魔法学園、休学のシエルと魔法書庫のトリオンは並んで歩く ③

 シエルはトリオンを連れて、シエルがここに入った入り口まで案内。

 ストラグル・スレットを連発して登っていけばトラップを発動したところまで戻れるかもしれない。

 状況の説明を受けたトリオンは上を見上げて、少し呆れた顔をシエルに向けた。

 

「本当にあんなトラップに引っかかったんですか?」

 

 トリオンの中で、シエルの評価は割と高かったのだが、ダンジョン初心者でも引っかからないような落とし穴トラップにシエルが引っかかってここに来たという話にいささか懐疑的な表情を向ける。

 とはいえ、ここから脱出する為には壁を登る必要がある。

 シエルは張り付きの魔法を連射して、無理矢理力技で登ろうとする。

 そんなシエルの魔法の使い方をしばらくトリオンは見て、天井までどのくらいか指で計測する。

 そしてハァハァと息切れしているシエルに向けて手を掲げた。トリオンの持つ魔法の中から最適な物を選択したのだ。

 途端にシエルの体が軽くなる。そしてトリオンも浮かび上がった。

 

「ウィングです」

 

 噂にはシエルも聞いた事があった飛翔魔法。

 

「その魔法、今の時代、習得制限あるんだよ」

 

 空戦魔導士他、一部の特殊な職業の魔導士以外は習得許可が降りないようになっている。

 空を支配するという事の優位性を人類は魔王との長きに渡る戦争で思い知らされた。

 結果として、空を飛ぶ魔法の全ては管理される事になる。

 

「ウィングがですか?」

 

 トリオンの時代では誰でも使っていた魔法なんだろう。二点間の距離を飛んで移動するというのは非常に効率がいいし、使わない意味が分からない。結果戦争を優位に進める魔法となるのだが、

 

「うん、こりゃ便利だね。そりゃ使用禁止になるね」

「貴方にいくつか尋ねたいのですが」

 

 トリオンがシエルに、いや今の時代に興味を持った。

 

「僕の名前はさっきも名乗ったけどシエルだよ。魔法学園を休学しているシエル。で何? 僕も聞きたい事沢山あるしなんでも聞いて」

 

 二人はシエルがトラップにハマった場所まで浮かんで戻ってきた。トリオンはトラップの位置にシエルの足跡も確認。

 本当に目の前の利口そうな少年がこんなチープなトラップに引っかかったという証拠である。

 トリオンはシエルを呆れ顔で見つめ。

 

「まず」

 

 魔王はどこで勇者に敗れたのか? 魔王の最後はどうだったのか? トリオンの質問は魔王に関する事が多かった。

 魔王城があった場所は? その他、魔王幹部、魔物達はどうなってしまったのか?


「全部分かってないんだ」

 

 シエルが分からないとジェスチャーをする。


「は? そんなわけないでしょう? 二千年後、というのは嘘なんですか?」

「なんらかの隠蔽があったのか分からないけど、勇者様が魔王を討伐した。人類は救われ、人類の時代がきた。それしか歴史は伝わってないんだよ」

 

 シエルはそして続ける。

 

「僕も伝わっている歴史には不信感がある」

 

 なんらかの人類に都合のいいように解釈されている。

 

「人間の貴方がどうしてそう思うんですか? 貴方達の時代なんでしょ?」

「僕は別に魔王にも魔物にも恨みなんかないし、事実を知りたいってのは僕の本質だから」

「……続けて」

「分かっている範囲の話をすると、人類が魔王達魔物に完全勝利する事は不可能なんだよ。魔王だけじゃなく、その他幹部クラスの魔物だって当時の人類からしても脅威の魔物だったんでしょ?」

「えぇ、当然この私も」

 

 トリオンの自信も事実間違いじゃないんだろう。

 

「勇者様一行だけが強かったとしてもとてもじゃない、全面戦争を起こせば人類に勝機はないと思うんだよね」

「それはそうです」

 

 だが、歴史上魔王は勇者に敗れ、魔物達は追いやられた。


「強力な他幹部の行方も不明、人類と魔物の最終戦争に関しても眉唾な文献しかないんだ」

 

 シエルが言いたい事。


「トリオン、君は二千年前の真実を導き出す手掛かりと言っていいと僕は思うんだよね。僕の旅に同行しない? 君の納得がいく物が見つかるかもよ?」

「…………」

 

 拒否をしないが、トリオンは考えていた。そして一言。

 

「貴方達人類に都合の悪い物が見つかるかもしれませんよ?」

 

