第3話 髪を染めまくってるとハゲやすくなるから気をつけろッ!



 *3



 ――――大分、話が逸れてしまったので、そろそろ話しを本題に戻そう。


 母も無理、親戚も無理、弟の鏡侍郎も無理。

 最後の頼みで、友人から冷房を買うお金を借りようとも思ったのだが……僕には友人がいなかった――



 冷房もない、友人もいない、おまけに通帳にはお金がない。

 僕はこんな村いやだ、まあここは、東京なのだが。

 それに、割りと栄えている方だ、駅の周辺だけだが……。

 

 母も……親戚も……弟も……友人も……誰からも……冷房を買うお金を借りることが出来ないで、八方塞がりになってしまった――


 まあ、正確には、四方塞がりなのだが……。

 そして、改めて自分には友人がいないことを、思い知らされてしまった……。

 

 こう言うのを、泣きっ面に蜂と表現するのだろう、きっと蜂の種類は、猛毒を持つオオスズメバチに違いない……!

 しかもアナフィラキシーショック状態――



 だが……ちょっと待てよ……!

 冷房なんて十万円もあれば買えるじゃないか!

 短期の日払いアルバイトを、十日間ぐらい続ければ、すぐに何とかなる!



 ――――そう思い、冷房が壊れた日からずっと、アルバイトを探しているのに……まさか……十二回も落ちるなんて……!


 なんだか…………ここまで落ちると、自分を否定されているようで……世界から僕だけ一人置き去りにされたような、はっきり言えば……僕は無価値な人間だと思ってしまう程に、自暴自棄になっている自分が……ここにいた――



 思えば、冷房が壊れた一週間前から……来る日も来る日も……同じ質問ばかりだ……。

 「なぜ、うちを選んだのですか?」

 相手から、どうしてうちでアルバイトをしたいのか聞かれても、そんなの、冷房を買うお金を溜める為に決まっている。


 他には何の理由もない。

 十万円が貯まったら、はいサヨナラだ。


 履歴書の志望動機なんて、冷房が壊れたからに決まっているのに、相手の顔色をうかがいながら、興味も無い事について、質問責めされた挙げ句、不採用と来たものだ。


 志望動機を聞く権利が相手にあるなら、こっちには僕を採用する気があるのか、聞く権利ぐらいあるだろ!


 それが民主主義だ。

 それが平等な社会と言うものだ。


 多分違うと思うけど……。


 ――そして、気が付けばもう……夏休みに入っていた……。


 もう…………うんざりだ……。

 何が面接だ、ふざけるな…!

 全て消え失せろ!


 この不の螺旋と言う名の……呪いの雨の中から……太陽の日が、僕を照らす時は来るのだろうか――

 この呪いのゲリラ豪雨が、これ以上降りつづけたら……僕はきっと溺死する……!


 早くなんとかしなければ……そう思いながらトボトボと自転車で家路に向かった――


 もし……本当に……太陽の光が僕を照らす時が、訪れるなら……その光の先に仕事はきっとあると信じて……トボトボと自転車で家路に向かった――



 僕はトボトボと自転車で家路に向かう帰り道の途中で、自己主張の強そうな、いかにもセレブ御用達の風な、前面ガラス張りの高級レストランを見つけガラスに映る自分を眺めた……。


 ――別に、ナルシストと言うことでは無く、自分の服装を再確認するためだ。


 うだるような暑さの中で、ご丁寧なまでに首もとまでネクタイを締め、おまけに真夏だと言うのに学生服のブレザーまで着用し、着崩は一切していない。


 よし、服装は完璧だ。そこに落ち度は無い。

 面接に落ちる原因が服装では無いことだけは分かる――


 しかし……。まあ、よくこんな外から丸見えの落ち着かないレストランで、優雅に食事が出来るものだ。



 金持ち連中の考えはよく分からない。

 ――もしかして、自分達がセレブであると通行人に主張したいが為に、わざわざ外から丸見えの高級レストランに入っているのではないかと……そんな下らない邪推を考えている自分がいた。


 我ながら、とても……つむじ曲がりの性格だ……。


 それは、さて置き。

 ちゃんと学生服も来ていて、この真夏の中で、クールビズ主義の世の中とは言え面接なのだから、かきたくもない汗をかきながら、ネクタイとブレザーまで着ているのにどうして落とされるのか……。


 もしかしたら、髪の色が原因なのかもしれないとも思ったが。ピカピカのガラスに映る自分の髪の色は、ちゃんと真っ黒に染められていた。


 僕がなぜ、髪の色を気にするのかと言うと、僕と弟の鏡侍郎は産まれた時から、髪の色が金髪なのだ、だが外国人ではない。


 母は髪の色が真っ黒な日本人であり、父も日本人である。

 それに、父が映った写真を見ても、父の髪の色も真っ黒だ。


 僕と弟の鏡侍郎だけが、地毛の色が金髪なのだ――そして瞳の色があかいのだ。


 ひょっとして、僕の家系に外国人でもいるのだろか……?

