第11話『IMF』

【注意】この話はフィクションです。実在かつ存命中の人物が多数登場しますが、当作品での出来事の多くが、話の構成の都合上、出鱈目です。その点をご了承の上でお楽しみいただきますよう、よろしくお願いいたします。


【補足】今第十一話は、第一五回BRICS会議(二〇二三年八月二十四日)、つまり第六話『新世界より』の少し前の出来事となります。当作品に対する、読者様の理解の一助となればと思い、ここに記します。


 


 __二〇二三年八月十三日、世間は夏一色で浮かれている頃、閣議終了後の国会にて__


 同年四月、岸田総理はエジプトに対し一千億円の円借款を取り付けた際、秘書官であり息子の翔太郎の考えを一蹴した。しかし二〇二三年五月五日に発生した震度六強の能登半島での地震を受け、第九管区海上保安本部海洋情報部海洋調査課課長アザレス・雨寺あまてらへの猜疑心さいぎしんを募らせるようになり、翔太郎のオカルトチックな推察を信じ始めていた。


 アザレス・雨寺及び海上保安庁の動きに目を光らせる岸田総理は、海上保安庁の上部組織である国土交通省と連携を図るべく、国土交通大臣の斉藤鉄夫さいとうてつおと会話の機会を設けたのだった。



 

「斉藤さん。ちょっと話が」

 と、斉藤鉄夫国土交通相に、気さくに話しかける岸田総理。


「ああ、総理。総理の方から話しかけてくるとは、何か臭いますなぁ」

 と、斉藤大臣は目を細めて、総理に軽いジャブパンチを放つ。

 

「あぁ、ご名答です、大臣。お忙しいところ恐れ入りますが、今お時間ちょっとよろしいですか?」

 と、低姿勢な岸田総理。

  

「もちろん、総理の頼みとあらば」

 と、斉藤大臣。


「これはどうも。で、突拍子もない質問になってしまうのですが、海上保安庁に、エジプト人と日本人のハーフの女性がいらっしゃいましたよね?」


「あぁ! そう言えば、海上保安庁長官の石井昌平いしいしょうへいさんから、そんな話を聞いたことがあります。でも、どうしてそんなことを聞かれるのです?」


「ちょっと込み入った事情がありまして……」


 岸田総理は、斉藤大臣の耳元に近づき、近くに誰もいないか、周囲を見渡す。


「他にあまり聞かれたくない内容なので、行間を汲み取っていただける前提で手短にお話ししますが……パレスチナの地で、イスラエルとハマスの対立が日に日に深刻化しています。私の見立てでは、ハマス・イスラエル戦争の火蓋が切られるのも時間の問題。持ってあと……二ヶ月。いや、血気盛んなハマスはそうはいかないでしょう。一ヶ月と半月ほどと見ています。パレスチナ自治区ガザへの人道救援物資を送ることに尽力しているエジプトに、我々が手を差し伸べずに指をくわえて待っているのは、いかがなものかと思うのです」

 と、岸田総理は小声でそう言った。


「あぁ、なるほど、見えてますね、総理。そのハーフの女性とやらに、日本とエジプトのパイプ役になってもらおうと……」


「ええ、その通り。スエズ運河を持つ国でもありますからね、あそこは。地中海の方から、インド洋を通って日本にやってくる船が、どれだけあることか……」

 と、岸田総理は、食い気味に言葉を被せた。


「そこまでおっしゃらずともわかりますよ、さすが外交の岸田総理。我が母校東工大の学生に、地政学の授業でもしてもらいたいですな」

 と、感心する斉藤大臣。


「いえいえ、もっと他に適任者がいるでしょう。私は遠慮しておきます」


「いやぁ、もったいない。で、エジプトには、どういったアプローチを?」


「あぁ……追加で数十億から、数百億でしょうか。まだわかりませんが」


「そうですか。何かと海外への依存の激しい日本が、世界から孤立しないよう一定量のODA(政府開発援助)の策を取るのは、妥当な手段と思いますよ、私も。まぁとにかく、石井さんには、そのエジプト人と日本人のハーフの女性とやらについて、聞いておきますよ」

