転ばぬ先の石、物書きも歩けば杖にあたる
石末結(いしずえ むすぶ)
”落ちてくる歯車”と音楽の話
物語のひらめき、俗にインスピレーションと呼ばれるものは、しばしば「降ってくる」「下りてくる」と形容されることがある。これを読むあなたも一度は目にしたり、耳にしたことのある表現ではないだろうか。
『なにか劇的なものの核になり得る要素というのは、創作者が自ら産み出すと言うよりも、むしろ”それ”の方からこちらへやってくるものだ』という、過去の創作者の経験則を端的に表していると思う。
ある日突然見慣れない形の歯車が空から降ってきて、物語にごちんとぶつかる。驚いておそるおそる触ってみると、歯車はがっちりとはまり込み、むしろ今までが歯車の欠けた未完成品だったのだと思わせるぐらいに、物語の働きをいきいきとさせる──私としてはそんなイメージが思い浮かぶ。
”落ちてくる歯車”になり得るものや、それがどこにはまり込むかは創作者によって千差万別だろう。それこそ、「まずどのような物語か」という、根本的な部分からインスピレーションに導かれている人もたくさんいるはずだ。
今回は私にとっての”歯車”のひとつ、音楽の話を少しだけしたい。
私にとって、音楽から受けるインスピレーションは具体的なキャラクターの設定や物語の筋立てというより、”世界観を拡張してくれるもの”という色合いが濃い。
キャラクターやタイトル、走馬灯的に飛び飛びで思い浮かぶ名場面(自分で言うな)と、それらが行き着く結末。それらはあらかじめ頭の中である程度組み上げることができている。
しかし、それだけでは中編以上の長さでは書けない。頭の中の抽象的なアイデアを具体的なものに引っ張りあげるとなると、もう一押し欲しくなるときがあるのだ。その世界に自分が佇んで、見て触れて聴いて嗅げると思えるくらいの一押しが。
そういう時は無理に自ら探しには行かない。ただ、その構想と通じるものがある(と私が勝手に思い込める)メッセージや世界観を持つ楽曲を聴くと、不意に“歯車”が落ちてくることがある。
数日前に好きなアーティスト二組それぞれの新曲が出た。早速聴いた。意図せず”歯車“が落ちてきた。しかも今書いている”竜の娘は月と踊る”と、別に構想している作品(カクヨムで書くかはわかりませぬが)、それぞれに。
ボーナスタイム!ラッキー!と思いつつも、結局作者の腕次第でどのような味付けにもなり得るのだから、と気を引き締めた。
夢の中で得てしまったがために、寝起きで素晴らしいものだったことしか思い出せない痛恨の”歯車”なんてものもある。今回得たものはどうにか綺麗に作品に落とし込めると良いのですが。
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