第20話 幽霊よりもお金の誘惑の方が怖い



 *3



 神子蛇灰玄みこだかいげん

 僕を殺そうとした張本人。

 突然、島から消えた、人間の姿をした──人間では無い……何か。




 僕の目の前で、切断された腕を一瞬で再生させた不死身の体を持つ、何か。


 無神論者を標的にする冷血な殺人鬼。


 人を殺す事に対して、一片の躊躇もしない──殺人鬼。




 その殺人鬼が今──僕の目の前に立っている。


 やっと地獄のような出来事が終わったと思ったのに。


 まさか、東京まで追いかけて来て、再び僕を殺す気なのだろうか。


 いや、まさかではない。絶対に殺す気だ。



 どうしよう……警察に連絡──した所で意味はないだろう。


 こいつの速さは人間のそれでは無い、僕が携帯電話を取り出す前に、軽々と僕を殺すことが出来るのだから。



 さっきまで、あんなに五月蝿うるさかった臥龍がりょうも黙っ──あれ?

 臥龍がいない。


 あいつ! また自分だけ逃げやがったのか!?


 いやいや、でも変だ。

 こんな短時間で急に姿を消すことなんて出来る訳が無い。




 「本当にアンタ達って、いっつもやかましいのね。店の外まで聞こえてたわよ、アンタ達の声」



 怯える僕を無視して、涼し気な表情で、ずかずかと店の中に入って来る灰玄。


 まるで自分の家のように。




 「何回もノックしてたんだから、ちゃんと出て来なさいよ。それに何よこれ。汚いわねー。店なんだから掃除ぐらいしなさいよ。埃だらけじゃない」




 僕が臥龍に声を大にして言いたい台詞を、灰玄が変わりに代弁してくれた。


 本人はどこにもいないけど……。

 ていうか、焦点を当てるのはそこでは無い。


 どうやって、この場を切り抜けるかだ。

 逃げようにも……扉までダッシュして外に出る前に灰玄に捕まるのは必然だ。


 どうしよう── 

 


 「ちょっと! さっきから何で黙って突っ立ってるのよ。お茶ぐらい出しなさい」



 灰玄が僕に言い寄って来た。


 最初に出会った時は眼鏡めがねを掛けていたが、今は掛けていない。


 どうやら本当に伊達だて眼鏡のようだ──もしくは、コンタクトレンズ?


 それに、最初の頃とは少し印象が変わっている。



 ピタッとした黒のスラックスに、ピシっとしわ一つ無い真っ白なワイシャツは変わらずなのだが。


 スラックスの中からラフにワイシャツを出している。首もとには、小さいがシルバーのネックレスも付けているし、靴も真っ白なハイヒールを履いている。



 髪型は相変わらずシニヨンのままなので、やたら胸が強調されているが、何だか、こちらの方が妙にしっくりしている。



 最初に出会った時の雰囲気は、真面目な女性教師のようだったが。


 今はクールだが、ちょいラフな格好いい大人の女性ファッションと言った感じ。



 本来なら、容姿端麗の灰玄が、このような格好で街中を歩いていたら、世の男性は振り返るのだろうが。


 その──眼を合わせてしまったら余りの眼光の鋭さに、石にされてしまうのではと思うほどの釣り目は、はっきり言って恐いの一言に尽きる。


 眼鏡を掛けていないから尚更だ。


 つまり、言い寄って来た灰玄の威圧感はハンパない。




 「鏡佑きょうすけ。アタシの話し聞いてるの?」




 名前で呼ばれた。

 しかも本名の方で。


 慣れ慣れしいと言うよりも、その口調はなんだか、学校の教師のような少し偉そうな感じである。



 だが臥龍とは違って、傲慢な雰囲気では無く、恐い体育教師のような口調だ。


 しかし……どうしたものか。


 ここでずっと黙っている訳にもいかないし──とりあえず……会話をしないと。




 「あ、ああ……聞いてるけど……」




 しまった!


 ついタメ口で殺人鬼と話してしまった。




 「聞こえてるなら返事ぐらいしなさいよ。あの後大変だったんだから」




 あれ?

