第30話 タバコを吸う時はマナーを守ろう



 *13



 頼む……頼むから……早く来てくれ灰玄かいげん


 僕は早く家に帰りたいんだ。


 早く助けに来てくれたら──うめい棒三本買ってあげるから!




 「あー! ちょちょちょ、ちょっとここに【パープル】の失敗作を、ほほほ、放置しないで下さいよ。ちゃちゃちゃ、ちゃんと生産ラインルームの中に──」



 「ああん!? アタイに命令すんのか? 持ってきてやっただけでも、ありがてえと思えってんだ。ったくよおー! アネゴの命令だから仕方ねえけど、何でアタイがこんなガキの使いっぱしりみてえなこと、しなくちゃいけねえんだよ! 『材料』の運搬うんぱんは他のやつの担当だろーが!」



 「だだだ、だってローザさんがあれだけ造った、パパパ【パープル】たちを三分の一も失うから──」



 「おいホラキ……何か言ったか?」




 ローザが気に食わないと言った風な顔で、目の前にあるキーボードに向かって、まだ吸っている途中の火のついた煙草たばこを投げた。


 と言うか……火のついた煙草を機械に投げるのはまずいだろ……。


 その前に、機械であろうと道路であろうと、煙草のポイ捨てはまずいだろ。




 「ちょちょちょちょっとおおお! ななな何してるんですか! こここ、このキーボードパネルは、とてもデリケートなんですよ! たたた煙草を吸うのはローザさんの自由ですけど、ちゃんと喫煙きつえんマナーを守って携帯灰皿けいたいはいざらを持って下さい。そそそ、それにこのサーバールームは禁煙なんですよ。たたた煙草の煙は精密機器にとって故障の原因に──」



 「ガタガタうっせーんだよ! アタイは吸いたい時にタバコを吸って、捨てたい時にタバコを捨てんだ! 文句があんなら言ってみろ!」



 「……いえ……べべべ別に……」




 うわー。ローザの奴、相変わらず滅茶苦茶なこと言ってるよ……。




 「つーかオメーらよお。よくあんな胸クソりぃ肉ジュースなんてずっと見て、平気なツラしていられんなー。オメーら頭イカれてんのか?」



 「ろろろ、ローザさん。いいい、イカれてるって言葉は差別用語ですよ。そそそ、そういうことは言わないで下さい」



 「なーにが差別だよ、バカかオメーは。本当のことじゃねえか。イカれてんだから、イカれてるって言って何が悪りぃんだよ!」




 うーん……、確かにローザの言うことには一理ある。


 だが、差別用語なのも事実だ。


 でも──自分勝手という言葉が服を着て歩いているようなローザには、何を言っても無駄だろう。



 それにしても、ローザから『ほらき』と呼ばれている白衣を着た、吃音きつおん口調の男性は、そこそこ長身に見えるのだが。



 病弱そうで血色が悪く、青白い肌をしていて、ひょろっとした体は今にも栄養失調で倒れそうなほど、ガリガリにせ細った、まさに骨と皮だけと言った風だ。


 そして、死んだ魚のような弱々しい黒色の細い瞳には、左眼に四角形の片眼鏡かためがねをかけている。


 大きな四角形の片眼鏡なので、まるで某漫画に登場するスカウターのようだ。



 と言うか──極めつけは、その髪型である。


 きっと栄養不足が原因なのかと思うのだが……。



 あぶらぎった黒髪のテクノカットなのだが……悲しいかな、頭頂部とうちょうぶがスカスカの回転草かいてんぐさのように、ハゲ散らかっているのだ。



 つまり──てっぺんハゲである。


 その頭を見て、僕は河童かっぱを連想した。


 ていうか、これは──河童ヘアーだ!



 まあ、本人は好きでそんな髪型になったわけでは無いと思うが…………。



 だが、ズバリその雰囲気は──臥龍がりょうよりも歳上の、五十代を過ぎているオッサンに見える。


 もしかしたら、そのハゲ──じゃなくて髪型の所為せいで、老けて見えるだけなのかもしれないけれど。


 しかし、どこから見ても老けて見えるのである。




 そして河童──じゃなくて、『ほらき』と呼ばれている人の横に居る、もう一人の無言でローザを見ている男性の白衣には、左側だけに、これでもかと言ったぐらいの途轍とてつもない数の、色とりどりの缶バッチが付いている。


 缶バッチマニアなのだろうか。



 それに小柄で細身の、やたら可愛い童顔どうがんなので、僕にはそんな趣味は無いが、男性だが化粧をしたら女の子に見えそうなぐらいである。


 まゆが全て隠れた黒髪のマッシュルームカットで、クリっと大きな黒色の丸い瞳をしているから、尚更なおさらだ。



 童顔と言っても──流石に僕よりかは歳上だと思うが、引きこもりの学生のような色白の肌で、身長も明らかに僕より十センチほどは小さく見える。


 なので──たとえ僕より歳上だとしても、僕より歳下だと周りの人に言えば、きっと全員が僕の言葉を信じるだろう。





 「つーか、オメーらは知らねえと思うがよお。あの島で戦闘した時、マジで大変だったんだぞ。【ゼイデン・エピジェネティックス・カプセル】のモンスターが異常成長していやがって、まるで『バルル・マヌル』で大暴れしてるモンスター並みのデカさになっていやがったんだよ。しかも帰った後でアネゴからはスゲー怒られるし、アタイの大事な『Nox・Fangノックスファング』の軍服には、腐ったチーズみてえな臭いが染み付いて取れねえし。あのマグソ蛇女をぶっ倒して、アネゴから新しい【ピース・アニマ】をもらうアタイの計画も消えちまって……散々だぜチキショー。おかげでアタイはヤケ酒飲むハメになって、二日酔いで今スゲー頭が痛ってえんだよ。クッソ……! 頭がズキズキしやがる!」



