第27話
「この世界では一人しか笑えない。だから、岬。お前は勝って笑え」
幅舞岬がこの世界に生まれて初めて聞いた言葉はそれだった。
岬の両親はどちらも国立医学部を卒業しており、医者であった。
この国の中でも最も賢いとされる種類の人間の娘であった岬は、当然ながら金に困ることはなかった。
都心のマンションの最上階に住み、両親から常に他者に勝つための方法を教えられてきた。
父も母も、他者との競争の果てに勝利した勝者であり、それにより地位と富を手に入れた人間であったため、勝利以外の道を知らなかったのだ。
それが間違ったことなのか、それとも正しいことなのか、それを判断する術は岬には無かった。
「いいか、岬。人間の価値は周りに勝利することでしか手に入らない。だから、勝って勝って勝ち抜け」
物心ついた頃から、両親から素養を叩き込まれる。
ピアノ、絵画、習字、ありとあらゆる芸術的な物を叩き込まれたが、いずれも岬には理解に及ばないもの出会ったため、彼女はそういった類の才能は見せなかった。
両親としては、娘の選択を広げるため、才能を見つけ勝利するためにそれらを叩き込んだ。
だが、そのいずれも失敗する。
故に、両親は娘に芸術方面での勝利を目指させることを諦める。
最終的に彼らと同じ道を歩ませることにした。
勉学の道である。
友達と遊ぶことを諦め、ゲームを諦め、全てを諦めた。
結果として、彼女が8歳を迎える頃には異常な勉学の能力を見せるようになっていた。
具体的には、彼女は既に大学生程度の学習を終えていたと思ってもらえれば十分である。
とまあ、そんな人生を歩んだ岬であったが、幸せではあった。
なぜならば、勉強する限りは両親に認められるし、世間からも羨ましがられる。
自身の価値を認められるのだ。
それに容姿にも恵まれた。
街を歩けば誰かしらが振り向くし、齢10歳にして既に魔性の美しさを兼ね備えていた。
恋愛だとかセックスだとか、正直微塵も興味が湧かなかったが、男子に告白されるたびに自身の価値を確信し興奮に浸るようになっていた。
この頃には、父親をも超える極めて歪な思想を抱くようになり、勝てない自分には何ら価値がないと認識するようになった。
両親も彼女の不安定なその考えに不安を覚えたが、それでも彼女の才能に何も言えずにいた。
なにせ社会は常に価値ある人間に微笑み続けるのだ。
彼女が敗北するはずがないし、価値を失う訳もない。
そう信じていたからこその判断であろう。
「速報、速報です!先ほど、12時34分。東京都内に未知の光の柱が出現しました!!!光の柱は都心を飲み込み、光の柱の内側で何が起こっているのか不明です!」
そんな毎日を過ごしていたある日、幅舞岬はダンジョンに出会う。
出現したダンジョンは本当に、家のすぐ近くに出現した。
漆黒の光を放つ柱が、辺りを消滅させ、出現した衝撃でありとあらゆる生命を破壊する。
しかしながら、幅舞岬だけは、両親に覆い被されたことで一命を取りとめた。
次に目を覚ました時には病院のベッドに横たわっていて、1ヶ月も眠っていたことを医師に告げられた。
そして、両親が死んだことも同時に告げられた。
「・・・・・・そう、死んだんですか」
普通の子供ならば、咽び泣きこれからどうやっていくか不安に押し潰されそうになるだろう。
だが、幅舞岬は違った。
両親が死んだことに対して特に悲しいという感情も抱かなかったし、両親の遺産により将来に対しての不安も特に無かった。
まあ、流石に涙の一滴も零れなかった事には驚きはしたが、ただ事実を事実として受け止めるだけであった。
そして、それよりも彼女にとって興味を惹かれるものがあったと言うのも大きかっただろうが。
それは、病室に備えられたテレビに映るダンジョンであった。
「本日、緊急内閣にて、ダンジョン法の審議が行われました──」
そこに映っていたのは、現実からかけ離れた光景。
人間が炎を操り、物を浮かしていた。
さらには魔石という新エネルギーが、本格的に石油に変わるエネルギーとして検討されていた。
世界は一変したのである。
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