 と、斉藤大臣は、岸田総理の考えに賛成の様子。


「ご理解とご協力、ありがとうございます。では、よろしく頼みます」



 

 ***



__その直後、総理大臣官邸の中庭にて__


 岸田総理は、ひとり、孟宗竹もうそうちくの伸びる、広くも簡素な庭で、切り出したままの花崗岩かこうがんに腰掛けていた。左手にはスマートフォン。発信ボタンの上に、右手の人差し指を浮かせた状態で、何かをためらっている様子だった。


「私も父親だ。ひとつ我が息子を信じてみるとするか……」


 意を決して、ボタンに油汗のにじんだ指先を置く。


 発信音。


 先方はすぐに出た。


「もしもし、岸田だ。伊那久いなきゅうくんかね?」


「そ、総理! はい、伊那久です。それで、私なぞに、総理直々にお話があるというのは一体……」


「まだそっちに、斉藤さんや石井さんから連絡は来ていないな?」


「はい、まだです。まぁ、大臣や長官から、そうすぐに連絡が来ることはまずありませんよ、あはは」


「そうか、今日中には、連絡があると思うが、私からも申し出があったことは、他言無用として取り扱うように」


「はっ、はい。承知いたしました」


「では言うぞ。私岸田文雄、日本国の第百一代総理大臣からの直々の頼みだ。それも、国防をかけた……」


「ええっ? そんなに重大なお願いなんですか? 私じゃ役不足ですよ! 違っ、それは誤用でしたっけ? 私じゃ力不足ですよ!」


「伊那久くん、動揺する気持ちは痛いほどにわかる。だが、君がこの役目を任せるに相応しい人間だと私は確信しているよ。これには確かに、国の未来がかかっているかもしれない。しかしそれほど名誉なこともないとは思わないかね?」


「まだ詳細を聞いていませんので、なんとも返事いたしかねますが……」


「伊那久くん……」

 

「はっ! 大変光栄であります!」


「よし。ではこれより伝える。一度しか言わないぞ? そして伝え終わったら、すぐさま日本海の海上にでも投げ捨てて、必ず携帯を再起不能にしてくれ。実はだな……」


 

***


__一分後__ 


「……以上だ。成功を祈る。では切るぞ、この後電話はすぐさま確かな破壊の上処分するように……」

 

「あ、総理ちょっと待ってください! ひとつお尋ねしたいのですが」


「何かね?」


「総理は、ひょっとして……『ミッション・インポッシブル』シリーズとか、お好きですか?」


「……」


 予想外の質問に驚いたのか、口が止まる岸田総理。


「あ、総理? 聞こえてますか?」


I'M Fumio Kishida. 答えはこれで十分だろう」


 岸田総理は、三つのアルファベットを強調して、そう言った。


「『IMF』……」


「うむ」


「すごい! CIAの極秘諜報部隊『ImpossibleインポッシブルMissionsミッションズForceフォース』じゃありま」


 ♪ ピッ ♪


 岸田総理は、すぐに通話を切ると、次の仕事へ向かった。



 

 ***


 


 __翌日、二〇二三年八月十四日__

 

 昨日、第九管区海上保安本部次長の伊那久鳴尾いなきゅうなるおは、内閣総理大臣である岸田文雄から、アザレス・雨寺に近い人間として、彼女に対する諜報任務を頼まれた。表向きは海上保安庁上層部から、雨寺を日本とエジプトの親交の要とするべく、簡単な身辺調査を頼まれただけであったが、実際には、国防をかけた、極秘の大作戦なのであった。

 

