月の光に焦がれて

1. 沈む太陽

　「どうして姿を見せてくれないんだ……」

ノアは頭を抱えながら、机に肘をついた。英雄とは思えない、情けないノアに、同期のミロは苦笑いを溢す。

「いい加減、諦めろって。ほら、拷問の記録を見ただろう？　万が一、生きていたとして……言いにくいが……とてもじゃないが、人前には出られないだろう。あいつも女だ」

ミロの言葉に、ノアはピクリと反応する。

「傷ついた女性を拒絶するほど、僕は、腐っていない」

「そういう問題じゃないってば！　あのねぇ、女の子は可愛くありたいの。男みたいに『傷は勲章』とはいかないの」

「どんな姿でも僕は受け入れる。それが彼女の功績だ。大事なのは内面と過程であって……」

「ちっがぁーうッ！！」

ミロは、持っていた資料を床に叩きつけながら叫んだ。何もわかっていないノアへの苛立ちで頭を掻きむしる。

　すると、ちょうどそこに

「どうもー、定期検診でーす」

帝国騎士団では少数派、女性らしい女性であるシャルロットが部屋に入ってきた。

「……何しているんです？」

「ナイスタイミング！　このバカに乙女心ってやつを教えてやってくれよぉ！！」

「はぁ……」

興味なさそうに返事をするシャルロットだったが、ノアの

「外見なんて、どうでも良くないか？」

小さなその一言で、やる気のスイッチが入る。

「全っ然、どうでも良くなーいッ！！」

「ぐへぇっ！？」

聴診中にも関わらず、シャルロットはノアの腹に拳を入れる。突然の暴力に悶えるノア。ミロは「女性ってたまに強くなるよなぁ」と心の中で感心しながら、その様子を見ていた。

「あのねぇ！　こっちは何時間もかけて自分を磨き上げているわけ！！　それに対して『無駄だろう』みたいなニュアンスの言葉を投げる男は論外ッ！！」

「えぇ……」

「メイクはもちろん、髪の先から爪の先まで、女の子は気を遣っているの！　その努力を否定しない！　可愛いは正義ッ！！」

「いや、あの……」

「わかった！？　返事ッ！！」

「は、はいっ！」

ついにシャルロットの圧に負けたノアは、まだ入団したばかりの養成所の団員のようなぎこちなさで返事をする。一方、シャルロットは満足したのか、スンッと真顔に戻ると、仕事を再開した。この一連の流れに、軽く吹き出すミロ。そんな彼に

「ミロさんは、乙女心がわかるのね。騎士団の人間にしては珍しい」

シャルロットは、作業をしながら呟いた。

「あぁ、ほら、俺は姉貴がいるから。しかも、母さんは女優だし、姉貴はモデルだし……」

「え？　女優とモデル？」

「どうだろう？　仕事に追われてはいるけど、有名なのかな？　トリシャと、クレアって人」

「トリシャとクレア！？」

興奮気味で、目をキラキラと輝かせながら聞く彼女に困惑しつつ、写真を二人に見せる。

「あー、見たことある」

「嘘っ、マジ！？　キャー！　本物！！」

反応が大きく異なってはいるが、ノアが知っているということは、割と有名なのだろう。

「……まぁ、この二人の下で育ったら、多少は理解するだろうよ」

「じゃあ、なんで彼女いないのかしらね」

「喧（やかま）しい」

「『友達としては最高なんだけど、彼氏にするにはちょっと……いいかな……』って言われていたな」

「おまっ……覚えておけよ……」

　わちゃわちゃと雑談している間に、定期検診が終わる。

「はい、お疲れ様。特に異常なし。流石に回復早いわね」

「助かる。ありがとう」

「どういたしまして」

道具を片付けながら、シャルロットはふと気になったことを口にする。

「そういえば、なんで乙女心の話に？」

これにミロは

「あー……ちょっとな！」

とノアの傷に触れないように誤魔化すが、当の本人は

「ソフィアが会いに来てくれない理由を、僕は知りたい。生きていることは確かなんだ」

事の発端である発言を彼女に教えた。気遣いを無碍にされ、ミロはため息を溢す。

「あぁ、それで乙女心ね。ミロさんの言いたいことはわかったわ」

シャルロットは全てを察したように苦笑した。

「そうね。私がソフィアさんの立場なら、同じことをするかも。会いたくないんじゃなくて、会えないのよ。特に相手が想い人で、なおかつ力のある騎士団なら」

　そんな言葉を残し、立ち去るシャルロットの背中を見つめるノア。ミロは、何も言わずに彼の頭を撫でた。顔をミロの胸に埋めて、ノアは、奥歯を噛み締めながら、ぎゅっと目を閉じた。