第27話 爆弾運びも楽じゃない……って! そんなもん運ばせんな!
*10
僕が予想した通り、案の定──
しかも、午前中と同じ場所に……。
本当に
「
「いや、まあ。ちょっとしたことだ。気にしないでくれ……」
灰玄はきっと、僕が腹痛で腹を壊したのだと思っているのだろうが、これはさっき、
食中毒などの腹痛とは違うが、ある意味で、心絵のパンチは腹が壊れるかと思ったほどだ。
そして心絵は、僕の後ろに立ち、謝りもせず涼しげな顔をしている。
やれやれ、見た目は綺麗で
暴力少女と言うか──暴力陰陽師少女だ。
「ほら。車の後部座席に道具を
言って、灰玄は車の中の後部座席を指差した。
見ると──後部座席には、頑張れば大人が一人分は入れるほどの、黒くて大きなアタッシュケースが四つあった。
道具とは言っていたが……こんなに大きなアタッシュケースに、いったいどんな道具が入っているのだろうか。
しかも四つもあるし。
「ボケっとしてないで、早くこれ持って」
灰玄から、大きなアタッシュケースを一つ渡されたので持った──のだが。
重っ!
重すぎる。
僕が想像していた以上に重いぞこれ。
確かに、見た目はとても大きなアタッシュケースだ。
だが──これは、いくら何でも重すぎる。
重すぎて持てないので、僕はいったん、車のシートに置いた。
「アンタなにしてんのよ」
「いや、これ重すぎるって……」
「何が重すぎるよ──だらし無いわね、男のくせに」
だらし無いと言われても、重いものは重いのだ。
これ──重量は分からないが、五十キロ以上はあるぞ。
いったい、どんな道具が入っているのだろうか。
少し中身が気になったので、アタッシュケースを開けてみた。
そのアタッシュケースの中に入っていたのは──細長くて黒い紙粘土のような物が、びっしり入っていた。
僕はてっきり、工具とかだと思ったのだが、いったいこれは何の道具なのだろう。
「ちょっと鏡佑。勝手に開けるんじゃないわよ」
「ああ、悪い。ていうか、これなに? 紙粘土みたいに見えるんだけど」
「それは紙粘土じゃなくて、爆弾よ。落としたら爆発するから気をつけて持ちなさい」
紙粘土じゃなくて爆弾だったのか────爆弾?
「お前は地下ボクシングクラブのリーダーだったのか!?」
僕のツッコミに、灰玄は不思議そうな顔をして、
どうやら、あの有名な映画は知らないようだ。
「わけの分からないこと言ってないで、早く運びなさい」
「いやいや運べるわけ無いだろ! つーか、さっきあれだけ陰陽師について力説していたのに、何で爆弾なんて持ってくるんだよ!」
「一度使ってみたかったのよ。それに昔から、古きを学び新しきを知るって言うでしょ」
「はあ……。先人たちは今頃、お前に古き知恵を悪用されたことを、後悔してると思うぞ」
「あっ、それ間違ってるわよ」
灰玄は自分の人差し指を伸ばして──僕を指差して言った。
人差し指とは、全く失礼な奴である。
「間違ってるって──なにが?」
「知恵のことよ」
「──言ってる意味が、分からないんだけど」
「アンタもしかして、知識と知恵の違いも知らないの?」
「え? どっちも似たような意味だろ?」
「…………それ、冗談で言っているのよね?」
「いや、真面目に言ってるんだけど」
「
本当に呆れた顔をされた。
と言うか、僕のことを馬鹿な奴みたいに見るんじゃない。
重ね重ね、失礼な奴である。
「あのね鏡佑。知識と知恵の意味は、全然違うのよ。いい? 知識は書物などから得る教訓で、知恵は自分が学んだ知識を実際に体験して、獲得した経験から得る教訓よ。アンタ、経験値って言葉知ってる?」
「あっ。それなら知ってる。経験値って、ゲームで敵を倒すと獲得できるやつだろ? 敵がボスだと経験値も高いんだよなー。もしかして、灰玄もゲームやるの?」
「────アンタが何を言ってるのか分からないけれど。まあ、理解したならそれでいいわ」
どうやら、灰玄はゲームそのものが分からないようだ。
ほんの
まるで、母親から「今日の夕食はハンバーグよ」と、言われて。胸が高鳴っていたのに。
いざ、夕食のテーブルに並んだハンバーグが、豆腐ハンバーグだった時のような、ガッカリ感である。
世の中の豆腐ハンバーグ好きの人には申し訳ないが──僕は豆腐が苦手なのだ。
「つまり。アタシは経験して、知恵を得るために爆弾を持ってきたのよ。ちなみに手作り」
「やっぱり地下ボクシングクラブのリーダーじゃねえか!」
おいおい勘弁してくれ…………爆弾なんて冗談じゃないぞ。
こんなの運んだら、僕は犯罪の片棒を担いでいるのと一緒じゃないか。
工具などの道具を運ぶならいいが──爆弾を運ぶ気なんて、僕には毛頭無いぞ。
「早くこれ持って。さっさと山に登るわよ」
言って、灰玄にアタッシュケースを手渡された。
うう……。まさか爆弾を運ぶことになるなんて……。
でも……やっぱり……これは……重すぎて持てない!