 今日、伊那久次長は、岸田総理の命の通り、同じく第九管区本部の部下、折茂猿ノ助おりもさるのすけ和多島希江わたしまきえの二人を連れて、新潟県新潟市東区河渡新町こうどしんまちにある雨寺の自宅の前に来ている。


「雨寺のやつ、いつも出張だの急用だの言って逃げ足が速かったが、こんな空港の目の前に住んでいたとは知らなかった。道理で尻尾をつかむむのが難しいわけだ」

 と、真夏にも関わらず上下長袖の伊那久いなきゅう次長は、額の汗を拭いながらそう言った。


 伊那久次長の腰回りには、小道具がはめ込まれたベルトが巻かれているが、その締まりは悪く、少々だらしない。


「それにしてもすごい邸宅ですね。ほら、見てよ希江きえちゃん。すごい庭」

 と、折茂おりもは、分厚い軍手をした人差し指で、ブロック塀越しの大きな盆栽を指差す。


 折茂の左肩には、大きな脚立と、飛散防止用の巨大なネットが掛かっており、歩き辛そうだ。


「あ、ほんとですね。今日はこれで、雨寺さんとやらの正体を暴いちゃうんだから」

 と、和多島わたしまは、長い剪定鋏せんていばさみの刃を、チョキチョキと動かす。


 和多島の荷物は、それだけだ。

 

「ああ、俺の三十年ローンを組んで建てたマイホームよりもずっと立派だ。こんな日本庭園までこしらえやがって……チッ、しゃくに障るな」


 伊那久は、行儀悪くポケットに手を突っ込んで、そう言い捨てる。

 

「でも次長、大きなお庭があるおかげで、変装に植木屋を選べて、ちょうど良かったじゃないですか。完璧な変装ですよ、これ」

 と、前向きな思考の和多島。


「シーッ! 希江ちゃん、ご近所さんに聞こえたらまずいって」

 と、和多島をたしなめる折茂。


「おい、お前らしくじるなよ? じゃ、この勝手口から入るぞ」


 

 ***



__数分後、アザレス・雨寺の邸宅の中にて__

 

「にしても次長、すごいですね、いとも簡単に鍵を開けちゃうなんて」

 と、伊那久を誉め讃える和多島。


「スパイ映画が好きでね。第九管区本部のオフィスにある雨寺の私物から、指紋を取らせてもらったんだ。いやぁ、家の鍵が指紋認証で助かったよ」

 と、伊那久は右手に持つピンク色の棒をブンブン振り回して言った。


「それ、シリコン製ですか?」

 と、折茂は伊那久に尋ねる。


「いいや、ギョニソだよ?」

 と、何の気無しに言う伊那久。

 

「「ギョニソ?」」


 折茂と和多島の二人は、思わず声を合わせ、大声で驚く。


「うん、魚肉ソーセージ。こんな使い方もあるんだぜ?」


 伊那久は、自慢げに、ギョニソをパクっとかじる。


「後で匂いでバレそう、魚臭いし」

 と、心配する和多島。


「まぁそれより、何か不審な持ち物がないか、ちゃんと探しましょうよ……って、何だこれ?」

 と、折茂は、ウッドボードの上の、一冊の、小さな手帳を手に取った。


 伊那久と和多島は、即座に折茂の横に集合する。

 

「へぇ、変わった材質の紙だな。何から作られてるんだ、これ?」

 と、伊那久は折茂から手帳を取り上げ、いろんな角度から、じっくりと観察する。


「あっ、次長、私にも見せてくださいよっ!」

 と、和多島はジャンプして、手帳を奪う。


「おいっ、手荒に扱うなって、破いたらどうするんだ?」

 と、少し怒る伊那久。


「次長だって折茂さんから無理やり取ったじゃないですかぁ。で、中身はっと……」


 手帳が開かれる。


 すると、ほんの一瞬、三人が気づくはずもないほどの刹那、部屋の中が白い光に包まれる。


 

『その手を離すのだ!!』

 

