第47話 格闘ゲームのコマンド入力は毎日練習するべし



 *6



 す……凄い……。


 外観もさる事ながら、店の内装もかなり凝っている。


 見た事も無い室内装飾の数々。

 しかも臥龍がりょうの店と違い、ほこり一つ付いてない。


 全てがピカピカに光り輝いているぞ。



 「早く座りなさいよ」



 僕が店内を見て驚いていると、すでに心絵こころえはテーブルに座っていた。


 心絵に促されるままに、僕も円いテーブルに座る。


 ──はっ!?


 この円いテーブル……回るぞ!



 中華料理屋で回るテーブルなんて映画でしか観たことなかったが、いざ目の前に回るテーブルがあると──回してしまう。


 おおっ!


 回る……回る……こいつ回るぞ!


 おもしれえ!



 「なにやってるのよ……」



 心絵が僕を呆れた顔で見ている。


 確かに高校生にもなって、テーブルを回してテンションを上げていたら、流石に呆れた顔もされるだろうな。


 だがしかし、面白いものは面白いのだ。


 すっげー回るぞこれ!


 メリーゴーラウンドみたいだ!



 「だから……なにやってるのよ……」


 「あのぉ……お客様? あまりテーブルを早く回されると、テーブルが壊れてしまう恐れがあるので、お控え願いますか?」



 うっ……、店員さんに怒られてしまった。


 そして、そのまま店員さんにメニューと冷たい水、それによく判らないお茶を出された。



 「あの……えっと……、すいません。お茶とか頼んで無いんですけど」


 「そちらのお茶は当店サービスのジャスミン茶で御座います。無くなったらまた、お声かけ下さい」



 マジかよ、サービスかよ。


 やっぱ高い店は違うな。



 「そしてこちらが当店のメニュー表です、ご注文がお決まりしましたら、お呼び下さい」


 「あっ、はい。分かりました」



 僕は店員さんから、メニューを受け取り、どんな料理が載っているのか見た。


 た、高い!


 料理の前に値段が尋常では無い。


 量が少ない一品物の料理でも最低二千円以上だ……!


 だが案ずるなかれ、これら全ては心絵の奢りなのだ。


 僕はとりあえず、値段が高い一品物の料理を片っ端から注文することにした。



 「注文する料理は決まったの?」



 心絵が訊いてきたので、僕は頷いた。

 そして、心絵が店員さんを呼び、自分の注文を済ませ、僕も自分の注文を店員さんに伝えた。


 注文した料理が来る前に、また心絵からメモ用紙を渡された。



 「なんだよこれ? また脅迫状か?」


 「違うわよ。アナタが『波動脚煌はどうきゃっこう』をいつでも使えるように、メモに書いてきたの。はいこれ」



 僕は心絵に手渡されたメモ用紙を、一応だが見てみた。


 メモ用紙には……、↓→AボタンBボタン同時押し……と、書かれていた。



 「これ……格闘ゲームのコマンドじゃね?」


 「よく分かったわね」


 「誰だって見れば分かるだろ! それに僕にはAボタンもBボタンもねーよ!」


 「えっ……?」



 迫真の表情をする心絵。



 「なんだその顔は! もしかして、本当に僕にAボタンとBボタンが付いてると思ったのか!?」


 「……」


 「図星かい! つーか、このAとBって何のボタンなんだよ? キックなのかパンチなのかも判らないぞ」


 「キックでもパンチでも無いわよ。Aはアホボタン、Bはバカボタン」



 訊かなくても、そう言うと思ってたが、やはり目の前で──しかも真顔で言われると、メッチャ腹が立つぞ!