 それはほぼほぼトリオンの同意の意味であるとシエルは受け取った。

 

 シエルとしては歴史が変わる発見だろうとなんだろうと別に構わない。

 あらゆる魔法に精通したトリオンがいれば多分旅は面白くなる。

 そんなトリオンにシエルは再び手を差し出す。

 

「どんどん見つけようよ。あっ!」

「あっ! ってなんですか? シエル?」

 

 シエルはカチっと再びトラップを発動させてしまったらしい。

 次に踏んだトラップは底が抜けるという地味な物ではなく、どこかに飛ばされる転移魔法がかけられていた。

 シエルとトリオンは狭い空間内に飛ばされた。

 そこには細い悪魔が待ち構えていた。

 

 シエルは学園で学んだ知識を総動員して、このトラップを思い出した。

 魔法転移先に魔物、あるいは悪魔が待っているトラップ。

 授業で学んだ物とは大分様子が違うが、一つヒットした物が思い出された。このトラップは悪魔の証明だ。

 踏み入れた者の命を待ち受けるモンスターが刈り取るという。

 

「悪魔ですね」

「うん、悪魔みたいだね」

 

 低級らしい悪魔はゆっくりとシエルに向かってくる。

 魔物とは違う種族である悪魔はなんらかの制約や盟約の元に動くと聞いていた。そしてその低級らしい悪魔はトラップに引っかかった愚かな人間、今回はシエルの命を奪うつもりなんだろう。

 悪魔の魔力は高い。しかし、悪魔に有効な魔法も存在する。当然、シエルは習得済みである。

 

「こっちきてますよ?」「狙いは僕だね」

 

 悪魔の手の形が鋭い槍状に変わった。

 他人事のようにシエルはその様子を見ながら、あれで刺されたら本気で痛いだろうなとか、悪魔には変身能力があるんだと一つ勉強になったなと考えていた。

 

「やられますよ?」

 

 トリオンの忠告。

 

「助けてって言えば助けてくれる?」

「私が? 人間のシエルを? まぁ、さっきウィングで助けましたけど、メリットがないですよ。貴方を助けて私に何か利がありますか?」

「人類の叡智、無詠唱ファイアーボールを教えよう!」


 トリオンがシエルに興味を持った魔法。

 

「えっ! あれ、貴方のとっておき、秘伝の魔法か何かじゃないんですか? まぁ、教えてくれるのであればやぶさかではないですが」

 

 びっくりするくらいトリオンが食いついた。

 シエルはトリオンの前でゆっくりと無詠唱ファイアーボールの仕組みを答える。

 

「詠唱部分を自動化する魔法の術式を組んでるんだよ。この通り」

 

 シエルは指二本を悪魔に向けて振り下ろすとファイアーボールが飛び出た。

 そして汎用攻撃魔法のファイアーボールを受けた悪魔は攻撃的になった。

 

「ほぉ、術式を改造してるんですね?」

「そうそう! 今の所、無詠唱化できるのは限られてるけど」

 

 魔法の解析マニア達によって元来からある魔法の術式を減らしたり、増やしたりして扱いやすくしてあるのだ。

 

「ほぉー! そんな魔法の使い方があるとは」

「魔法全盛期といわれたトリオンの生まれた時代より、今は効率化重視の生活魔法の方が人権あるから、魔法の時短研究がメインなんだ」

「成程」

「どうよ? トリオン、僕はこれから随分自由な時間があるんだ。僕は勇者様の足取りを探って歴史の相違を調べたい。君の作り手の魔王の事も色々追従してくると思うんだよね? 一緒に行かないかい?」

「ふーむ、今が二千年後であれば身寄りもないですし、まぁいいでしょう」

 

 シエルの願った通りに事が進んだ。

 

「オッケー! じゃあ、悪魔の方やっちゃってもらっていいかな?」

「フン、いいでしょう」

 

 トリオンは目の前まで迫ってきている悪魔に手を向けた。すると悪魔は炎に包まれ焼き尽くされた。

 

「わお! 人類の叡智、無詠唱ファイアーボールだ! 威力が僕とはだんちだけど」

「これは……優れた魔法ですね!」

 

 二千年前に作られた無限の魔法書庫にお墨付きをもらった。

 

「とりま、ここを出たらトリオンの歓迎会に具のないカレーでも食べに行こうか?」

「嫌がらせですか?」

 

 二人は出会って数時間なのに長年の学友のように過去と現在の魔法について語り合い、今に至り並んで歩く。

 

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