「ちょっとこれ無理だよ。重すぎるって」
「全く男のくせに──じゃあ、アンタはもういいわ。おい、そこの心絵家の小娘。アタシが二つ持つから、アンタは残りの二つを持ちなさい」
灰玄が言うと、無言で二つのアタッシュケースを持つ心絵。
どんだけ怪力なんだよ……こいつ。
「鏡佑。アンタはこれを持ちなさい。アタシは両手がふさがってて持てないから」
灰玄にトランシーバーのような物を渡された。
まあ、これなら軽いから大丈夫だ。
しかし──これはなんだ?
いったい、何に使うのだろうか。
分からないから
それに──爆弾みたいに危ない物だったら嫌だし……。
「なあ灰玄。このトランシーバーみたいなのは、何なんだ?」
「それは爆弾の起爆スイッチの道具。落としたりしたら、この爆弾全部が爆発するから、ちゃんと持ってなさい」
「おいいいいい! そんな一番危ない物を持たせるんじゃねえよ!」
「だったら、アンタが重いって言った、爆弾の方を持つ?」
「うーん……、いや、それは無理」
ふざけんなよ……マジで危ない物じゃねえか。
どうしよう、とりあえず両手で持って、もし転んだとしても、これだけは死守しないと。
死ぬ気で守らないと、本当に僕が死ぬ。
「それじゃあ、さっさと山を登るわよ」
言って、本当にさっさと山を登り始める灰玄と心絵。
二人とも、あんなに重いアタッシュケースを両手に持っているのに、まるで何も入っていないバッグを持っているように、軽快な足取りで山を登っている。
その前に、山を登る道は森林に囲まれているので、月明かりも届かない。
つまり──暗いなんてレベルでは無く、闇だ。
なのに、足下が普通に見えているかのように、すたすたと登って行く。
夜目が利くどころでは無い。
いったい──あの二人には、この闇がどう映っているのだろうか。
そして──僕は両手で爆弾の起爆スイッチの道具を死守しながら、携帯電話のライトを付けて、両手が使えないから携帯電話を口で噛んで、足下をライトで照らしながら慎重に歩いている。
認めたくは無いが、女性二人が重い物を持ち、男である僕がビビりながら、軽いトランシーバーのような道具を両手で持ち、携帯電話を口で噛んでいる姿は──実に情けない。
「鏡佑。アンタって男なのに、女に重い荷物を持たせるなんて情けないわね」
うっ……、心の中で思っていることを、他人から言われると、余計に情けなくなってきた。
しかし歩くのが速いな。
もう少し、僕のペースに合わせてもらいたい。
うっかりズッコケて、爆弾の起爆スイッチを押してしまったら、本当に死ぬぞ。
だが、僕が死なないとしても、大きな問題があることに気がついた。
爆弾ということは、つまり灰玄は、あの廃工場を爆破するつもりなのだろう。
あの廃工場は事故物件なので、綺麗さっぱり消し飛んだら、逆に喜ばれるかもしれないが──ここは山の中だ。
つまり、山火事になってしまう。
もし山火事にでもなったら、近隣に民家は無いとしても、とんでもない被害になってしまうぞ。
爆弾の音も凄いが、爆風で廃工場の破片が飛んで、誰かが怪我をする恐れもある。
浮かれている灰玄は、周りのことを考えていないから、ここは僕がなんとしても止めないと。
携帯電話を口で噛みながら
「なあ灰玄。大事な話しがあるんだけど。ここは山の中だから、爆弾なんて使ったら山火事になるぞ。だから──爆弾を使うのは止めないか?」
「それもそうね──」
あの灰玄が僕の提案を受け入れたぞ!
