第26話
「なんでここに尾間さんが?」
さっき夜詰さんと一緒に帰って行ったんじゃなかったのか?
それでなんで私がいるバッティングセンターまで来てる?
全く訳のわからない状況である。
忘れ物とか、そういった類の物ではなさそうだし、本当になんだろうか。
「いやー、すいませんね。脅されて来ちゃいました」
「・・・・・・脅されて?」
尾間さんが脅される?
一体どう言うことだ。
「──案内ご苦労さん。ありがとね」
訝しんでいると、尾間さんの後ろから赤毛の女性が現れる。
背丈は小さく、ちょうど私と同じくらい。
だが、決して子供には見えない風格を纏っている。
言葉には言い表せないが、私と同じ冒険者の気配がするのだ。
そして、気づく。
「ねむれむ?」
「よく分かったね。そう、ボクはねむれむって名義で配信やってるんだよね。君に会いたくてここまで来ちゃった」
「あの、出来れば背中に突きつけているこれ、離してもらいたいんですが」
悪辣な笑みを浮かべるねむれむに尾間さんが不満を溢す。
「ああ、ごめんね。ペンは剣よりも強し。杖は銃よりも強し。怖かったよね、今離してあげるよ」
そう言って彼女は尾間さんから離れる。
その手には20センチほどの杖が握られており、僅かに魔力が感じられる。
つまり、ここから考えられることは、彼女は尾間さんを脅して私が居るここまで来た、と言うことだ。
杖を突きつけられると言うことはすなわち拳銃を突きつけられると同義。
ダンジョンマスターに対して、平気で脅迫を行うあたり、狂っていると思わざるを得ない。まあ、元からねむれむがやや気違い染みていたことは知っていたが、それでもここまでするとは。理解の範疇外である。
「はははははは!ようやく会えた!なんでも君は9層ボスを攻略したらしいね!相当強いらしいじゃん!」
一人で笑い出し、一人で絶頂に至ったかのような恍惚とした笑みを浮かべる。
なんなんだろうか、コイツは。
それに、普段配信で見る姿じゃないぞ?
いつもはここまで狂気じみていないし落ち着いている。
一体どうしてしまったのだろうか。
「だからさ?ボクと君はどっちが強いか白黒ハッキリつけよ?」
そう言うと、莫大な魔力反応が辺りに満ちた。
「え、ちょ、なになに!?」
佳と有栖はなにが起こっているのか分からないようだ。
この魔力反応は、彼女たちには危険だ。
今すぐ逃さねば不味いと判断する。
「逃げて!今すぐ!!!」
辺りに満ちた魔力が凝縮し、限界まで収縮した力はやがて解放される。
瞬間、莫大なエネルギーを持ってして爆発を引き起こさんとする。
はあ!?
普通に一般客がいる中で爆裂魔法をぶっ放すのか!?
クソッ、有栖はすぐに理解してその場から離れた様だが佳はまだ状況を理解していないようで動かない。これは私がどうにかするしかないだろう。
このクソったれが!
「身体強化5層付与!」
付与すると同時に佳と有栖を庇う。
衝撃波がこちらに届くまでコンマ数秒ほどの時間では彼女たち抱えて逃げるなんて出来ない。だから、こうするしかなかった。
ジュアアアアアア!!!
凄まじい熱が服を燃やし、肌を焼く。
私は体が大きな方ではないが、彼女たちを地面に押し倒しその上に覆い被さる形で乗っかれば大丈夫だろう。
私は自己治癒で回復できるが、彼女たちはそれが出来ない。
激痛が全身に走るが、今は気にしている場合ではないだろう。
「キャハハハハ!もっともっと!」
さらに空間が爆ぜる。
肌が自己治癒を持ってしても癒せぬ激痛に悲鳴をあげた。
「ちょっと、理音大丈夫!?」
「だい、じょうぶだから、動かないで」
私はどうなっても大丈夫だ。
魔力がある限りはどこからでも蘇れる。
だが、佳は別だ。
彼女を守れるのならばこの肌が焼けようが安い代償である。
しかし、このまま焼かれ続ければジリ貧になる。
だからどこかのタイミングで反撃を試みる必要がある。
ただ、どこで?
佳を庇っているこの状況で、どうやってあいつに反撃するんだ!?
いや、考えるのは後だ。今は先に動け!
「ああああああああああああ!身体強化10層付与!!!」
髪が魔力により白く変色する。
さらに奥から力が湧き上がってくるのを感じつつ、反撃を試みる。
「ふんッ!」
下向きに覆い被さった態勢から、腕の力のみで体を浮かし、一回転。
さらに一回転中に右フックを空に放つ。
すると風圧で爆炎が散る。
「逃げて!」
一時的に炎が和らいだ事で、佳を逃すチャンスが生まれる。
先ほどとは違い、今度は素早く理解してくれてきちんと逃げてくれた。
「凄い威力だね!もっと見せてよ!」
それを見たアイツは、より一層興奮して爆裂を放つ。
魔力操作も魔法形成も滅茶苦茶で、既にその魔法は歪になっていた。
配信では卓越した魔法技術を見せていたのに、今はそのカケラも見えない。
一体全体彼女に何があったのか、皆目見当もつかない。
とまあ、そんな感想を抱きつつも、怒りは覚えているわけで、地を蹴り彼女の懐に潜り込む。
その様を見た彼女は、驚きの表情を浮かべたが、構わず上ストレートを叩き込む。
顎を下から突き上げられた彼女は空中で曲線を描きながら吹っ飛んだ。
そしてドサリ、と鈍い音を発して地面に落下。
暴れられると困るので、落下した彼女の上に馬乗りになって拘束。
「馬鹿野郎!!!何がしたいんだよ!お前のせいで友達が死ぬところだったんだぞ!」
思わず怒鳴ってしまう。
本当にそうだ。
マジで何がしたかったのだろうか、彼女は。
ダンジョンの外で魔法を使うこと自体気がしれないと言うのに、さらには私の友達にまで手を出したのだ。怒るのも訳ないだろう。
正直、配信者として彼女のことは好きなのだが、今の彼女に対してはただただ怒りしか湧かない。
土下座をされようが、謝罪をされようが、この怒りは収まる気がしない。
一体、この状況になって彼女は何を言うのだろうか。
返答次第では生きて返せないかもしれない。
「──お前なんか大っ嫌いだ」
「は?」
何を言い出すかと思ったら、私のことが嫌いだと?
「調子に乗るのも大概にしろよ──」
「なんで、どうして9層を攻略するんだよ。ボクは・・・・・・どうやって笑えばいいんだよ」
そう言うと、彼女は大粒の涙を零しながら泣き出した。
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