第36話 一度は言ってみたい名台詞、つーかその前に一回死んだぞッ!



 *19



 「──言うんかいいいい! ってあれ?」



 「「────?」」

 




 この場に居る、心絵こころえとタルマが、僕を不思議そうな目で見ている……。


 と言うか──不思議な目で見ている。


 いや、これは不思議な目では無く……不審ふしんなモノを見る目だ。



 つまり僕は、不審者だと思われてしまった訳である。


 つーか、お前ら……そんな目で僕を見るんじゃない!



 それに、あいつ僕のツッコミが終わる前に、死んだ結果を取り消しやがったぞ。


 これじゃあ僕が、いきなり意味不明な大声を出した、馬鹿な奴みたいじゃないか!


 物凄く恥ずかしいぞ……!



 ていうか──絶対に分かってて、やったとしか思えない。


 クソっ!


 あいつ、もしかして、ずっとタイミング狙ってたのか?


 と言うか、もしかしてじゃない!


 あいつは完全にタイミングを狙っていやがった!



 『もう一人』の自分とは言え、ふざけた奴だ。


 何だか無性に腹が立って来たぞ。


 でもあいつは、僕の頭の中に居て、声だけしか無いから──姿形があれば殴れるのだが、それが無いから殴る事もできない。


 かと言って、自分の頭を自分で殴ったら痛いだけだし。


 急に大声を出した痛い奴になっているのに、ここで自分を殴ったら、二重の意味で痛くなってしまう……。



 それに今──急に自分の頭を殴ったら、完璧にただの頭がおかしい馬鹿な奴だと思われるだけだ。


 あいつ考えていやがる……!


 自分の能力なのに、まるで頭にくる攻撃をしてくる敵みたいな奴だ。


 そして、僕の頭の中で勝手にしゃべるから、またしても二重の意味で、頭にくる。


 まあ、僕の頭の中で、あいつが喋るのは、僕が特殊能力で死んだ時だけだが。


 これが二十四時間、四六時中しろくじちゅう、僕の頭の中で喋っていたら、きっと僕の精神が発狂してしまうだろう。


 他の『ピース能力者』たちは、この『もう一人』の自分と、どのように付き合っているのだろうか。


 ある意味で、これも精神力を訓練する事なのか?


 それとも、僕の頭の中に居る、あいつだけが変な奴なのか?


 他の能力者たちの頭の中に居る奴らは、もっと普通なのだろうか……。



 だとすると、僕の頭の中に居る【リザルト・キャンセラー】だけが、しゃくさわる奴なのか?


 うーん……、だとしてもだ、それを確かめるには、他の能力者たちにいてみるしか無いしなー。


 ていうか、確か癪って、胸や腹の痛みに対しての言葉だから、この場合は、変な意味になるが、頭痛に障ると言うべきなのだろう。



 いやいや、そんな事よりも、あんなに長いこと会話をしていたのに。


 不愉快な気分にさせられた所為せいで、会話の内容をほとんど忘れてしまった。




 「お……おい……チミ……。……っぱ」




 ──ん?


 見ると、タルマが信じられない、とでも言いたそうな、驚きを隠しきれない表情をしている。




 「ボキの『カッパー・ダスト』が効か無いなんて……。な、なんだチミは……? っぱ?」



 「なんだチミはってか? そうです。私が変な学生さんです──って馬鹿!」




 つい条件反射で、あの伝説の名台詞を言ってしまった。


 しかし──言ってから後悔した。


 なぜなら、誰も笑っていなかったからである。


 もしや……、心絵もタルマも、あの名台詞を知らないのか?


