第10話
「こんにちは、僕は
目の前でニコリと笑う黒髪の青年。
顔立ちは整っており、いわゆるイケメンってやつだ。
そんな尾間さんを前にして、私はフリーズしていた。
うん。
なんでこんなお偉いさんが私の家に?
ギルドマスターってあれだよ?冒険者を纏める組織のトップに立つ人だよ?
そして、私の上司でもある。
で、なんでこんな偉い人が玄関のドアを開けたら立っていて、部屋に上がって机を間に向かい合ってんの?普通に部屋が散らかってて恥ずいんだが?
「なんで僕がここに?って思いました?」
「いや、散らかってて恥ずかしいな、って・・・・・」
「・・・・・・」
無言の圧力。
急いで訂正する。
「い、いや、なんでここに?って思いました」
「そうだね。まあ、その理由は説明する必要もないけど。分かってるでしょ?理由」
「?」
「なるほど、言い方が悪かった。こう言えばいいかな?”D-18の床をぶっ壊した配信者さん“」
「は!?」
その言葉を聞き、背筋が凍りついた。
なんで私が配信したって知ってんの!?
え?
本当にどうやって?
こわ・・・・・・。
そんな私の内心を察したのか尾間さんはすぐに答えを言ってくれた。
「国の情報網は凄いんですよ?隠そうと思ってもムダだと思ってください。ちゃんとあなたのIPアドレスと冒険者名義は把握してます。さらには昨日何を食べた、だとかそういうのも知ってます」
「それってプライバシー侵害じゃ──」
「・・・・・・ゴホン、そんな事はさておき。陰見理音さん、あなたどうやってダンジョンの床をぶち抜いた?」
先ほどまでの緩い雰囲気とは打って変わって、鋭い眼差しで見つめ上げて来た。特に何もされていないのに、空気が冷たく感じる。
組織とかのトップとかに立つ人って、やっぱ雰囲気違うな、なんて感じつつ答える。
「どうやって、って・・・・・・普通に身体強化を五層くらいかけるだけですけど」
「マジ!?」
尾間さんは机に乗り出し、驚いた。
「身体強化の重ね掛けができる人間なんて殆どいない。でも、五層ほど身体強化を施さねばあのスピードとパワーは発揮されないな。いや、爆裂魔法を瞬間的に発動させ発破したのか?違う。あの時魔法を発動させた形跡はなかった。じゃあ、本当に?」
ブツブツと呟きだした。
偉い人が急に独りの世界に入ってしまうと、何されるか分かったもんじゃなくて怖い。普段から上司がブツブツ呟きだした、ってだけでも怖いのに、さらに社長が呟き出したと来た。気が気じゃない。
恐怖を感じつつ、それでも何も出来ずに居ると、
「なるほど、分からないという事が分かった」
「その結論に行き着くの!?」
「いやあ、分からない物はわからないよ。身体強化の重ね掛けなんて、凡例が殆どないからね。身体強化を魔法と置き換えて考えるとよく分かるけど、基本魔法の同時発動は3個までが限界だ。だって、それ以上発動すると脳がショートしちゃうからね」
確かに、それはそうだ。
魔法は世界に干渉しその法則を捻じ曲げるというものだ。莫大な処理計算が必要な上に、膨大なエネルギーが必要になる。
まあ、そこは魔力というエネルギーでそれを為しているのだが。
そして、魔法同様に身体強化も脳にとんでもない負荷を掛ける。
だって筋細胞の一つ一つに魔力を注ぎ込む、って考えたらとんでもない負荷がかかるのは当然だ。さらに厄介な事に、身体強化は一度にたくさんの魔力を注ぎ込んでしまうと細胞が耐えきれずに破裂してしまう。
だから、一層一層分けて魔力を注ぎ込まねば大変な事になってしまうのだ。
例えるならば、注射器で薬を注入するとき、ぶっとい針の注射器で一気に注入してしまった方が効率がいいのだが、実際に刺すと大変な事になってしまうから細い針の注射器で何回かに分けて注入する、ってのに似てると思う。
・・・・・・イマイチ分かりずらい例えだけど。
まあ、そんな訳で層ずつに分けにゃならんという事で身体強化が脳に掛ける負担は莫大である。
「んー、でも、何故だかは分からないですけど重ね掛けが出来るんですよね。こう、なんというか・・・・・・」
「まあ、分かりましたよ。あなたは人外です。とまあ、この件はさておき、実はもう一つ要件があってここに来たんですよ」
「要件?」
「確か、顔出しするって言ってましたよね?副業の件についてなんですけど、気にしないでください」
「本当ですか!?」
ヤバいこの人、神だ!