 「何がアホボタンとバカボタンだ! お前は僕を馬鹿にする事しか考えてねーのか!」


 「お客様……。他のお客様もおられるので、大きな声は控えて頂けますか?」


 「あ、す……すいません……」



 心絵の所為で、また店員さんに怒られてしまった。



 「しかし──不思議ね……」


 「不思議ってなに? またボタンの話しか?」


 「違うわよ。あの灰玄かいげんとかいう陰陽師のこと」



 いつにも無く真剣な面持ちの心絵。


 灰玄もそうだが、心絵もスイッチのオンとオフが激しい。

 つまり、冗談を言っている時と、真面目な事を言っている時の空気の違いが、はっきり分かる。



 「灰玄がどうしたんだよ?」


 「うーん……、何て言うか、変なのよ」


 「変って何が? ていうか、心絵も充分に変だけどな」



 少しだけ、からかうつもりで言ったのだが、心絵は剣呑な眼差しで僕を睨んだ。


 ヤバい……結構怖い……。



 「い、今のは冗談だから。話しを続けてくれ」


 「はぁ……。私が変だと思った理由は、事前に臥龍のおじ様から名前は聞いていたけれど、神子蛇みこだなんて名前の陰陽師は始めて聞いたし、それに──」


 「それに、なんだよ?」


 「──それに、あの人が使った『呪詛思念じゅそしねん』よ。『呪結石じゅけっせき』は『ごんの流派』の『呪詛思念』だし、『呪炎壁じゅえんへき』は『の流派』の『呪詛思念』なのに……。変よ、絶対に変よ」


 「変って、だから何が?」


 「本来、『波動思念はどうしねん』は修行すれば誰でも体得できるけど、『呪詛思念』だけは、生まれ持った陰陽いんようの素質が無いと使えないの。つまり、『呪詛思念』だけは、いくら修行しても素質が無いと会得できないのよ」


 「じゃあ話しは簡単じゃん。灰玄には、その素質があったんだろ」


 「私が変だと思うのは、その先よ。素質があっても流派は一つと決まっているの。だから『金の流派』の陰陽師がどんなに修行しても、『火の流派』の『呪詛思念』は会得できないのよ」


 「うーん……、たまたま会得したとかって言うのは?」


 「あり得ないわ」



 力強く断言する心絵。



 「そもそも。陰陽五行説いんようごぎょうせつの、もくごんすいの五つの流派は、陰陽おんみょう血杯儀けっぱいぎですぐに判るのだから。一つ以上の流派を持つ陰陽師なんて、存在しないわ」



 またもや力強く断言する心絵。

 ていうか、おんみょうけっぱいぎってなんだ?

 陰陽五行説はゲームで登場した単語だから知ってるが、その、けっぱいなんちゃらは始めて聞いた。



 「あのさ心絵。力説してるとこ悪いんだけど、その、けっぱい何とかってなに?」



 僕が訊くと、またしてもメモ用紙を出して、ペンですらすらと書いていく。


 そのメモ用紙を渡され、見てみると、『陰陽血杯儀』と書かれていた。


 ていうか、何で心絵はこんなにメモ用紙を持っているのだろう。


 今の会話の中で、全く関係ないが、気になったので訊いてみた。



 「所で、心絵っていつもメモ用紙とペンを持ってるのか?」


 「当たり前よ。これは臥龍のおじ様が言っていたのよ。常に思考を絶やさない為に、常にメモ用紙とペンも絶やすなってね。アナタと違って良い事を言うわ」



 あの馬鹿の劣学者れつがくしゃである、臥龍の言葉を鵜呑みにしている馬鹿がここにも居た……。



 「そうそう。言い忘れていたけれど、『波動思念』と『呪詛思念』は言霊を体現化させる時に違いがあるから。波動の方はみ言葉で、呪詛の方はみ言葉よ。これはかなり重要だから覚えておきなさい」


 「──え? ──は? 意味と意味? どういう意味?」



 僕が心絵に質問したすぐ後に、タイミング悪く注文した料理が来た。


 んまあ、心絵が言っていた意味がどうのと言うのは、また今度訊こう。


 それよりも──すんげええええ!


 ご馳走の山! 山! 山!


 そして山!!


 しかし、片っ端から注文したので、気がつかなかったが、何で和食風の生牡蠣なまがきや洋食風のステーキまであるのだろう……。


 つーか、そんな事よりも早く食べよう。


 ──う、美味い!

 美味いと言うか、うまいレベルだぞこれ!


 中華料理ってこんなに旨かったのか。


 僕が家や小学校や中学校で食べてきた中華料理とは、比べ物にならない。


 肉も野菜も貝類も、素材や味付けで、これほどまでに変わるものなのか……。



 注文する時に、名前を見て無かったから、よく分からないが。

 この、上になにか黒いソースと、紅葉もみじおろしが載っている生牡蠣も絶品である。


 嗚呼……。

 生きててよかった……。


 食事がこんなに素晴らしいと思ったのは始めてだ──しかも他人の奢りだから、もっと素晴らしい。



 ──ふと、僕は心絵が何を注文したのか気になり見てみると──ラーメンが十杯にチャーハンが六皿あった……。



 「お、お前。本当にこんな量を食べられるのか?」


 「これぐらいの量は、私にとって朝飯前なのよ」


 「いや朝飯前って言うより、これ飯そのものだろ! しかも昼飯じゃん!」



 心絵は怪物級の食欲だ。


 こいつはもう、肉食系女子と言うより超暴食系女子だぞ。


 陰陽師よりも、心絵はフードファイターになった方が良かったんじゃないか?