 「こここ、こっちも大変で頭が痛いんですよ。ろろろ、ローザさんが【パープル】を増やすとか言って、滅多矢鱈めったやたらに世界中に『パープル・カプセル』をバラいたから、ニュースにもなっちゃうし……。ほほほ、他のメンバーは【パープル】の失敗作の回収作業に追われてるんですから。そそそ、それにニュースになってしまったから事後処理も大変なんですよ。ろろろ、ローザさんが必ず【ピース・アニマ】を回収するとか言って、あんなに大量の【パープル】を従えて行ったのに【アルシュレッガの髄液ずいえき】どころか、あれだけの【パープル】を全部失って負けて戻って──」



 「そんだけ言うならオメーが倒しに行けやホラキ! 戦場で闘ったこともねえ製造専門野郎のオメーが、偉そうに口出しすんじゃねえぞ! それにあん時は『ディバラス』で大量の【パープル】を操ってたから、『ゲイン』の消費量がハンパ無かったんだよ! タイマンで勝負してたら絶対アタイが勝ってた。つーかホラキ、【アルシュレッガの髄液】は【ピース・アニマ】じゃなくて【ピース・アニムス】だろーが!」



 「ちちち違いますよ。ななな、何度も説明したじゃないですか。【アルシュレッガの髄液】は体内摂取たいないせっしゅで能力発動する【ピース・アニマ】なんですよ」



 「は? 【ピース・アニマ】は生きてる・・・・道具だろーが! なんで体ん中に入れんだよ! んなことより『アニマ』も『アニムス』も似たようなもんだろ!」



 「ぜぜぜ全然違いますよ。そそそ、それにですね。どどど道具では無くて『アニマ』は『生命兵器』の総称で、その【ピース・アニマ】は様々なタイプが──」



 「いちいちこまけえんだよ! ようするに不死身になんだろ?」



 「ちちち違います。ふふふ不死身に限りなく・・・・近くなるだけで、完全な不死身では無いです。きゅきゅきゅ、急速な細胞活性で、人体が本来の姿に戻ろうとする復元本能が働いてるだけです」



 「結局は不死身の再生能力みてーなもんじゃねーか。それに【アルシュレッガの髄液】を使うと、『ゲイン』を無限に消費できんだろ?」




 言いながら、ローザはホットパンツの後ろポケットから煙草を取り出し、シルバーのジッポーライターでくちびるくわえた煙草に火をつけて、また煙草を吸い始めた。


 しかし、あいつらの会話は、何を言ってるのかさっぱり分からない。


 発売されたばかりのテレビゲームを、なんの情報も無しに、始めてプレイした時ぐらい分からないぞ。



 けれども──今さっきニュースになっていると言っていたが。


 僕の目の前に山積みにされた死体たちは、どれも肌の色が赤紫色に変色している。


 確か今日の午前中、臥龍がマスクをして、パンデミックなんとかのニュースの説明の中で、体の色が赤紫色になって約一日で死ぬ謎の奇病という、台詞せりふを言っていたが……。


 まさか、臥龍が言っていたニュースと、目の前の赤紫色の死体たちは、パンデミックなんとかと関連しているのだろうか。






 「ままま、まあ。むむむ無限では無いですけど、限りなく無限に消費することは可能です。そそそ、それにさっきも言いましたけど。こここ、ここは禁煙です」



 「あーあ。無限に『ゲイン』が消費できれば、あの島でアタイが勝ってたのによお……つっても、今のアタイの『ゲイン』量だと、あれ以上『ゲイン』を消費したら『アウト・ゲイン』で能力が暴走してアタイが死んじまうんだよなー。でも次に会ったら……確実にあのマグソ蛇女をぶっ殺す! ドープにな!」




 今まさに、ローザが言っている人物は、この建物の上に居るわけなのだが……。


 しかしまあ──紫煙しえんくゆらせながらしゃべるローザは、男勝りの性格も相まって、煙草を吸う姿がなんとも絵になっている。


 そして……禁煙と言われたことについては、完全に無視していやがる……。



 と言うか──なんだか寒くなってきたぞ。



 最初は凄く涼しい場所だと感じていたが、ずっと止まって静かに隠れているだけだから、上着が欲しい。



 心絵こころえは着物だからいいが、僕は半袖のTシャツ一枚だから……これ以上じっとしていたら、風邪をひいてしまいそうである。



 ────ッ!?


 まずい!


 クシャミが出そうだ……!



 駄目だ……今クシャミなんてしたら、隠れているのがバレてしまうぞ。



 僕は必死で自分の鼻をおさえて、クシャミを我慢した。



 ────ふぅ……危ない危ない。


 クシャミはなんとか回避できた。




 ……ていうか遅い!


 灰玄はいったい、いつまで爆弾の設置に時間をかけているんだよ。



 マジで早く来てくれ!



 このままだと……本当に風邪をひいてしまう。

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