 タメ口については何も言ってこないぞ。



 まあ、僕も殺人鬼に敬語なんて使いたくないけれど。


 だって僕は殺人鬼を尊敬なんてしていないからだ。


 それに大変だったのは僕の方だ!


 でも、一応話しを合わせておこう。




 「大変って……なにが?」


 「クルーザーよ。アンタ達が勝手に乗って行ったから、アタシは泳ぐ羽目になったんだから」


 「東京まで泳いで来たのか!?」


 「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。沖縄まで泳いで、それから飛行機で東京まで来たの」




 だよな。

 東京まで泳いで来る訳ないか。


 沖縄まで泳ぐのも十分凄いと思うが。





 「それで……東京まで来て……いったい……」


 「もっとハキハキ喋りなさい。アンタ男でしょ」



 殺人鬼に注意されてしまった……。




 「だから……東京まで来て、僕を殺しに来たんじゃ──」


 「違うわよ」



 あっさり否定する灰玄。



 「じゃあ──何しに来たんだ? 観光とか?」


 「なんで観光なのよ。アタシは目的があって、ここまで来たの」


 「目的って……また無神論者を殺す──」


 「だから違うわよ。それにもう……種蛇島たねだしまが沈んでしまったから、それも意味が無いのよ……」




 急に暗い表情になった。


 ていうか、あの沈んだ島と無神論者を殺す事に、何か特別な意味というか……繋がりでもあるのだろうか。



 まあ、特別な意味があるのは確かだろう。


 特別な意味も無く無神論者を殺すなら、わざわざ島まで連れて行かなくても、その辺の道ばたで殺せば事足りるのだから。


 それなら、いったいどんな目的で東京まで来たのだろうか。




 「あの、えっと……、その種子島が沈んで、無神論者を殺す意味が無くなったなら、いったいどんな目的で来たんだ?」


 「はあ……。種子島じゃなくて種蛇島よ。それに目的なんて一つしか無いでしょ。アタシの大事な島を奪ったあいつらに仕返しするのよ」


 「あいつら?」


 「アンタも島で見たでしょ。黒い軍服姿の馬鹿女よ」




 灰玄が言っている、その女性とはローザのことだろう。


 僕をゾンビにしようとしたローザ。


 ローザもまた、間接的ではあるが僕を殺そうとした一人だ。



 間接的──では無いな。

 檻から出た後は、ローザ自身の言葉で僕を「殺す」と言っていたのだから。



 でも、灰玄は僕を殺す為に、ここに居るのでは無いと分かって、ほっとした。


 そうか仕返しか──仕返し?


 仕返しなら、灰玄一人でやればいいのに、何でこいつは店に来たんだ?

 それに、あいつらってなんだ?


 ローザ以外にも、ローザみたいな危険人物がいるのか?




 「その馬鹿女に仕返しする為に来たんだけど、アタシはここの地理に詳しく無いのよ。この街に住んでる知り合いもいないし、だからアタシに協力しなさい。この街に住んでるんだから、土地勘ぐらいあるんでしょ?」




 こいつなに言ってやがるんだ?


 僕のことを殺そうとしたくせに協力しろなんて。


 臥龍も自己中心的だが、灰玄も負けず劣らず酷い自己中心的っぷりだな。


 あっ、そうだ!