 なんだか、僕がスベった感じで、少し恥ずかしい……。




 「おかしな事を言ってないで、ボキの質問に対して真面目に答えろ! 何でボキの『カッパー・ダスト』が効かないんだ! アレを少しでも吸い込むと、数秒で肉体全ての臓器が腐る能力なんだぞ! いったい、なんなんだよチミは! っぱ!」



 「なんなんだよチミはってか? そうです。私が──って二回も言う訳ねえだろ!」




 【リザルト・キャンセラー】の奴が言っていた通り、どうやらタルマは僕が死んだ事に、気がついて無いようだ。


 そして、タルマは自分の能力が僕には効かないと思っている。


 その時、なんの気配も足音も無く、僕の後ろで急に暢気のんきな声が聞こえた。

 言わずもがな、その声は灰玄かいげんである。




 「ごめんごめん。ちょっと遅くなっちゃった」



 「うわああああああ! お前は灰玄! 何でこんなとこに居るんだ!? っぱ!?」



 「おいわっぱ。何でアタシの名前を知ってるのよ。まあいいわ。そんなことよりも、あの馬鹿女を──」



 「いや、ローザならさっきまで居たけど。もう居ないよ」



 「──え?」




 僕が言うと、鳩が豆鉄砲を食らったような表情をする灰玄。

 いつもは鋭い目をした灰玄が、まん丸に瞳を見開いて驚く顔を見て、少しだけ可愛いと思っている自分がいた。


 あろう事か、殺人陰陽師を数瞬でも可愛いと思ってしまうなんて、迂闊うかつである。

 そしてタルマが、冷や汗を大量に垂らしながら、慌てふためいていた。

 でもその前に──



 「来るのが遅いんだよ灰玄! いったい何してたんだ!」



 「いやー。ちょっと店から電話がね。やれやれ、全く歳を取ると、どうも長話しになってしまって困るな」



 「歳って。灰玄は若いじゃん」



 「あっ……! 違うわよ。店長の小僧が歳なのよ。それよりも、この死体の山はなに? 酷いわね。まるで地獄絵図じゃない」



 「ローザが運んで来た死体だけど。ていうか、灰玄は僕を殺そうとしたんだし、死体なんて見慣れてるだろ?」



 「ちょっと鏡佑きょうすけ。アタシを鬼畜外道みたいに言うんじゃない。確かに人は殺してきたが、深い事情があるのよ」



 「事情ねえ……。それってどんな事情?」



 「それは……、色々よ」




 出たよ。

 また色々。


 だが、あの死体の山を見て、灰玄は『まるで地獄絵図』と言った。

 と言うことは、少なからず人間の情を持った、殺人陰陽師なのだろうか。

 しかし、なんだろう。

 殺人陰陽師である灰玄が、死体の山を見て眉間みけんしわをよせている顔を見ると、まるで灰玄が殺人を否定しているようで、なんとも複雑な気分になる。




 「まあ、あの馬鹿女が、こんなに死体を運んで来て、何をするのが目的かは知らぬが、捨て置けぬな。おいそこの童! ここに居るということは、あの馬鹿女の知り合いだな? この死体の山をどうするのかは分からぬが、どうやらお前にも仕置きが必要みたいね」



 「冗談じゃない! こんなとこで殺されてたまるか! ボキは逃げる! っぱ!」




 言って、タルマは自分の白衣のポケットから半透明のシャボン玉を取り出した。

 きっと僕が、あの黒いビー玉こと【ピースの黒石こくせき】が、僕のてのひらに入って慌てている最中に、回収したのだろう。


 だが、タルマが消える前に、もう一つだけきたい事が僕にはあったのだ。




 「ちょっと待った! 最後に一つだけ教えてくれ。何であのゾンビみたいな奴らは【パープル】って言うんだ?」



 「あれは『パープル・カプセル』で脱血症状になってるからだ! つまり体中の血液が循環じゅんかんしなくなって、体の皮膚全体がチアノーゼや壊死えしのように紫色に変色するから、【パープル】って呼んでいるだけだよ。じゃあボキは逃げ──おっといけない。ローザさんの軍服を忘れるとこだった。っぱ」




 言い終わると、タルマが半透明のシャボン玉を手に持ちながら、椅子にかけてあった、ローザの軍服を取った。




 「ん? ローザさんの軍服のポケットに何か入って──あっ! これ発信器じゃないか! だからこの場所が分かったのか! っぱ!」




 タルマは軍服のポケットの中から取り出した、その発信器をコンクリートの床に捨てると、手に持っていた半透明のシャボン玉を割り。

 例の如く、まぶしい閃光が周囲を包み込んだ。


 そして僕がゆっくりと、閉じていた瞳を開くと、タルマの姿は消えていた。

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