 何者かの声が、三人の脳に直接訴えかけた。



「なっ、ななな何? いっ、い今何か聞こえませんでしたぁ!?」

 と、慌てふためき、手帳を床に落とす和多島。


「ああ、確かに聞こえたな」

 と、伊那久。


「自分も聞こえました」

 と、折茂も続く。


「これは、俺たち、とんでもないことに巻き込まれているのかもしれないぞ……」

 と、床に落ちた手帳から逃げるように後ずさりする伊那久。


「そっ、それってどう言うことですか次長!?」

 と、和多島も手帳のそばから、飛んで逃げる。


「早くここを出てしまった方が、良さそうですね。僕はお先に失礼しますよぉっ!」

 と、走り去る折茂。


「「あっ! 待て!」」


 三人は、大急ぎで、雨寺邸を後にした。


   

 

***


 


__翌日、二〇二三年八月十五日、獅子ヶ鼻ししがはなより北西へ約四十キロの日本海海上__


 操縦士折茂猿ノ助おりもさるのすけと、第九管区海上保安本部次長の伊那久鳴尾いなきゅうなるお和多島希江わたしまきえを含む十一人の搭乗員を合わせた計十二人は、大型ヘリ『スーパーピューマ』で巡回任務中だった。


 

「なんだあの光る島は?」

 と、伊那久次長。


「次長、何をおっしゃっているのですか?」

 と、搭乗員A。


「お前、あれが見えないのか?」

 

 伊那久は、必死の形相で、その「光る島」とやらがあるらしい方角を指差す。


「はぁ、何も見えませんが」

 と、搭乗員A。


「次長、私も見えます……何なんですかあれは!!」

 と、顔中に冷や汗を垂らす和多島。


「次長も和多島も、どうしたんです? 何だかおかしいですよ?」


「次長……俺からも、報告があります」

 と、やけに落ち着き払う折茂。


「やっぱりそうだよな! 折茂、お前にもあれが見えるか!?」

 不気味な興奮が高まる、伊那久。


「ええ、見えますとも。それに…………」


 折茂は何かを言うのを躊躇ためらう。


「それに、何なんだ?」


 興奮のあまり、操縦席を、後ろから揺さぶる伊那久。


「ハァ……ハァ……ハァ……次長!!」


 折茂は過呼吸になる。


「だから! 何なんだと聞いているだろうが!!!!」

 怒鳴り散らかす伊那久。


「ちょっと、お三方、落ち着いてくださいって!」

 と、三人をなだめようとする搭乗員A。


「どうしたんだ?」

「なんか変だぞ?」

「どう言うことだ?」

「冗談ならやめてくれよ……」


 ざわつく機内。

 

「うっ、うそ、私たちもしかして……」


 何かを察知した様子の和多島。


「ハァ……ハァ……ハァ! このヘリ!! 何かに!! 引き寄せられています!! 操縦装置が言うことを聞かないんですよォ!!!!」


 折茂の叫び。


 ヘリは急降下した。


 光る島へと。


 吸い込まれて。


 消えた。


 海上には、ただ一つ、ヘリの後部のプロペラが、虚しくただようのみだった。




 

 *


 


 

【補足】大まかな時系列的にはこの後、第八話『雫のラピスラズリ』、六話『新世界より』、第七話『金獅子』の順で繋がります。なぜこの順番で物語を展開するのか。それには、明確な意図があるのです。ありがたくも、穴だらけのストーリーから加賀倉の考えを汲み取ってくださった読者様は、かなり現実の世界情勢に明らかな方であると推察します(偉そうに本当に申し訳ございません)。史実のフィクションへの組み込み方にご意見・ご指摘等ございましたら、お手数ですがコメントでご教示いただけますと幸いでございます。大袈裟に聞こえてしまいそうですが、これからも世界情勢について、さらなる勉強を重ねていく所存です。ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。


 〈第十二話『ブルーアイズに恋してる』へ続く〉


 

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