月夜にささやく猫の魂

藤澤勇樹

プロローグ

 澄夫は静かに窓辺に佇んでいた。外は小雨が降りしきり、どんよりとした空が広がっている。彼の心も同じように暗く沈んでいた。


 愛猫のミミが亡くなって3日が経った。15年間一緒に暮らしてきた大切な存在が、もういないのだ。老衰とはいえ、あまりにも急な別れに、澄夫の心は大きな喪失感に覆われていた。


 詩人である彼は普段、言葉を自在に操る。だが今は、何を書こうとしても言葉が出てこない。ミミへの思いがあまりにも強すぎて、紡ぎだした言の葉があっけなく途切れてしまうのだ。


 「ミミ…」


 お気に入りのソファの上に置かれたミミの遺影に、澄夫は呟いた。鮮やかな三毛柄に、澄んだ瞳。写真のミミはまるで生きているかのようだ。けれども、もう二度と一緒に過ごすことはできない。


 ミミはいつも澄夫のそばにいた。創作で行き詰まった時も、落ち込んだ時も、いつもミミが寄り添ってくれた。小さな体を精一杯寄せて、力強く支えてくれたのだ。その温もりをもう感じられないことが、何より辛かった。


 窓の外では雨脚が強まっていた。ミミが眠る庭が、次第にぼやけて見える。澄夫は涙をこぼしながら、ポツリと呟いた。


 「ミミ…お前にふさわしい場所を作ってあげたい…」


◇◇◇


 雨が上がった翌朝、澄夫はミミの墓を作ることを決めた。庭の一角に静かに眠るミミに、安らぎの場所を作ってあげたい。そう強く思ったのだ。


 「ミミ、少しの間待っていてくれ。必ず君にふさわしい墓を作るからね」


 そう言って、澄夫は石や花を集め始めた。ミミが眠る場所の近くに、白い川石を丁寧に並べていく。石と石の間には、ミミの好きだった小さな花を植えた。


 「ミミ、覚えているかい?君はいつもこの花の傍で昼寝をしていたね」


 澄夫は花を植えながら、ミミとの思い出を反芻していた。ミミが庭駆け回っていた光景。ミミが花の傍で気持ちよさそうに眠っていた姿。今はもう見ることができない情景だ。


 「もうすぐ完成だよ、ミミ」


 石を並べ、花を植え終えた頃には、陽も傾きかけていた。澄夫はミミの墓の前に、最後のピースとして墓石を置いた。墓石に、愛おしい言葉を刻む。


 「愛しきミミへ」


 それは、澄夫の深い愛情を表す、シンプルながら強い意味を持つ言葉だった。


◇◇◇


 夕闇が迫り始めた頃、ミミの墓は完成した。白い石が満月の光を受けて輝き、可憐な花々が僅かな風に揺れる。まるで、ミミがそこで穏やかに眠っているかのようだ。


 「ミミ、これで君はゆっくり休めるね」


 澄夫は安堵の溜息をついた。けれども、その時だった。


 「ニャア…」


 庭の奥から、かすかに猫の鳴き声が聞こえた気がした。一瞬、ミミの鳴き声に似ていると思ったが、よく聞けば違う声のようだ。


 「気のせいかな…」


 風の音か何かだろう、と澄夫は思った。だが、声は次第にはっきりとなり、明らかに猫の鳴き声だと分かるようになってきた。


 「ニャア…ニャア…」


 鳴き声は一か所からだけではない。あちこちから複数の猫の声が響いてくる。しかし周囲を見回しても、猫の姿は見当たらない。


 「いったい、何なんだ…?」


 不思議な鳴き声に、澄夫は戸惑いを隠せなかった。ミミの鳴き声ではないが、猫の声であることは間違いない。だが姿は見えず、声だけが夜空に響いている。


 ミミの墓を作ったことで、何かが起こり始めたのだろうか。鳴き声の主は一体何者なのか。疑問が澄夫の脳裏をよぎった。


 風は止み、月明かりだけが庭を照らしている。静寂の中で、猫の鳴き声はさらにその音量を増していった。それは、まるで澄夫に何かを伝えようとしているかのようだった。


(本編へ続く)

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