 「あの……灰玄さん?」


 「灰玄でいいわよ。それでなに?」




 どうやら臥龍と違い、敬語に固執しない性格らしい。




 「僕よりも、臥龍の方が土地勘があるから、臥龍に頼んだ方がいいと思うんだけど。今はどっか行っちゃって、いないけど」


 「あらそう。所で、その学者小僧の臥龍だけど、そこのレジの下に隠れてるわよ」




 言われた通り、レジの下を覗いてみると臥龍が隠れていた。




 「おい……なにやってんだ?」


 「ふっ。コンタクトレンズを落としてしまってね。探していたんだよ」


 「お前はコンタクトレンズなんて付けてないだろ!」


 「そんなことよりも、今さらっと俺の偉大な名前を呼び捨てにしただろ。つまり九条くじょう君──俺に謝れ!」


 「うるせえ! 自分だけ隠れてた奴が偉そうに言うな!」


 「はいはい、そこまで。アンタ達の下らない口喧嘩に付き合ってるほど、アタシは暇じゃないのよ。どっちでもいいから協力しなさい」


 「ちょ、ちょっと待った!」


 「今度はなによ?」




 協力しろと言われて、「はい分かりました」なんて僕も臥龍も言う訳無いが。

 それよりも──


 協力する前に、とても重要なことがあるのだ。


 つまりローザの居場所である。



 確かに僕は、街羽市まちばしの土地勘には自信がある。


 と言うか、知らない場所なんて無いと言ってもいいぐらいだ。



 なぜなら、僕の趣味は自転車で街羽市周辺を探検することだからだ。


 しかし──いくら土地勘に自信があっても、相手が何処に居るのか分からなければ意味が無いのである。




 「今──協力しろって言ったけど、それは無理だ」


 「あら。どうして?」


 「いや……どうしてって。そんなの決まってるだろ。相手の居場所も分からないのに協力なんて出来ないからだよ」


 「ああ、なるほどね。そう言うことか」


 「そうそう、そう言う──」


 「それなら大丈夫。問題ないわ」




 なぬ?

 どうして問題ないのだ?


 相手の居場所が分からないんだぞ。




 「あの馬鹿女の軍服に発信器を付けておいたのよ。この街に来たのも、その発信器を辿っていたら、ここからずっと移動して無いから来たってわけ」


 「ここ?」


 「そう。ここよ」




 ポケットから街羽市の地図を取り出し、「ここ」と言いながら、地図の中の場所を指差す灰玄。



 見ると、その場所は街羽市名物の一つである、六国山ろっこくやまだった。


 名物と言っても、心霊スポットとして有名な場所である。


 何を隠そう街羽市は心霊スポットが多いのだ。



 糸の道しかり、尾根山街道おねやまかいどうしかり、僕が知ってるだけでも、かなりたくさんある。

 東京都内で一番心霊スポットが多いのは街羽市などと、よくインターネットのオカルト掲示板でも書き込まれているぐらいだ。



 それも、そのはず。


 街羽市は元々が山岳地帯で、それを人が住めるように平地にした土地なのだ。


 しかし、平地と言っても、まだまだ丘陵地きゅうりょうちの場所も多く、畑や森林も多い。



 都市開発の目的で、いわく付きの山や谷を平地にして、その作業の際に、多くの作業員が亡くなったと言う話しも耳にしている。



 地元民の間では、山や谷の神様の祟りと言う人もいるぐらいだ。


 まあ、僕は幽霊なんて信じて無いけれども……しかし、その数ある心霊スポットの中でも、六国山は別格なのである。



 丁度、地理的に街羽市の真ん中ぐらいに位置しているこの山は、起伏が非常に激しく、その周辺には民家など無い。



 変わりに、山頂付近には森林で隠れるようにして、廃工場がある。


 この廃工場だが、以前は製薬工場だったらしく、新しく工場を修繕しようと数々の業者が立ち入ったのだが──立ち入った業者の人間は、誰もが帰らぬ人となったのだ。



 原因は不明で、ただの不慮の事故として扱われている。

 なので──もうこの廃工場に立ち入る業者はいない。



 街羽市も放置状態にしている。

 つまり事故物件扱いなのだ。


 山が呪われているのか、廃工場が呪われているのかは知らないが。


 地元では有名な山──呪われた六国山と呼ばれている。



 僕は昼に六国山に立ち寄ったことがあるが──昼だと言うのに森林に囲まれて太陽の光りも余り届かず、お目当ての山頂付近にある廃工場まで行ったのだが、錆びれた金網のフェンスで囲まれたその廃工場を見た瞬間、一度でも入った者を、暗闇の世界に引きづり込むような底の知れない恐怖心を僕に植え付け──逃げるように帰った思い出がある。