社長さま!一生ついてきます!
「あー、でもなー、やっぱそれだと面白くないな。やっぱ気が変わったからなんか条件つけようと思うよ」
は?
「僕にとって君が強かろうが弱かろうがどうでもいいし、有名だろうがなんだろうが正直関係ないと思ってる。だから、僕は僕が面白いって思えないと嫌なんですよね。って事でさ、君に条件を付けようかと」
ニマニマと口角を上げる尾間さん。
ごめん、やっぱ訂正するわ。
この人悪魔だ。
「そうだね・・・・・・冒険者杯って配信者の人気投票みたいなやつだったよね?でさ、そこでA-1の9層のボスの討伐配信やってみてよ。きっと面白いことになると思うよ?」
うん、訂正する。
この人悪魔じゃない。
そんな言葉だと悪魔に失礼だ。
この世の邪悪を詰め込んだ悪意の塊と評するのが正確。
A-1とは、あのダンジョン出現で日本に重大な被害を与えた7つのダンジョンのうち、東京に出現したダンジョンだ。
ちなみに、D-18とか色々なダンジョンがあるが、このA-1とは異なり、A-1が樹木のように根を張った結果、生成された数あるダンジョンである。
つまりは、A-1含める7つのダンジョンは、その他のダンジョンの全ての本流であるってこと。
そして当然ながら一番難しいダンジョンで、今だに9層のボス手前までしか開拓されていない。
故に、この目の前にいる邪悪の塊は私に前人未到の9層ボス討伐を、愉悦のためにやれと言っているのだ。
正気か?と疑うのは人間として当然の反応だろう。
でも、ここでやらねば私は職場から追い出されてしまう。
どうしよう、とは思うが、やるしかないな・・・・・・。
ここは腹を決めるべきだろう。
「まあ、出来ないなら出来ないでいいよ?どうせ──」
「・・・・・・やります。A-1の9層ボス討伐、やります。それで職場から追い出されないってならやりますよ」
「──マジか。君、頭おかしいね」
「私は何も失いたくないです。でも、それでもなぜかA-1のボス討伐をした自分にワクワクしてしまうんです」
そう、ワクワクしてしまうのだ。
今、私は友達も職場も失いそうで、心の底から吐き気がするのに、何故かそれ以上にワクワクしてしまうのだ。
もう何も失いたくないってのに、どうしようもなく興奮してしまう。
現に体が震えてしまっている。
案外、私もこの邪悪の塊と同じ気があるのかもしれない。
「特攻でもなんでもしてやりますよ──」
RTA配信をして、世界一位になって・・・・・・あの時の快感が忘れられない。
あの、全身を貫く絶頂に似た感覚をもう一度味わいたいと思ってしまう。
家に帰ってから、遅れてやってくるあの幸福感はもう忘れられなくなってしまったのだ。
「ふふふ、面白いね君。そうこなくっちゃ」
「褒め言葉ありがとうございます」
「うん、じゃあ頑張って下さい。あ、本当に出来たら追加でご褒美もあげちゃったり?」
ご褒美か・・・・・・。
うん、俄然やる気が湧いてきた。
やっぱ私って欲張りなのかもしれない。
両親を失って、もう何も失いたくないってのに、何故かこれ以上を求めてしまう。
職場を持って、金を貢げる推しを持って、友達も居る。
これ以上を求めるのは罪だって分かっているのに、何故か有名になりたいって思ってしまうのはダメなのだろうか?
いや、ダメだろうがダメじゃなかろうが関係ないな。
私はそうしたいのだ。
だから、そうする。
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