「──じゃあ、『
爆弾を使う気は──満々のようだ……。
そして、僕の提案は爆弾を使う前なのに──
「うーん……。山火事か──炎ってことだから、ちょっと疲れるけれど、真空の壁の『
くすくすと笑いながら言う灰玄。
いったい──今の話しのどこに、笑えるツボがあったのだろうか。
謎である。
「あのさあ。何で笑ってるのか知らないけど。いつまでって何のこと?」
「え? アンタひょっとして──
僕にそう訊いてきた灰玄の顔は、まるで自分の目の前に隕石が落ちてきて、二の句が継げないような表情をしている。
「あー。そっかそっか。太平記は知ってるけれど、あの怪鳥だけ知らないってことでしょ?」
「いや、タイヘイキなんて知らないよ。ていうか、タイヘイキってなに? 古代兵器みたいなやつ?」
「…………いや、アンタに言ったアタシが悪かった。うーん……。今の小僧は太平記を知らないのか……結構面白いんだけどな…………」
言ってる間に──山の上にある廃工場まで着いた。
「よし! じゃあ真空の──いや。ちょっと待って」
灰玄が廃工場のフェンスの前で立ち止まり、なにやら考え事をしている。
どうしたのだろうか。
「駄目だな。面白く無い。真空状態で爆弾を使ったら、爆弾を持ってきた意味がない」
……なに言ってんだこいつ。
「真空以外で、となると──うん。あれを使おう」
言うなり、灰玄は両手に持っていたアタッシュケースを地面に置き、フェンスの周りを少し歩き始めた。
あいつ──もしかして、ここで爆弾を使う気なんじゃ……。
「おっ! この下がよさそうね」
何がいいのか分からないが、灰玄は地面に
「鏡佑。フェンスの近くに来なさい」
言われたので、一応フェンスの近くに行った。
心絵は、もうフェンスの近くに立っている。
「それじゃあ行くわよ。────『
灰玄の声と同時に、地面の下から岩石の壁が突然、
その勢いはまるで、壊れた消火栓から水が天高く飛び出しているようだ。
そして、その岩石は廃工場全体を、丸々囲むようにして、ドーム状の巨大な岩石の壁になった。
なんじゃこりゃ!?
ていうか……これ……僕が外に出られ無いじゃん!
つまり──岩石の壁に、閉じ込められた。
「まっ。これぐらいでいいか」
「全然よくねえよ! 僕が帰れないじゃないか!」
「だったらアンタも廃工場の中に来なさいよ」
「ふざけんな! 一緒に廃工場の中に入るなんて約束はしてねえぞ! さっさと僕を岩の外に出せ!」
「別にいいわよ。岩の外に出してあげる代わりに、謝礼は出してあげないから」
「はっ!? 僕はここまで謝礼のために頑張ったんだぞ!」
「なら来なさい」
そして、灰玄は地面に置いてあった、二つのアタッシュケースを再び持つと、まるで小さな水たまりを、ぴょんと飛び越えるように──音も無く自分の身長の二倍ぐらいはあるフェンスを、重いアタッシュケースを二つ持ったままジャンプして、廃工場の敷地の中に入った。
くっ……!
こいつ……外に出す代わりに、謝礼は出さないとか、人を小馬鹿にするようなこと言いやがって。
「どうしたのよ鏡佑。謝礼欲しくないの?」
「……廃工場の中に入れば……いいんだな? でも、何か危ない目に
「分かってる分かってる。それに、心絵家の小娘もいるから大丈夫よ」
やれやれ、灰玄は何も分かっていない。
大丈夫とか、そういう話しでは無くて、僕は廃工場の中に入るのが嫌なのだ。
でも……入らないと、今日の午前中からの努力が水の泡になるし。
それに、こんな岩石の壁に閉じ込められた場所に居るのも嫌だ。
はあ……しょうがない。助けてくれるって言ったし、行くだけ行くか。
僕の十万円のために!
しかし──この雑草の壁と化したフェンスをよじ登るのは簡単だが、問題は、この爆弾の起爆スイッチの道具をどうするかだ。
両手で持っているから、足だけでフェンスをよじ登ることもできないし。
「鏡佑。早く来なさいよ」
「いや……両手でトランシーバーを──じゃなくて。爆弾の起爆スイッチの道具を持ってるから、そっちに行けないんだけど……」
「アンタって奴は……仕方無いわね」
言って、灰玄が両手に持ってるアタッシュケースを地面に置き、ジャンプしてフェンスを飛び越え、僕の方に来た。
そして──僕の首根っこを
ていうか、結構強い力で掴まれたから、首が痛い。
「お前なあ……。僕の首を掴んでジャンプするなら、先に言ってからにしろよ」
「いちいち
何が手伝っただよ。
こいつが、こんな訳の分からない、巨大な岩石の壁で僕を閉じ込めなかったら、今頃はすぐに山を下りて、謝礼の十万円を何に使うか考えていたのに。
そして、訳の分からないことがもう一つ。
僕が灰玄に首根っこを掴まれて、ジャンプしてフェンスを飛び越え、廃工場の敷地の中に入ると同時に、心絵もジャンプして、敷地の中に入っていた。
重いアタッシュケースを両手に持ったままでだ。
こいつは、いったい、どこまでついて来るのだろう。
ていうか、謝礼のためとは言え、よくよく考えたら──灰玄が後先考えずに、巨大な岩石の壁なんて造って、その中に僕を閉じ込めやがったから、入りたくも無い廃工場に、入る流れになってしまったわけだ。
つまり、こいつが余計なことをした
と言うか──なんだか今日は、午前中から灰玄に振り回されっぱなしではないか。
くそ……もし、本当に危ない目に遭わされたら、謝礼の金額を二倍にして請求してやる!
それよりも……午前中の時に、謝礼はいらないから、夜は一人で行けと言えばよかった。
今さら悔やんでも意味は無いのだが。
ああ…………何だかもう、泣きたくなってきた。
と言うか、泣きてえ……!
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