 その時の不気味さと息苦しさは、今でも鮮明に覚えている。


 なぜなら、僕は廃工場を見た時に、視界が歪んで意識を失いそうになり、吐き気すら感じたからだ。


 より正確に言うなら、廃工場の周囲の空間も歪んで見えた。



 それはまるで、その廃工場を取り囲むように──いや、廃工場の中から死の瘴気が充満して立ち籠めているようだった。



 本当に六国山は、他の心霊スポットとは別格なのだと言うことを僕は肌で感じたのである。



 そして、これは聞いた話しなので、眉唾かもしれないが。



 六国山は、鎌倉時代から宿場として使われていたらしいのだが、しかし、その山中には山賊や人攫ひとさらい、辻斬りなども横行していたと言う話しだ。



 その時に殺された人々の霊魂が、今でも山の中で成仏出来ずに彷徨っているなんて噂話しも飛び交っている。



 しかし──幽霊は信じていないのだが、六国山に行った時の恐怖心を思い出すと、もしかして本当に幽霊がいるのではないのかと思わせるほどの不気味さは十分にあった。



 ここまでの話しだと、なんだか街羽市が山や谷に囲まれた心霊スポットの名所のようだ。


 だが、決して街羽市が、山や谷や畑だらけの田舎と言っている訳では無い。


 その証拠に、街羽市の駅周辺は都会なのだから。


 少し離れると……山や谷や畑ばかりだが……。


 しかし断じて田舎では無い!


 くどいようだが、駅周辺はマジで都会なんだぜ?




 灰玄は「それで」と、会話を続けた。




 「どっちがこの街に詳しいの?」



 僕はすぐに臥龍を指差した。

 臥龍はすぐに僕を指差した。




 「おいふざけんな! お前が最初に灰玄と知り合いになったんだから、お前が灰玄に協力してやれ!」


 「俺だって協力したいのは山々だが、今日は大学で講義があるんだよ!」


 「そう言ってまた自分だけ逃げる気だろ! 僕は絶対に行かないからな!」




 六国山は……はっきり言って僕のトラウマでもある。

 二度と行きたく無い場所の一つだ。



 軽い気持ちで有名な心霊スポットに行くものでは無いと、心の底から思ったほどなのだから。


 しかも、理由は分からないが、なぜか僕を殺そうとしたローザまでいる。


 これは二重の意味で恐ろしい。



 だから──なんとしても臥龍に行かせて、僕は家に帰るんだ!




 「ふうん。学者小僧の臥龍は大学か──っで、鏡佑。アンタは?」


 「え? ああ……ぼ、僕も大学で講義が……」


 「アンタは高校生でしょ! それに今は夏休みじゃないの?」




 うっ……まずいぞ……。


 この流れだと僕が行くことになってしまう。




 「ああ、そっか──鏡佑。アンタは高校生だから、協力したら謝礼を出すわよ」


 「──え?」


 「謝礼よ。つまり、お小遣いを出して上げるって言ったの」


 「お小遣い……」




 数瞬だが、そのお小遣いと言う言葉の響きに心が揺らいでしまった。


 でも行きたく無い気持ちに変わりは無い。

 自分の命はお金では買えないのだ。




 「ふっ。よかったな九条君。アベレージな学生の君には、お金が必要だろ? これで金欠にならずに済むな。よかったよかった」




 お前は黙っとけや……腹が立つ!




 「ちなみに……謝礼ってどれぐらい?」


 「アタシも今はこっちに来たばかりだから、まあ、十万円ぐらいかな」




 十万円だと!?


 十万円あれば冷房──いやいや、冷房は臥龍に買わせるんだった。


 だが、十万円あれば僕が欲しいゲームソフトがたくさん買えるぞ。


 漫画もたくさん買えるし、お菓子やジュースもたくさん買って、この夏休みは冷房の効いた部屋で完全武装で引きこもれる。



 あっ!


 でも臥龍の奴が、冷房はパンデミック何とかが終わるまで駄目だって言ってたから……ここはやっぱり冷房を買うべきなのだろうか。



 いやいや待て待て。


 焦るな自分!



 もっと良い答えがあるはずだ──


 ──そうだ!