 そう思い、母に親戚の中に、外国人が居るのかと聞いたことがあったが、僕の質問に対する母の返答は「居ない」と言う答えだった。



 それなら、父の親戚の方に居るのかと、母に聞こうと思ったこともあるのだが……。

 父ではなく、父の親戚の方について聞くのは、母の心の傷口を広げるかもしれないので――僕の胸の中に閉まっている。


 きっと、父の親戚の方に外国人がいるのだろうと、自分の中で勝手に思い込み解決をすることにした。


 いや、これは誤りだ。

 自分の中で解決したと言ったけれども、実際は、そう思い込むようにしたのは、医者から言われたからなのだ。



 昔、病院で精密検査をしたことがあったが、どこにも異常は無いと言われた。

 なぜ、病院で検査をしたのかと言うと。

 生後すぐに、親が地毛の金髪の方では無く、紅い瞳の方を心配し病院で検査をしたからだ。



 医者から聞いた話しなのだが、瞳の色が紅いことを【アルビノ】と言う先天性白皮症せんてんせいはくひしょうと呼ぶのだそうだ。

 医者からは遺伝子疾患とも言われた。



 やれやれ。まったく神様は、余計な遺伝を僕にプレゼントしてくれたものだ……。

 まあ、神様なんて、僕は毛ほどにも信じてはいないのだけれども。


 なぜなら、神様がいるのだとしたら、僕が十二回も面接に落ちるわけがないからだ。救いの手をさしのべてくれても……良いはずなのだから。



 いかんいかん、また誰かのせいにして、責任転嫁をしようとしているぞ……。

 ――――『誰か』?

 違うな、神様は人では無く、概念なのだから、この場合『誰か』と言う表現はおかしいか。



 まあしかしだ、一つだけ救い……なのかは、分からないけれども。

 医者からは「眼球の色素は薄くなればなるほどに、視力が低下する」と、親は医者から言われたみたいなのだが。不幸中の幸いなのだろう、視力には全くに異常はない。



 と言うか、良い方だ。

 両目とも裸眼で、視力が【1.5】もあり、弟の鏡侍郎もほぼ同じぐらい視力が良い。

 さらに医者から「眼球の色素が薄いと、紫外線に対しての耐性が弱く、太陽などの強い光に不快感や眼痛を感じる」とも言われたみたいなのだが、その様な自覚症状も一切ない。



 物心が付いた頃に、また病院に行き、色々と検査をしたのだが。医者から言われた様々な眼疾患について、見事なまでに全て忘れてしまった。

 なぜなら、全くに眼球の異常を感じてはいなかったので、他人事のように聞いていたからだ。


 だが、この言葉だけなら覚えている――

 医者曰く「もしかしたら、ご家族の方に外国人の方でもいて、それが原因かもしれません」と言われた。


 医者曰く「まあ視力も悪くは無いようだし、眼痛などの自覚症状がないなら、別に深く考えないで放っておいても良い」とも言われた。


 適当な医者だ。

 無責任な医者だ。

 とてつもなく酷い医者だ。



 少しは原因について、深く考えても良いだろうに。

 むしろ、こんな人体の不思議に対して、少しは興味を持たないのだろうか……。

 まあ、単なる遺伝なら、不思議でもなんでも無いのだが。



 ――いや……不思議なことなら一つだけある。

 と言うと、なんだか大袈裟かもしれないのだが――何故だか弟にだけ、奇行があった。

 時々だが独り言を……言うのだ。


 独り言なら誰にだって、一度や二度ぐらいはあるとは思うのだが。弟のそれは、独り言なのに独り言に聞こえないのだ。それは、誰かと話しをしているような、独り言なのだ。


 僕以上に人付き合い――と言うよりも、人付き合いそのものが出来ないと思うのだが。たまに、家に帰って来た弟の自室から、誰かと大事な話しでもしているかのような声が聞こえて、僕はバレないように、静かに弟の自室を覗いてみると……。


 そこには弟の鏡侍郎の姿しかなく、携帯電話で誰かと話しをしている姿もないのだ。


 僕はその奇行について、聞いてみてもいいのだが――面倒なことになりそうなので、聞いてはいない。

 荒事はごめんだ。



 さわらぬ神に祟りなし。

 と言うか、さわらぬ破壊神に大災害なしだ。


 まあ、実は兄弟喧嘩なんて、一度もしたことがないのだが。

 もしかしたら、喧嘩相手の対象とさえ、思われていないのかもしれない……。

 なんだか、自分で言っているうちに、とても悲しくなってきた。



 やれやれ、実に威厳のない兄である。

 そして、そんな僕を兄とも思っていない、奇行で非行な、実に危険で毅然な我が弟である。


 そんな訳で、僕は不良と間違えられたくは無いから、毎日ちゃんと黒染めスプレーで髪を黒くしているし。髪だけ黒くて瞳だけ紅いのは妙にアンバランスなので、黒色のカラーコンタクトまでしなくてはならない。


