魔法学園、休学のシエルと魔法書庫のトリオンは並んで歩く

アヌビス兄さん

プロローグ

なり染めとか、愚痴とか、始まりとか

 はじめに覚えた魔法はなんだっただろう?

 光を通さぬ美しい闇の中で私は生まれた。

 

 星の光も炎の光もそこにはなかった。

 

 ただ安らかな深淵の中に抱かれ、静寂な暗澹と心地よい暗黒の子守唄を永遠に聴いていたかった。


 そんな私は二度目の抱擁の後……

 

 私は……

 私は以前……

 

「お待たせしました! アイスコーヒーとケーキセットのチーズケーキです」

「ありがとう」

 

 店員の少女は顔を赤らめて洗い場なのかキッチンなのかに戻っていく。かつての人間が私の正体を知れば、恐怖に顔を歪め、命乞い虚しく私に滅ぼされていたのに、今やこんなアバンギャルド先鋭的でお洒落な店を作り、飲み物も食べ物も私が覚えている頃とは比べ物にならないくらい見て楽しく、食べて……

 

「んま」

 

 いや、ほんと美味い。

 最初は信じられなかったけど、魔王様と勇者の戦いは一千年も二千年も前に終わったらしい。勇者に魔王様は討伐され、平和な時代がやってきた。

 初めは信じがたかった。

 今は……まぁ、そうなんだろうなと理解はしている。

 魔王様が今だに脅威であれば人間共がこんな風に笑顔で生き生きと生活しているなんて事はないだろう。


 だが、あの魔王様が易々とやられるものなんだろうか? 

 しかし、人間共といがみあっていた亜人種共まで、こんな風に平和ボケしているののだ。当時では考えられん。私達魔王様一派に対抗する為に昔は人間共と各亜人の集落が嫌々結託していたのに、今や人間と亜人種のつがいまでいるのは、驚愕の一言だな。

 

「お客様」

「ん? なんです?」

「お連れ様がいらしたようです」

「あぁ、ようやく来ましたか。通してください」

「かしこまりました」


 西方の人間の特徴である夕焼けの色をした髪と瞳、ズボンに引っ掛けた年季の入った短剣とやたら短い魔法のケイン。ポーターみたいなリュックを背負った人間の少年。私の旅の連れである。


 私の向かう先と彼の向かう先が同じだから一緒にいるくらいの間柄、決して私のマスターでもなければ相棒というわけでもない。


 彼はシエル。


 魔法学園の学生らしい、授業免除とやらの休学制度を使って遺跡やダンジョンを探索して独自の知的好奇心を満たしている十四歳にして立派な変人だ。

 

「トリオン! 新しい遺跡の地図が手に入ったよ!」

「それは良かったです。しかし、シエル。こういった場所で大声で騒ぐのは褒められた事ではないのでは? とりあえず座って何か頼んでください。一緒にいる私が恥ずかしい」

「そうだね。お腹も空いたし、おねーさーん! カレー! 具は抜いて」

オーダーですね。ケーキが有名なお洒落なお店ですよ? その辺の食堂みたいな注文はおやめなさい。迷惑です」

「いや、でもあるよ? カレー」

 

 ランチメニューと書かれたところに確かにライス・カレーと書かれている。

 

「マジですか……それはまぁいいです。で? 次はどんな場所に行くんです?」

「それは行って見てのお楽しみ!」

 

 私は魔王様に作られた雌型の魔造人間。勇者を殺す為にありとあらゆる魔法を学習し、勇者との最終決戦に備えていたのに、私の身に何があったのか? 

 その機会を与えられる事はなく私はとある遺跡に封印されていた。そんな遺跡探索で偶然シエルに出会い、起動させられ今に至る。

 

 私の名はトリオン・エクス・マギア。無限の魔法図書館レコードホルターと呼ばれた古代の魔法兵器。

 

 そう。

 

 かつて、私は人間の魔法学園休学中の少年、シエルと旅をした。

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