 灰玄に上手いこと理由を付けて、冷房も買ってもらおう!


 マスクも付けて無いし、灰玄はパンデミック何とかは気にしていないと見た。


 ていうか、こいつは不死身なのだから、そんなことを気にする必要も無いのだろう。




 「それで? どうするのよ鏡佑」


 「よ……よし。分かった。協力するよ」


 「そうと決まれば早く出発──」


 「ちょっと待った!」


 「今度はなによ?」


 「ところで……道案内の協力だから……危なくは無いんだよな?」


 「当たり前でしょ」




 ああよかった。


 そうだよな、道案内だけだもんな。




 「アンタは心配し過ぎなのよ。それに謝礼も出すんだから損はしないでしょ? ちょっと骨の二本か三本ぐらい折れるかもしれないってだけで、大袈裟なのよ」




 そうだよな。

 道案内の謝礼で十万円もらえるんだから損な話しじゃ無いよな。


 それに骨の二本か三本ぐらいで──骨?




 「なんで道案内だけで骨が折れるんだよ!」


 「万が一ってやつだから大丈夫よ」


 「そんな大損しか無い万が一があってたまるか! 僕は絶対に協力しないからな!」


 「でも運良く骨が折れなかったら大儲けじゃない」


 「それ骨が折れること前提の話しになってるじゃねえか! 僕は嫌だからな! 絶対に行かないからな!」




 全力でレジが置いてあるテーブルにしがみつく僕。



 そんな僕の右足首を片手で掴み──


 軽々と僕を引っぱり両手をテーブルから離され──


 ずるずると僕を床に引きずり外に連れて行こうとする灰玄。




 「嫌だああああ! おうちに帰るううううう!」


 「行くったら行くのよ。おいそこの学者小僧。少しの間だけ、この坊や借りるけれど、いいわよね?」




 臥龍が少し心配そうに僕を見ている。


 そうだよ。

 思えば臥龍と僕は、あの島で死線をくぐり抜けて、一緒に助かったんだ。


 いわば、戦友のようなものじゃないか。



 そう、だから、臥龍ならきっと止めに入るはずだ。


 臥龍なら、きっと、あの三文字の言葉を言うはずだ。




 「どうぞ」


 「違うだろおおおお! 今は『どうぞ』じゃなくて『だめだ』って言う場面だろ!」


 「ま、まあいいじゃないか。あれだよ、あれ。君も高校生なんだし、社会科見学の一環として、良い勉強になるんじゃないのか?」


 「どこに命懸けの社会科見学をさせる高校があるんだよ! 仮にもお前は大学教授なんだから学生を守るのが本分だろうが!」


 「仮では無い! 立派な教授だ。四年後には名誉教授になる男だ!」

 

 


 こんな奴が教授として大学に蔓延はびこっているなんて考えると、日本は闇の底から永遠に浮上出来ないと思わずにはいられない。


 と言うか……何か大事なことを忘れているような……。


 ──あっ!


 臥龍の奴、パンデミックが終わるまで外に出ないとかって言ってたのに、大学で講義があるなんておかしな話しだぞ。




 「それに九条君。行ってみたら案外楽しいかもしれないじゃないか。若いうちは色々経験しておいた方がいいぞ。それじゃあ俺は大学で講義があるから──」


 「ちょっと待て! お前パンデミック何とかのワクチンが完成するまで、外には出ないとか言ってたのに、大学に行って講義するなんて変じゃないか!」


 「ち、違う! 俺を待つ優秀な生徒達のために……俺はこの身を削って講義に行くんだ! それにパンデミック何とかでは無い、パンデミックウイルスだ。まあ、そう言うことだから九条君、頑張って道案内するんだぞ」


 「あっ、お前! 今自分だけ助かったって顔しやがったな! この薄情者があああ!」


 「ほら。うだうだ言ってないで、早く行くわよ」


 「嫌だああああ! 行きたく無いよおおおお!」





 灰玄に片足を掴まれて、ずるずると床を引きずられながら、外に連れ出される僕。



 その姿は──実に無様な光景であった。

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