 実に散財な体をしている。


 毎日、髪を黒くするためにスプレーをして、瞳を黒色にするために、カラーコンタクトをするのは金銭的にも時間的にも二重の意味で浪費している。


 しかし、最初はスプレーでは無く、普通に染めるだけだったのだが、一週間も持たずに、すぐに根本から金髪が主張してくるので、泣く泣くスプレーに変えたのだ。

 黒く染めた髪から金髪が伸びて来ると、まさに逆プリンヘアーになってしまう。


 格好は……お世辞にも良いとは言えない。

 まあ、プリンヘアーも、格好が良いとは言えないけれども。


 なので、面倒だが毎日スプレーで髪を黒くして、黒色のカラーコンタクトまでしなくてはならないのだ。


 まるで、夏休み中にハメを外し過ぎて、夏休みあけの初登校時に、染めた髪を慌ててスプレーで黒く染める、中途半端な、黒にも白にも染まれない男子高校生みたいに。


 僕が言っている、黒にも白にも染まれない、の意味は。不良にも優等生にもなれないでいる、どっちつかずのフワフワと、地に足がついていない奴と言う意味だ。



 断じて、僕のことを言っているわけではない。

 そう、決して僕ではない。

 まあ、僕では。

 いや、もうやめよう……。



 そして、僕とは正反対に、弟の鏡侍郎は髪を黒く染めてはいないので金髪のままだ、もちろん瞳もだ。

 きっと、面倒だと思っているのだろう。いや、確実に面倒だと思っているに違いない。

 だから余計に目立って、不良達から標的にされる。


 大きな体格、そして金髪、おまけに相手を威圧し睨むような目つきをした、三白眼の紅い瞳――

 不良達に絡まれない要素はどこにもない。

 むしろ、絡まれる要素しかない。



 ――そんなことを考えながら、ピカピカのガラスに映る自分の姿を、まじまじと見ている僕がいた。

 髪の色が真っ黒な自分、瞳の色が真っ黒な自分。

 そこにも面接に落とされる、落ち度は無い。



 ならば、履歴書が原因なのだろうか。

 確かに達筆とは言えないが、汚い字でもない、とても平均的な字だ。

 まあ、字の綺麗や汚いに対して、平均があるのかは分からないが――



 むしろ、人の書く字に対して、平均的と言う言葉を使うのは妙な表現に思える。

 と言うか、妙な表現だ。



 平均とは統計だ、ならば統計を計算しなくてはならない。いったいどうやって、人の書く字の善し悪しを区別して計算し、統計に出せるのだろうか?


 いや、無理だ。出せないだろう。

 平均とは明確でなくてはならない。だが、人の書く字に明確さは無い。

 絵画みたいなものだ、生き写しのような絵を美しいと思う人もいれば、いったい何を表現したいのか、そもそも何が描かれているのかさえ分からない絵を、美しいと思う人もいる。


 人の書く字もきっとそうだろう。

 だから僕の書く字にも――落ち度は無いのだろうと思う。


 ……なんだか、どうして落とされ続けるのか、分からなくなって来た。


 しかし、落とされると言うことは、また新たに履歴書を書かなくてはならない、と言うことだ。

 はっきり言って、僕は履歴書を書くのが嫌いだ。


 文字を書くのが嫌いなのでは無く、たったの一文字も失敗が許されないからだ。

 全て完璧に書き上げても、最後の最後で、一文字だけでも間違えれば、使い物にならなくなる妙な重圧感が嫌いなのだ。


 また家に帰り、あの重圧感が僕を待っているのかと思うと……気分が落ちて行く。

 とても憂鬱だ。


 こんな晴れない気分の時に、僕が毎回やることと言えば、自転車でいつもは通らない道を見つけて、探検感覚で新たな道を開拓することだ。


 早い話しが僕の密かな趣味だ。

 そして……家でダラけながら、漫画やアニメやゲームをするインドアな趣味もあるのだが、

アウトドアな趣味と言えば、一人ででも出来る、こんな趣味ぐらいしかないのだ。


 実に悲しいかな我が人生……。

 しかし、おかげで街羽市の地理に関しては、相当に自信がある。

 もう知らない道は無いと言っても、過言ではない程に探索しきっている。



 それでも少しは、僕の晴れない、心の気分転換にはなるのだろうと思い。僕は心にズッシリと重たく居座っている憂鬱を、無理矢理に持ち上げて、ガラスに映る自分の晴れない姿から別れを告げ、自転車で少し遠回りをして家路に向かうことにした。

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