第53話 少年よ魔窟を進め
*12
東口は比較的安全な繁華街であるのに対し、西口はとても治安が悪い歓楽街なのだ。
まぁ……僕が不良達に絡まれたのは、東口の方なのだけれど……。
それでも比較的安全な繁華街である。
だが西口は全く違う。
お粗末な
朝や昼は閑散としているが、夜になると西口は
この魔窟というのは、僕が勝手に付けた西口の別名だ。
しかしながら、誰もが夜の街羽市の西口を歩けば、魔窟だと思うだろう。
なぜなら、夜の西口はヤクザの
きっとヤクザが経営しているであろう如何わしい店が、軒並みに立ち並び、客引きも明らかにヤクザにしか見えない。
右を見てもヤクザ。
左を見てもヤクザ。
それが街羽市の夜の西口の顔なのだ。
もし、何も知らない人が、夜の西口に迷いこんだら、きっと五分もしない内に逃げ帰るだろう。
警察も何度か一斉検挙をしているが、いつの間にやらヤクザが集まる歓楽街に戻っている。
いたちごっことは、まさにこの事だ。
そんな治安が悪い、夜の西口だが。
一番治安が悪い場所と問われたら、僕が思い当たる所は三つだ。
だが、この思い当たる場所は全て、ネット内の情報や匿名掲示板で得た情報なので、確証は無いが、それでも情報が無いよりかは増しである。
ポニーに、僕が思い当たる、この街で一番治安が悪い場所を教えれば、僕は早く家に帰れるのだから。
まず一つ目は、アルバイトが出来る年齢にも達していない、未成年の女の子が働くガールズバーである。
通称、ぼったくりバーとも言う。
店の前の客引きは、もちろんヤクザだ。
女の子達がなぜ、そんな場所で働いているのかは分からない。
遊ぶお金が目的で働いているのか、家出をして、住む場所が無く嫌々働いているのか……。
どちらにせよ、僕は想像すらしたくない。
次の二つ目はクラブである。
クラブと言っても、女性と静かに談笑しながら、お酒を飲む場所では無い。
大勢の若者達が
それだけなら、趣味の一言で片付けられるが、問題はクラブ内で麻薬が出回っていると言う噂があることだ。
実際に僕が、そのクラブに行った訳では無いから、根拠は無いが、噂は噂を呼び、その噂が若者を呼ぶ。
つまり麻薬欲しさの危ない若者達が、夜な夜な西口にあるクラブに来て、
そして、その麻薬の密輸ルートは分からないが、若者達に麻薬を売り
あくまで匿名掲示板内の情報ではあるが。
最後の三つ目は──治安が悪いと言うよりも、街灯が少ない暗くて怖いトンネルである。
なんだか、最後だけ肝試しのような雰囲気だが、夜に人がいない暗いトンネル内も、ある意味で治安が悪いと言える。
長さは二十メートル弱ほどのトンネルで、朝や昼なら全然怖く無いトンネルだ。
しかし、本当に申し訳程度の街灯しかないトンネルなので、夜になってから、トンネル内を歩くのは非常に怖いのである。
以上の三つである、この街で一番治安が悪そうな場所を、僕はポニーに教えた。
「教えて下さり、有り難う御座いました──」
よし、これで僕の役目は終わったぞ。
やっと家に帰れる。
「──では、その場所まで案内をお願い致します」
──なに?
「あの、えっと。教えるだけですよね? なんで案内を僕がするんですか?」
僕が言うと、ポニーは僕の顔にリボルバーの銃口を向けてきた。
「ちょ、ちょっと! なんですか!?」
「案内を、宜しくお願い致します。それとも、何か不都合な事でもありますか?」
いや……、今まさに、この現状が不都合な事なんだけど……。
ていうか、これって……
でも、もしここで、案内しないと言ったら、確実に僕はポニーに撃たれてしまう。
それも、ポニーの拳銃は異能力による攻撃では無い。
つまり、ただの銃殺で死ぬから、僕の異能力も発動しない。
だからここは、大人しくポニーの言葉に従うしかない……。
「わ、分かりました……。でも案内はしますけど、本当に治安が悪い場所なので、命の危険を感じたら、僕は逃げますけど……それでもいいですか?」
「その事については、ご心配なさらずとも平気で御座います。わたくしが貴方様をお守り致しますので」
お守りするって……本当かよ。
僕に銃口を向けて案内をしろと言ってきた奴に、お守りすると言われても、全く説得力が無いのだが……。
「では参りましょう、ご案内をお願い致します」
言って、ポニーは僕の顔に銃口を向けていたリボルバーを、自分のスーツの内ポケットに仕舞った。
はぁ……なんでいつも僕ばっかり、こんな目に遭うんだ……。
そんな事を考えながら、
ポニーの機嫌を損ねさせて、拳銃で撃たれて死ぬなんて、真っ平御免だ。
と言うか、僕はいつになったら、家に帰れるんだ?
