瑠璃色の地球

加賀倉 創作【書く精】

第1話『ロゼッタの悲劇』


__十八世紀末__


 ナポレオン率いるフランスが、エジプトへの軍事遠征で、多くの古代遺物を略奪りゃくだつした。


「ここロゼッタは、今後フランス軍が管理する! 古代の遺物も、王家の財宝も、我々のものだ! 文句のあるものはいるか?」

 と、フランス軍大佐は、馬にまたがりながらげきを飛ばした。


 震え上がる、ロゼッタの人々。その中に一人の、挙動不審きょどうふしんの男がいた。


「おい、そこの青ターバンの男! 怪しいな、何か文句があるのか?」

 男は、大佐に目をつけられてしまった。


「……」

 頭に、異国情緒あふれる青ターバンを巻いたその男は、恐れているのか、口を聞かない。


「おい伍長ごちょう、やつをこっちへ連れてこい。そうだ、ボディチェックを怠るなよ、武器を隠し持ってるかもしれないからな」

 大佐は不敵な笑みを浮かべながら、そう指示した。


 伍長は青ターバンの男の腕を、乱暴に引っ張る。


 男は抵抗せず、震えながらも、大佐をまっすぐ睨みつけて歩く。手には、小さく薄い、何か板のようなものを持っているのが見える。

 

「ほぉ、抵抗しないのか。案外話のわかるやつじゃないか……なんだ、その手に何を持ってる?」


「……」

 

 男は、決して口を聞かず、硬く手を握って、その何かを決して離さない。


「おい、その手に持っているものはなんだ? 金品の類か? 差し出すんだ!」

 そう言って伍長は、男を殴りつける。


「……」


 男はうめき声ひとつあげない。


「くっ……強情ごうじょうな奴め。大佐殿、この男、何かを隠し持っているようですが、渡そうとしません!」


「そうか。伍長、お前の好きなように、そいつにわからせろ」


「はっ! 承知であります! こんなやつ、弾を消費するまでもない」


 伍長は、銃を肩から下ろして、棍棒こんぼうを持つようにして構えると、男の青いターバン目掛けて、思いきり振りかぶった。


 男は頭から鮮血を流し、倒れた。


「へへっ! 頭はよく血が出るからなぁ。案外傷は浅かったりするんだ。一回じゃ足りないな」

 

 伍長は、二度、三度、四度、数えきれないほど、男の頭を殴った。


「そろそろくたばったか」

 伍長はそう吐き捨てると、男の握っていたものをふんだくり、調べた。

 

「……なんだこれは? ただの、なんの変哲もない、手帳じゃないか。生意気にもパピルスを使ってやがる。まぁ、そんなものはもう見飽きたがな」

 伍長はそう言って、手帳を地面に叩きつけると、不必要にも、軍靴ぐんか爪先つまさきでそれをぐりぐりと踏みにじった。


「ふん、大したものでなかったか。この辺りはもう、用済みということか。皆の者、港へ向かうぞ!」

 と、大佐はつまらなさそうに言った。


 そばで怯えていたロゼッタの人々は、くずおれれて、泣いた。


 そんなことは気に留めず、フランス軍は、砂煙を巻き上げながら、港へ向かう。


 軍の隊列の最後尾の荷馬車にばしゃには、巨大な石のようなものが見えた。


 


 その一部始終を、陰から見ていた男がいた。


 


 彼の名は、ジョセフ・バイロン男爵。イギリスの貴族の生まれだった。


 男爵は、フランス軍の動向を探るために、イギリス軍が到着するよりもひと足先に、ロゼッタに潜入していたのだった。


 男爵は物陰から出て、倒れた青ターバンの男に駆け寄った。


「おい! 大丈夫か? 返事をしろ!」

 男爵が男の体を起こし、呼びかけるが、首と四肢は脱力したまま。


 それから、男が返事をすることは、なかった。


 男爵は、側にあった砂に埋もれたパピルスの手帳を拾い上げ、砂を払う。


 動かなくなった男の手に、それを握らせてやろうとしたが、近くにいた者たちに、制止された。


 彼らは、首を横に振った。


 それは、男爵にパピルスの手帳を託す、ということを意味した。


 男爵は現地の人と協力して、王家の谷の近くに、男を土葬した。


 その際、男の頭から赤く染まった青ターバンを外し、綺麗なものと取り替えてやった。


 〈第二話へ続く〉

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