 「五月蝿うるさいのよ。これでも控えめに、腹八分目にしているのだから。私が本気を出したら、物質ならなんでも食べる事ができるのよ」


 「お前は元ドラム王国の国王だったのか!?」


 「お客様……! 失礼ですが、他のお客様のご迷惑になりますので、大きな声で話すのはご遠慮下さい……!」


 「……す、すいません」



 ヤッベーよ。

 店員さんの目が笑って無かった……。


 マジでキレてるよあれ。



 「おい心絵……! お前の所為でまた怒られたぞ……!」


 「うーん……、やっぱり不思議ね」


 「おい聞いてんのか? もう灰玄の事も陰陽師の流派とかも、後でゆっくり聞くから、これ以上僕に大きな声を出させるな」


 「不思議ね……不思議ね……」


 「だからさぁ。もういいって──ん?」



 心絵が不思議だと呟きながら言うその目線の先には、僕が注文したステーキがあった。



 「不思議ね……どうして中華料理屋にステーキが……」



 心絵が不思議に思っている事は、僕も同様に不思議に思っていた事だ。


 だが僕は、次に心絵が言うであろう台詞を、何となく直感で理解していたから、先手を打った。



 「あげないからな」


 「不思議ね……」



 僕のステーキを凝視する心絵。



 「だから……。あげないからな」


 「別に私は、欲しいなんて言ってないわよ。ただ、ほんの少しだけ味見をしてみたかっただけ」


 「本当に……ほんの少しだけなのか?」


 「そうよ」



 仕方ない。

 僕は臥龍と違い、ケチでは無い。


 ほんの少しならいいか。



 「分かったよ。ほんの少しだけな」


 「それじゃあ。そのステーキを2分の1プラス、3分の1プラス、6分の1プラス、12分の1マイナス、12分の1だけもらうわね」



 ん?

 えっと、2分の1と3分の1と──────



 「あっ! お前! それ僕のステーキを全部もらうって事じゃねーかッ!」



 時すでに遅し。


 光りの早さで、僕のステーキは心絵の胃袋の中に奪われていた。



 「お、お前! 何がほんの少しだ! 僕のステーキを返せ!」


 「もう食べてしまったのだから、返せるわけ無いじゃない」


 「うるせー! あのステーキは僕のステーキだったんだぞ! いいから返せ!」


 「おい。そこのカップル。大声で話してえなら外でやんな」


 「あっ……す、すいませ──ってえええええ!」



 話しに夢中になっていたので、店員さんかと思ったが違った。


 いや……この場合、店員さんだったら、どんなに良かっただろうと痛感するしかない。



 なぜなら、僕と心絵に話し掛けてきた男が……あの錦花鶴祇にしきばなつるぎだったのだから。



 何度も雑誌で観た顔だから、見間違えるはずが無い。


 真っ白なスーツに黒のワイシャツ、それに白いネクタイ。


 黒髪短髪のオールバック。


 スーツにはしゅの字が刻まれた金代紋を付けている。



 しかも……雑誌で観るのと、本人を目の前で見るのとでは、迫力が違う。


 身の丈は、僕の弟の鏡侍郎きょうしろうよりも少し小さいぐらい。


 つまり、百九十センチぐらいだ。



 そして、というか、やはり、左腕が無い。



 正真正銘。


 本物の隻腕の拳赫けんかくこと、錦花鶴祇である。


 日本の極道の頂点に君臨する、朱拳しゅげん会の会長……。


 しかし、おかしいぞ。


 朱拳会は華舞伎町かぶきちょうの極道組織だ。


 そう……だから……街羽市まちばしにいるわけ無い。


 もしいたとしても、まさか朱拳会のトップである会長が、華舞伎町を離れるなんて考えられない。


 うん。つまり。これは夢だな。


 そして僕は瞳を閉じて、ほほをつねってから、ゆっくりと瞳を開いた……。



 すると僕の目の前には──やっぱ本物の会長が立ってたッ!

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