やれやれ……まさか僕が、街羽市の魔窟である夜の西口を歩く羽目になるとは……。
とは言っても、どこから案内すればいいのか判らなかったので、この神社から一番近いクラブから案内する事にした。
そして、クラブまでの道のりをポニーと二人で歩いたが、会話なんて一切無い。
僕もポニーと何を話していいのか分からなかったから、別にいいのだが、魔窟である夜の西口を上下真っ白なスーツを着た、金髪碧眼の外国人女性が歩くだけで非常に目立つ。
僕は目立つのが嫌いである。
特に、こんな魔窟で目立つものなら、危ない連中が近寄って来るのは、火を見るよりも明らかだ。
つまりクラブに辿り着くまでの道中で、不良に絡まれる確率はかなり高い。
しかし、クラブに到着するまで、誰にも絡まれなかった。
不良達の視線は感じていたが、ポニーが余りにも堂々としていたからだろう。
それにポニーの瞳が、相当怖かった所為もあると思う。
まるで人を刺し殺すような瞳……。
その瞳に臆して、不良が絡んで来なかったのかもしれない。
僕自身も、そんなポニーの横を歩くのは、生きた心地がしなかった。
いつでも人を簡単に殺す、感情が無い機械の隣りを、一緒に歩いているようなものである。
生きた心地がしないのは当然だ。
だがそれも、クラブに到着するまでの話しである。
僕とポニーがクラブに着くや否や、ジャンキー風の男が一人、絡んできたのだ。
しかし、ポニーはそのジャンキー風の男の股間に蹴りを入れ、
その光景を見ていた、ジャンキー風の男の仲間達がポニーを囲んだが、どの攻撃も簡単に
僕はそんなポニーを見て、胸の中で思わず拍手をしていた。
ポニーの方は、何事も無かったかのように、クラブの周辺にいる若者達に、錦花さんの居場所について訊いて回っている。
が、錦花さんの居場所に関する収穫は無かった。
なぜなら、ポニーが若者達に近づくと、全員逃げ出してしまったからだ。
収穫があったと言えば
次に向かったのは、通称ぼったくりバーの、ガールズバーである。
ポニーがクラブの周辺でやらかした荒事は勘弁だが、客引きが明らかにヤクザなので、きっと少しは錦花さんの情報を得られるかもしれない。
しかし──である。
僕とポニーがガールズバーに到着すると、店は半壊していた。
いや、これは全壊に近い半壊である。
ガールズバーの店だけ、ハリケーンが襲ったかのような有様だ。
硝子は割れ、店内の家具や装飾品は修復不可能なまでに破壊されていた。
そんな電気も点いて無い店内を、街灯と月明かりが無慈悲に照らす。
僕は、もしかして、錦花さんが店を壊したのかと思ったが、周りに人も居ないし、情報不足過ぎて判断材料が無い。
錦花さんがやったと思うのは、早計だろう。
しかし、見れば見る程に、酷い有様である。
これでは、当分の間、この店は営業ができないだろう。
僕が滅茶苦茶に壊された店を見ていると、ポニーが冷たい氷のような視線で、僕を睨んできた。
もう、ここには用が無いから、さっさと次の場所まで案内しろと言う、無言の圧力だろう。
それにしても、凄まじい眼力だ。
夏休みに入ってから、たくさんの危険な奴に遭遇してきたが、ポニーもそいつらと似たものを感じる……。
まぁ、でも、次で最後だ。
それに次は、ただの暗いトンネルである。
人が居る訳がない。
ポニーも、僕がトンネルまで案内すれば、気が済むだろう。
その後の事は、ポニーが一人で錦花さんを探し、晴れて僕は自由の身だ。
そうと決まれば、早く暗いトンネルまでポニーを案内して、こんな魔窟からは一分一秒でも早急に脱出するぞ。
そして僕はポニーを連れて、早歩きで最後の案内場所である暗いトンネルに向かった。
もう心の中では、家に帰ることしか頭に無かった──のだが……。
トンネルに着くと、入り口付近で、街灯に照らされた二台のセダン車が停まっていた。
黒くて高級そうな、いかにもヤクザが乗り回していそうな車である。
だが重要なのは車では無い。
二台のセダン車の横に立っている、黒いスーツを着た四人の男達である。
二人は見た目が、日本人のヤクザだが。
残りの二人は、大柄な黒人と小柄な黒人だった。
そして何やらヤクザと黒人が話しをしながら、黒いアタッシュケースの中身を検めている。
ヤバい……。
僕の危険レーダーが、逃げろのサインを送ってきている……。
ていうか、あれって映画とかでよくある、麻薬の取引現場じゃないのか?
僕がその様子を、電柱の影に隠れて窺っていると、ポニーがその四人の男達の方に向かって歩き始めたので、僕は必死に呼び止めた。
「ちょ、ちょっと待ってよポニー。あそこに行くのはヤバいって」
「わたくしの事なら大丈夫です。それに、あの方々なら会長様をご存知だと思いますので」
まぁ確かに、ヤクザの人が錦花さんを知らないって事は無いと思うけれども。
僕がポニーに言っているのは、錦花さんを知ってるとか、知らないという話しではない。
相手は見るからにヤクザだ。
いきなり話し掛けて、会話が成立するなんて考えられない。
けれどもポニーは、歩みを進めた。
僕の必死の呼び止めも虚しく、ポニーは男達の方に悠然と進んで行く。
あぁ……もうッ!
どうなっても僕は知らないぞ!
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