巻き上がった風圧であった。
その余りに強烈な風力に視界を奪われ、三人のアウトローは目を眇める。
そして逆巻く風が徐々に
今までホワイトスーツを着ていたポニーの服は、まるで西部劇に登場する女ガンマンさながらの、黒きウエスタン・スタイルに変わっていた。
全身が夜の闇に溶け込むような服装の中で、不釣り合いな黄金の十字架が胸元で輝いている。
しかし三人の驚愕はポニーの服装が変化した事では無い。
ポニーの体中を燃え立つ炎のように覆う、
それは紛れも無く、『ピース能力者』が『ゲイン』と呼んでいる、自己の生命力の源たる煌めき。
だが真の驚愕は『ゲイン』の輝きでは無く、ポニーの肉体変化にあった。
なんと両肩から、ポニーの身の丈の二倍以上はあると思われる、黒き鋼の腕が四本生えていたのだ。
右肩から二本、左肩から二本。
合わせて四本の漆黒の鋼の上肢。
まさに異形としか言いようのない
日本のヤクザは今だに驚愕しているが、大柄な黒人は違った。
ナイジェラス・カルテルは世界の三分の二の麻薬を独占する、巨大カルテルである。
日本のヤクザの大親分ならいざしらず、この二人はまだまだ下っ端と言ってもいいヤクザだ。
対して、この大柄な黒人は日本だけでは無く、それなりに死地も
つまりは、胆力の差が少しは違うのだ。
「ケッ! 下手なマジックショーで脅かしやがって。べガスでそのマジックを披露すれば長生きできたが、テメーはナイジェラス・カルテルに宣戦布告したんだ。今日がテメーの命日ってことなんだよ!」
だがそれは、精一杯の虚勢であった。
内心では、大柄な黒人も戦慄している。
ポニーの噂話しだけしか聞いた事が無いが、実際にその異様な姿を見て、自らの死を直感していた。
噂話しというのは、ナイジェラス・カルテルの麻薬密輸船を、たった一人で何百隻も海底に沈めたことや、一人で世界中の支部を強襲し、その度にカルテルは大きな打撃を被ってきたことだ。
そんな怪物が今、眼前に佇んでいる。
大柄な黒人はすぐにでも逃げ出したい気持ちを必死で堪え、
心細く路面を照らす街灯の下で、一歩、また一歩と、死が迫って来る。
「う、撃て! あの女を撃ち殺せ!」
恐れに声が裏返っている事にも気がつかず、大柄な黒人が叫んだ。
その声は最早、断末魔のそれに近かった。
逃げても殺される、立ち向かっても殺される。
ならばいっそ、
そして三人のアウトローは、アサルトライフルの一斉射撃をポニーに浴びせた。
真夜中の暗がりの中で、アサルトライフルの一斉射撃から生じたマズルフラッシュが、コマ送りの映像さながらに闇を裂いて、瞬きよりも速く銃口から発火した閃光が明滅する。
だがポニーは、軽く身を
否、まるで銃弾の方がポニーに当たるのを拒み、避けているかのようである。
ポニーが銃弾の発砲位置を視て、その予測から自身に当たらぬように避けているのか、
しかし結果として、アサルトライフルの一斉射撃による銃弾は、一発たりともポニーには命中しなかった。
擦過すら許さなかったほどである。
果たして、ポニーは銃弾を躱したのだろうか?
いや、躱してなどいない。
ポニーの服装は単に変化した訳では無く、『ピース能力』によって具象化させたモノである。
その具象化させたウエスタン・スタイルの服は強力な防弾ベストであり、5.56×45mm NATO弾など豆鉄砲に等しく、容易に防ぐ事ができるのだ。
つまり銃弾は全てポニーに命中していたが、全て弾き返されていたという訳である。
「クソ! クソ! 何で死なねーんだ! このラングレーの化け物女が!」
大柄な黒人は震える手で、空になった弾倉を捨て、新たな弾倉を装填し発砲を繰り返す。
路面には
鼻腔を刺激する硝煙の匂いは、ポニーを殺し生を得る香りではなく、死を運ぶ香りと化していた。
「時間の無駄ですわね。貴方達には、わたくしの能力を使うまでもありませんわ」
ポニーが機械的に嘯くやいなや、三本の黒き鋼の上肢が、三人のアウトローの頭部を鷲掴みにした。
次の瞬間──三人のアウトローの頭部は握り潰され、
頭部から下を痙攣させながら、三人のアウトローは無惨な姿で路面に倒れ、絶命した。
その現場の一部始終を目撃していた九条鏡佑も、今さっき絶命したばかりの大柄な黒人と同様に、この場から逃げたい気持ちで震えている。
いや、体はもう逃げる準備をしていた。
ポニーが『ピース能力者』だと分かった以上、九条鏡佑は厄介事に巻き込まれたく無い一心で、腰が抜けた脚で地面を這うように、逃げ出していたのだ。
だが九条鏡佑の頭上で、聞き慣れた声がした。
「ったくよぉ。何でトリプル・セブンがどこにも売ってねーんだよ。チキショーが。おかげで、こんな場所まで来ちまったじゃねーか」
その声は、九条鏡佑が二度と聞きたく無いと思っている
しかし声だけが似ているという事もある。
そんな微かな希望を抱いて、恐る恐る九条鏡佑は頭上を見上げる。
見上げた刹那──九条鏡佑は恐怖の余り総身が凍りつき、
なぜなら最悪の予想は見事に的中したからである。
そう──その声の主はローザだったのだ。
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